「完結!東京都十社巡り10/10」
予告通り行ってこれた。うん、満足。もう書きたくもない。16000字費やした後でもう書くことなんて特にない。前回も前々回も前前回も思えば神社についてロクに語ってない。このコドクトリップの存在意義すら分からなくなってる。
今回も神社について語ることはなくて、最後の最後のまとめみたいなのもいちいち考えるのめんどくさくて、もうどうにでもなってしまえって感じ。
どうにでもなってしまえってのはいい言葉だな。結局はやるっていう意思表示だから。大事にしよう。
12月28日午前10時、電車に乗り込んだ僕は平日のこの時間にもかかわらず車両を埋めるような人の数を見て年の瀬を知る。
僕にとっては相変わらずただの休日で、日曜日である明日も働くのだから世間とはズレが生じてる。
残すは赤坂氷川神社と富岡八幡宮。この二つは十社巡り的には遠い。しかし基本すぐ周れるのが十社巡りだ。だいたい東海道線上野〜品川間ぐらいにある小規模なものだから、これがもし板東三十三ヶ所巡りをしようものならその規模は関東地方全域になるわけで、そう考えればめちゃくちゃ近いのだが、十社巡り上は遠いということにしておこう。もう自分でも何言ってんだか分からん。
とりあえず赤坂から攻める。あの辺浮浪者と間違われそうだからゆっくりしたくないんだ。
何故か京浜東北線が快速しかなかったので一度田端で降り、山手線に乗り換え、西日暮里で降り、そこから地下鉄千代田線で赤坂駅へ。もっと楽にいけないものか。
赤坂駅はもう降りてすぐにそんじょそこらの駅とは違うってことを教えてくれる。
降りる人も降りる人で高価なコートに身を包んで…って前も言ったなこれ。
それもそのはず、日枝神社と赤坂氷川神社は結構近い。これから十社巡りをする人は日枝神社と赤坂氷川神社はセットで巡れると覚えておこう。
セットで巡らなかった馬鹿はここにいる。
赤坂氷川神社へは大通りを少し入って、高級外車が駐車してある住宅街へと入っていく。
通りにはラブホテルがあるのだが、休憩8800円、宿泊15000円と地方の倍近い料金だ。
「ちょっと休んでこっか」とか気軽に言えない。言う機会もない。女性はいっそのことこのラブホテルの前あたりで「ちょっと疲れちゃったな」とか言って男の反応を見るのはどうだろう。すっげぇ嫌な女だな。
都内は言わずもがな坂が多い。色んな坂がある。乃木坂だの欅坂だの48だの46だの……。そんな坂を代表しているのかどうかは知らないが転坂という坂がある。
昔ここでいっぱい人が転んだらしい。そんな心霊スポットならぬ横転スポットだ。気をつけて歩こう。
そして赤坂氷川神社は少し歩いた先、住宅街のど真ん中に鎮座する。
……なんだここは。
ここは赤坂。光が彩る街。おしゃれなカフェやショップが並びTBSもある一等地。しかしこの空間だけやけに厳かというか、鬱蒼としているというか……あまりに突拍子がなさ過ぎて異空間に放り込まれたような感じすら覚える。
長い階段の前には稲荷神社が並び、左手は簡単には渡ってはいけないような神秘的な橋が池にかかる。
稲荷神社……?一応稲荷神社って書いてるんですけどね、ちょっと待ってくださいよ。
こちら三峯神社の御仮屋に座す御犬さま。言うまでもなく、狼。
こちら赤坂氷川神社に座すお稲荷様。狐かこれ。
階段を登れば、一度広場になって、ベンチやジャングルジムなど懐かしの空気が残る都民の憩いの場になっている。ビル影もあり、日差しに乏しいが木漏れ日に照らされるこの場所はなんとも落ち着く。
広場から鳥居をくぐると赤坂氷川神社の拝殿だ。撮る写真撮る写真全てに写る木漏れ日がなんとも幻想的。
さて、赤坂氷川神社は創建951年。御祭神はスサノオ、クシナダヒメ、大己貴命。
氷川神社はスサノオを祭神としており、総本社は埼玉県さいたま市大宮の武蔵一宮氷川神社である。いつか行かないとなぁ。いや、何回か行ってるんだけど。
二礼二拍手一礼。
ここ最近、お願い事はしない。僕にとって神社の参拝は、その地に住む人の生活を思い、境内が自分の居場所として許されていることに感謝をし、静かな時を目で見て、耳で聞き、心で思う機会になっている。
なんて良い事を言ってみたのだが、先日埼玉一の金運神社として名高い秩父の聖神社に行った際には「お金ください」と恥ずかしげもなく、開けっぴろげに、直球どストライク気味に、欲望剥き出しで祈ったものだ。願いが明確なら良いんだ。
それにしてもなんと居心地の良い。ここから一歩出れば、僕にとっては居心地の良いものではなくなり、底辺の僕とは雲泥の差がある光に照らされた人々が住まいを持ち闊歩する街なのだ。
なので急ぎ足で富岡八幡宮へと向かう。
富岡八幡宮へは千代田線から大手町駅で下車、東西線に乗り換えて門前仲町駅で降りる。
駅名からして、多分居心地のいい場所だろう。
そう思っていたらまぁ全くもってその通りだ。
趣ある大通りの商店街。年の瀬ということもあるのか、熊手やら陶器やらを露店で販売している。
行き交う人々は高齢者が多く、僕はすっかり落ち着くのである。年取りすぎたかなぁ。
門前仲町から歩いて数分。見えてきた富岡八幡宮は境内も広く鳥居も大きく、本殿も大きい。
境内は初詣に向けて準備が進められていて、白いテントが設置されていた。
富岡八幡宮は創建1627年。割と最近。
八幡神社なので御祭神は応神天皇。八幡神社、八幡宮といったらこの神様なので覚えておくように。
……いや、誰?僕も神武天皇とか崇徳天皇とかは知ってるし、神様ですよって言われたらああなるほどねってなるけど。
八幡神社、八幡宮はたぶん聞いたことない人はいないだろう。全国各地どこにでもある。なんでも稲荷神社に次いで神社の数は全国2位。全国2位なんだから祭神知らないとまずいでしょうよ。
で、調べてみてもいまいち分からない。
応神天皇がなんで八幡神になったの?って一番大事なところは不明です。
この記事は参考になりましたか?日本にはたくさんの神様がいます。それぞれ各自で調べてみてくださいね!
っていうクソ記事の真似をしたくなるような感じだ。
〜をしたことからってのは分からないが、平将門、源頼朝などに信仰され勝利の神様として崇められてきたわけである。
そしてここで最後の御朱印をもらう。これにて東京十社巡りコンプリート。
さようなら猪年。また12年後に会おう。
ここでまとめに入るのは浅はかすぎるので、少しうろつく。すると富岡八幡宮から少し離れた場所には成田山深川不動堂というお寺さんがあった。手を合わせていこう。
賑わいとしてはこちらの方が賑わってた。ただ十社巡りしてるので調べなくていいですか。ダメですか。
深川不動堂というのは、成田山新勝寺の別院で……。
あっ……!
(グニャァァァァ)
ああっ……!
『それは……それは刹那の出来事……!上野の脳裏に走った……一つの失敗……!』
『東京都十社巡りの中にその敗因はあった……!』
『東京都十社のうちの一社……神田明神……』
『日本三大怨霊のうちの一人、平将門を祭る神社……!』
『対して成田山新勝寺……!朝廷の叛逆者である平将門を鎮めるため建立された……!」
『故に……!日本ではまことしやかに囁かれる噂がある……!』
『神田明神を参拝したものは……祭神平将門の怒りに触れないよう……新勝寺への参拝を控えるべきだと……!』
『上野は怠った……!参拝に必要な下調べ……!怠惰……!因果応報……!祟られるべくして祟られた……!クズ……!完膚なきまでのクズ……!』
「知らなかった…!アタシは知らなかったんだよぉーっ!」
はい。
調べようね。
将門さん怖いからなぁ。だいたい血みどろだもん。怨霊中の怨霊だよ。やだなぁ怖いなぁ。神田明神行ってごめんなさいしてこようかなぁ。
まぁね。別にその日のうちに行ったわけではないし、こっち別院ですしね。許してくれるね。
というわけで東西線に乗って帰りましょう。
東西線新御徒町駅から歩いて上野駅へ。
降りたホームで気付く『上野駅にお越しの方は上野御徒町駅で降車してください』
遅いよ。電車行っちゃったよ。
とりあえず歩いて帰れないことはないので帰る。
不忍改札口の横断歩道。
年の瀬のアメ横が近くにあるので人がごった返す中で、カトリックかプロテスタントかそれ以外かは分からないけどキリスト教徒が看板を持ってた。
「神を信じなさい。神を信じないものは地獄に落ちます」とかなんとか。あの、田舎でよく見る黒と白と黄色の看板だ。
道ゆく人は誰も聞いちゃいない。そりゃそうだ無宗教国家日本。神は信じない。信じたところで良いことない。
コドクトリップ読者に一つ聞いてみたい。
「あなたは神の存在を信じますか?」
「何かしらの宗教に入ってますか?」
多くの日本人は前者はともかく、後者はいいえと答える人が多いだろう。
でも少し意地悪というか、斜に構えるような人はみんな何かしらの宗教に入ってると言うだろう。
日本人は初詣に行って、クリスマスやハロウィンで騒いで、死ぬ時は仏教的な葬り方をする。
かつての僕ならそう言うと思う。斜に構えてるから。
ただこうやって神社を参拝していくことで、何か考えが変わったようなとこがある。
何度か言ってるように、神道は他の大きな宗教と比べて開祖や教義がない。
上野駅で布教していた人たちは教義があるからその教えに従ってより良く生きていこうと思えるわけだ。
じゃあ神道を信仰していた日本人は?教義がないのに信じる必要があったのか?
そこに僕は日本人らしさがあると思っている。
万物全てに神は宿る。それが神道の考えだ。ただ教えではない。どうすればより良く生きていけるのか、それは神道を信仰する日本人自ら見出してきた。
例え誰が見ていなくても悪いことはやってはいけない。お天道さまが見ているから。
米粒一つとったって残してはいけない。そこにも神様が宿っているから。
今となっては小うるさい爺ちゃん婆ちゃんの説教だが、元来神様の存在があるからこそこのような教えが続いてきたんじゃないかと思っている。
誰が言ったわけではない。でもそこに神様がいるのなら、我々の行いひとつひとつを見ているはずだ。
その考えが広まって、教えがなくともより善い道を行こうと日本人は暮らしてきた。
それが日本人の精神を代表する「輪を持って尊しとなす」に繋がっているのだろう。
でもそうした考えや教えはだんだんと無くなっていっているような、そんな気がする。合理的な社会、それが現代だ。
僕たちはもう、神様が見ているからではなく、人が定めた法律で決められてるからという理由で生きているといっても過言ではない。
法律を破れば社会的にハンデを背負わされる。そうなれば安定した生活は得られない。確かにそうだ。
それは明確な教義がない神道を有する日本人にとって、時代とともに神様を失うということは必然なのかもしれない。
教えはあくまで口伝に過ぎない。バチが当たるというのはもう迷信だ。
そう思うと日本人の倫理や道徳、常識はなんとか細い糸で紡がれて来たのだろう。そのか細い糸はどうにか現代まで続いた。立派なことだと思う。
問題はこれからだ。僕たちの世代からもう日本人らしさをどう紡いでいくのかを真剣に考えなくてはならない。
だから今一度教えを掘り起こそう。古きを温め、新しきを知ろう。神様を信じよう。これは宗教の勧誘じゃない。僕たち日本人にとって当たり前のことだ。神様を信じるということは生活の全て、どこかしらに根差している。
さて、今年の夏の終わりくらいから始めたコドクトリップだが閲覧数だいたい3000、閲覧者数だいたい1000になった。普通にブログやってたらこんな数字は取れなかった。二桁くらいが関の山だ。屁理屈こねてなろうに投稿したのは正解だった。
僕なんか本当何者でもない。一応、自分のことをゾンビの人くらいには自負しているけど、それでも書籍化して話題になったわけじゃない。あくまで無名も無名のワナビーだ。
そんな無名のワナビーが辛い思いをするような旅をするわけでもなく、大枚叩いて豪遊するでもなく、話題と派手さにかける、旅でもなく、ただのお散歩感覚で歩いてる駄文のエッセイがこういう数字とったのはひとえに皆様のおかげでしかない。なんで読んでくれたんですか?
令和元年がもうすぐ終わる。令和2年がやってくる。上野の旅は終わらない。飽きて書かなくなるまで終わらない。来年もよろしくお願い申し上げます。
次回ですが、いつになるか分かりません。気が向いてどっか行ってせめて3000字くらいの文章にまとまるようであればそれをまとめるかもしれないし、まとまらなければ2月中旬以降のお届けになる。
詳しいことはまた後でってわけですが、一つ言えることがあるなら、僕は今年の夏の終わりにクエストを受注して放置してるからそれを達成しに行くってことだ。
それではまた改めて、皆さま良いお年を。




