お芝居はもう終わり
久しぶりね。まさか苦手な叔母様の別荘にまで来るなんて驚いたわ。それでどうしたの?
私を迎えに来た? 社交界の口さがない噂もおさまったし皆も待っている。何があっても私たちがお姉さまを守るから安心して帰って来てほしい、ですって?
はあ。あれほど手紙で伝えたのにまだそんなことを言うなんて。あなたも困った人ね。
何度も言った通り、私は叔母様と一緒に隣国に渡るの。もう手続きも準備も終わっているのだし、今さらそんなことを言われても困るわ。
そんなのは気の迷い? ひどく落ち込んでいるからよく知りもしない隣国が良く見えるだけ?
あら、あなたともたまには意見が合うこともあるのね。ええ、そうよ、自分を変えるために行くことにしたのよ。婚約を解消してこれからどうするべきか1人で悩んでいたら、隣国から叔母様が迎えに来てくれたの。あの時の叔母様はまるで救いの手を差し伸べる女神様のようだったわ。
ふふ、お父様たちには嫌がられるから内緒にしていたけれど、昔から叔母様の研究を手伝うのが夢だったの。毎日、出発の日を楽しみにしているのよ。
隣国になんて行ったらそう簡単に会えなくなるし、私がいなくなれば悲しむ人がいる?
そんな大げさよ。ここに来て3か月になるけれど叔母様以外は誰も会いに来なかったし、定期的な手紙でも特に変わりはないと聞いているもの。きっと皆が気を遣ってくれたのね、おかげで初めてゆっくり過ごせたわ。
はあ、嘘じゃない。あなたの友人が私に婚約を申し込もうとしている、と?
私はそんな話は一切聞いていないけれど。もし、そのお話が本当でも聞かなかったことにするわ。たぶん、お父様たちもそうしたのじゃない。
なぜと言われても。これからここから遠く離れた土地に行って新しい生活を始めるのに、ただ顔を知っているだけの方と利益も信頼もない関係を結んで維持するために努力するなんて面倒なこと嫌だわ。
それに彼はあなたに何度も求婚している方でしょう? いいえ、あなたとの関係はどうでもいいわ。ただ、こう思っただけ。
――何度断られてもめげずに妹に求婚していた男性が、妹が姉の婚約者と婚約しなおしたとたんに、婚約を解消された姉に求婚するなんて。ただでさえ我が家の婚約入れ替えで面白おかしく陰口を叩いていた口さがない貴族たちを喜ばせるでしょうね、と。
そう、例えば「妹に恋して婚約を解消した姉の元婚約者のように、妹の傍にいるために姉を利用したのではないか」とか。
――まあ、落ち着いてちょうだい。あくまで私の想像よ。婚約解消した時には貴族たちにはずいぶんと虐められたのだもの、そう思ってもしょうがないでしょう?
元婚約者様のことをまだ怒っているのですかって? そうね、怒ってはいないけれどあの人とは関わりたくないわ。
あら、なぜって。あなたも言っていたじゃない。落ち込んでいるからよ。
あの人が初めて会った時からあなたに恋をしているのは知っていたわ。でも、あの人はあなたを愛しながら私との婚約をずるずると続けて、結局あなたを選んだ。
彼がそう決めたのならば私はいつだって婚約を解消したのに。彼はいつまでも私と将来から目をそらして、あなたと過ごす時間を散々楽しんで。最後に「彼女を愛してしまったんだ。ごめん、別れてくれ」だもの。ふふっ、やっと婚約解消できた時にはせいせいしたわ。
――そんなに謝らないでちょうだい。私にとってはとっくに終わったことよ。今さらどうにもならないわ。
それにあなたのおかげでもう”周りが望む役”を演じなくて良いからとても気が楽なのよ。
あら、口が滑ったわ。ふふっ、あなたは本当に私の本音を引き出すのが上手ね。
言葉通りの意味よ。私はいつも周りから役を期待されていて、それを演じていたの。
例えばそうね。私は幼い頃は”いつも妹に優しい面倒見の良い姉”だったわ。そのうち”愛らしい妹に助けられるふできな姉”、”愛し合う婚約者と妹を邪魔する嫉妬深い姉”も加わったわね。
もちろん私は嫌がったわ。でも、誰も私自身を見てくれなかった。ただ自分たちが考えた役に従うように強いてきた。
だから、私はあきらめて大人しく役を演じてきたの。ああ、最後の役だけは”2人を応援していて身を引く”にしたけれど、うまくいって良かったわ。
あなただってそれを望んでいたのでしょう? いつも元婚約者様にまとわりついていたものね。私、あの方と2人で過ごしたことはなかったのよ。まあ、今となってはどうでもいいけれど。
そんなことない。私はいつだってお姉さまの味方ですって?
はあ、そうなの。じゃあ、あなたに1つお願いするわ。あなたを愛するお父様もお母様もお兄様も皆、あなたのお願いはすべて叶えているのだもの。あなただって本当に私を愛しているのならば叶えてくれるわよね?
ええ、簡単なことよ。私は今とても疲れていて、大好きな叔母様のところでゆっくり休みたいの。だから、私の気が済むまで放っておいてくれないかしら。
それなら家に帰ってゆっくり休めばいい? 私が大好きなお姉さまにつきそうから?
ふふ、あなたって本当に優しい人ね。きっとこの私とのやりとりを聞いた皆もこう言うのでしょうね”終わったことを根に持って引きこもる厄介者の姉に寄り添う優しい妹”と。
でも、残念ね。あなたのその”優しい妹の役”もこれでおしまい。
”陰気な姉を気づかう優しい妹”、”気難しい姉と振りまわされる婚約者の仲をとりもつ献身的なご令嬢”。あなたはいつも周りの賞賛を浴びて喜んでいるものね。もっとも、その下手なお芝居に付き合わされる私にとっては苦痛でしかなかったけれど
でも、大丈夫よ。あなたは”誰もが心惹かれるすばらしいご令嬢”だもの。それは役ではなくてあなたの素顔でしょう。何もかもを失った私は、貴族たちの憧れのヒロインになるための引き立て役も華やかな恋を盛り上げるためのライバルでもないただの人間に戻るわ。
さあ、お芝居は終わり。あなたを愛する家族の元にお帰りください、涙にくれるかわいそうなお姫様。ここにはあなたが求める観客も舞台もありませんわ。
(25.12.8)毎日たくさんの方々に読んでいただいた上にポイント、リアクションもいただきまして本当にありがとうございます!
おかげさまで、本日日間総合ランキング13位、2日続けて日間ヒューマンドラマランキング2位、合計5000P、PV27000突破しました! 喜びすぎてずっと宇宙猫になっています(笑)
また他の小説も読んでいただいた上にポイントもいただいて本当にありがとうございます。執筆の励みになります。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。




