サファイアの婚約者
文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
サファイアは、花瓶に花を生けるためカールの書斎に入った。ふと机を見ると、いつも大切に持ち歩いている懐中時計が置いてあるのに気づいた。
最近、隣国であるデマントイド王国から王太子と王女がお目見えになられているため、カールは忙しく昨夜も帰りが遅かったので、今朝うっかりしてしまったのだろう。時計を持っていなければ不便に違いないと思い、サファイアは懐中時計を職場に届ける事にした。
カールは『今は王宮の空気がピリピリしているから、王宮には近づかないように』と言い、ルビーたちとのお茶会以外では王宮に近づくのを反対していた。しかも、お茶会の時すら必ず部下をつけるほどの警戒ぶりであった。
そうは言っても、懐中時計を届けることぐらいなら許されるだろう。サファイアはそう思い、急ぎ準備をし王宮へ向かった。
王宮へ着くと、思っていたほど張りつめた雰囲気ではなく、ただいつも配置されている警備の人数が少なく、若干手薄であるようには感じた。
長い廊下を案内役と歩いていると、前方で頭を下げて立っている人物がいた。イエーガー辺境伯だった。
「こんにちは、イエーガー辺境伯」
サファイアが声をかける。
「フォルトナム公爵夫人、こんにちは。お久しぶりですね、お元気そうでなによりです」
イエーガー辺境伯は、サファイアの父親と仕事の関係でスペンサー家に訪れることがあり、何度か顔を合わせたことがあった。とても美丈夫な男性で、訪れる度にメイドたちが浮き足だっていたものだった。
「王都にいらしていたんですね、存じませんでした」
サファイアがそう言うと、イエーガー辺境伯は微笑んだ。
「数日前より王都に滞在しております。ところでフォルトナム公爵夫人は本日はどうしてこちらに?」
サファイアは笑顔になると
「夫のカールが懐中時計を忘れたようなので、届けにきたのです。これも妻の役目ですわ」
と言って懐中時計をイエーガー辺境伯にみせた。
「そうなのですか、お二人は大変仲がよろしいのですね。ご結婚なされてからのお二人の噂話は、何度か耳にしていました。今日ここで会って貴女の幸せそうな表情を見て、その話が本当だったのだと確信いたしました。以前の貴女は、そのような笑顔を見せることはありませんでしたから。私もこれで諦めがつきそうです」
イエーガー辺境伯は少し悲しげな表情をすると、無理に口角を上げて作ったような笑顔になった。
なんの話だろう? サファイアはなんの事だかわからずに、首をかしげた。そこに背後から声をかけられる。
「サファイア、王宮には来てはいけないと言ったはずだったが?」
カールだった。カールはそう言うと、サファイアの腰に手をまわし体を思い切り引き寄せた。
カールがこんなに怒っているのを見たことがなかったので、サファイアは驚いて顔を見つめ謝罪した。
「ごめんなさい、あなたが懐中時計を忘れていたので、届けたくて」
すると、カールはギュッとサファイアを抱き締めた。
「怒ってる訳じゃないよ? 君を怯えさせるつもりはなかったんだ、すまない。懐中時計を届けてくれるなんて、君はやはり優しいね。ありがとう」
そこで、イエーガー辺境伯が大きく咳払いをして、苦笑した。
「私は邪魔なようですので、失礼致します」
そう言うと一礼して去っていった。その後ろ姿を見送ると、カールはサファイアをそのまま抱き上げた。
「せっかく来てくれたのだから、今日は執務室で私が仕事が終わるまで待っていてくれるね? 一緒に帰ろう」
カールはサファイアを執務室へ連れて行った。最近遅いことが多かったが、この日は仕事を早めに切り上げて二人は一緒に帰った。
帰ったあと、カールはイライラしている様子だったが、かといってサファイアに冷たくすることはなく、いつも以上に気を遣って接しているように見えた。
しかし夜になると、二人の寝室でカールはいつも以上に執拗にサファイアを攻め立てた。サファイアがお願いしても、攻めを緩めることなく、結局サファイアは朝まで寝かせてもらえなかった。
翌朝、カールは先にベッドを抜け支度を整えると、ぐったりしているサファイアの頭を優しく撫でた。
「少し酷くしてしまったね。すまなかった、変な嫉妬にかられてしまってね、一晩中君を感じていたくなったんだよ」
嫉妬とは、昨日イエーガー辺境伯と少し話していたことに対してだろうか? そう思いながらカールを見ると、まるで捨てられそうな子犬のような顔をしている。サファイアは、自分は甘いと思いつつカールを許そうと思った。なんとか体を起こし、微笑んでカールの頬を優しく撫でた。
「嫉妬だなんて私は何があってもカールの側を離れたり、まして気持ちが離れるなんてことありませんのに」
それを聞いてカールは微笑んだ。そして頬を撫でるサファイアの手を握ると、手のひらにキスをし
「サファイア、愛してる。ありがとう」
と言うと、唇に口づけ頬を撫でると、無言で見つめた。
「このままいつまでもこうしていたいが、仕事があるからね。仕方がない、行ってくるよ」
そう言って出掛けて行った。
サファイアは休んでいたかったが、明日のお茶会のために、今日は実家でオニキスの様子を母親から聞く予定でいた。アフタヌーンティーを一緒に楽しむ約束をしていたので、午前中いっぱい休んだ。そのお陰で午後にはだいぶ体も楽になり、出かけることができた。
実家で母親からオニキスの様子を聞いたあと、不意に昨日のイエーガー辺境伯の言っていた事を思い出し、情報通の母親に何か知らないか聞いてみることにした。
「お母様、先日王宮の廊下でイエーガー辺境伯とすれ違いましたの。そうしたら諦めがついたとかなんとかおっしゃっていらしたんですけど、何かご存知かしら?」
すると、母親は瞳を輝かせて言った。
「まぁ、そんなことが? そういえば貴女には話していませんでしたわね。以前イエーガー辺境伯がお父様を何度か訪ねて来ることがあったでしょう? あれは、外で貴女を見初めたイエーガー辺境伯が、貴女との婚約のお話をしにいらしてたんです」
サファイアは驚いて思わず持っていたティーカップを、音を立ててソーサーに置いた。母親は話を続ける。
「あら、まだ驚くには早いわサファイア。貴女とイエーガー辺境伯の婚約が決まりそうになったころ、突然フォルトナム公爵、その当時は公爵令息でしたわね? まぁ、とにかく卿がいらして、貴女と婚約すると言ったんですのよ」
サファイアは初耳だった。
「お母様、イエーガー辺境伯と私が婚約することを、お父様はカールにお話にならなかったの?」
母親は首を振った。
「お父様が言う前に、貴女が誰かと婚約すると言う話は卿もご存知でしたわ。それで『相手を自分が説得する、誰なのか教えて欲しい。そうしてまでもサファイアが欲しい』とおっしゃったのよ。素敵な旦那様で貴女も幸せねぇ。耳の後ろに痣まで付けて。跡取りができるのもそう遠くないわねぇ」
母親に指摘され、サファイアは両耳の後ろを両手で押さえると顔を赤くした。
これで昨日のカールの謎の行動やイエーガー辺境伯の言ったことの意味を理解することができた。
邸宅に戻ると、カールの帰りを待ちわびた。エントランスの扉が開いたら、すぐに出迎えられるよう扉の前で行ったり来たりしていた。
そんなサファイアの様子を執事たち使用人も温かく見守り、門に馬車が到着するとすぐに伝えに来てくれた。
カールがエントランスに入って来ると、サファイアは
「おかえりなさい」
と思い切りカールに抱きついた。
「今日は随分熱烈な歓迎だね。どうしたんだい?」
サファイアはカールに抱きついたまま、母親から聞いた話をする。
「イエーガー辺境伯は、私の婚約者候補でしたのね? お母様から聞きましたわ。私は知らなかったとはいえ、心配させてしまってごめんなさい」
すると、カールはサファイアを見つめ
「イエーガー辺境伯は婚約者候補ではないよ、書類上はすでに君の婚約者だった。スペンサー男爵は強引な方だからね、君がサインするべきところに、すでに勝手にサインがされていた。私は君を永遠に失うところだったんだよ」
と、苦笑した。そして続けて
「君にはちゃんと、話しておかなければいけないね。話が長くなりそうだから、部屋で話そう」
と、サファイアを横抱きにして、自室へ向かった。自室の椅子に座ると、サファイアを膝にのせたまま話し始める。
「サファイア、確かに私はリアンを、パシュート公爵令嬢を愛していると思っていたことがあった。だが、今考えるとあれは本当に愛していたのではなく、結ばれないと思っていたからこそ、焦がれていただけだったのだと思う。私はね、ずっとリアンを見ている自分に酔いしれていたんだよ。だから、君が好意を寄せてくれていて、自分でもそんな君を少なからず気にして戸惑っていたことに、気づかないふりをしていたのかもしれない」
そう言うと、サファイアは顔を赤くしてうつ向いた。そんなサファイアを見て微笑むと、カールは話を続けた。
「パシュート公爵令嬢に裏切られていると知ったとき、本当にあっさり気持ちが冷めたよ。そして、女性をこの先一生信じられないだろうと思った。だが、その時君の顔が浮かんだ。十年近く側にいたからね、君は純真で人をだますような、そんな女性でないことは知っていた。そうしてそう思った瞬間、君に対する気持ちが溢れた。そしてオニキスから君が婚約すると聞いて、慌てて君をイエーガー辺境伯から横取りした。しかも、君がイエーガー辺境伯との婚約の話を知ったら、彼のところに行ってしまうかもしれないと思い、結婚するまでその話はしないことにして、結局今日まで話さなかった」
そう言うとカールは自嘲気味に笑った。
「この通り私は懐の小さな男なんだよ。イエーガー辺境伯が来ていると聞いて、君を王宮に近づかせなかったり……。呆れたかい?」
サファイアは首を振ると、両手でカールの頬に触れた。
「私は、そこまで愛されていると思っていなかったので、そう言われてとても嬉しいですわ。話してくださってありがとうございます。私にはカール、あなたしか見えていません。だから、どうか不安にならないで」
そう言ってサファイアから口づけた。カールもそれに答えて深く口づけすると、サファイアの顔から徐々に胸の方へ視線を移し、またサファイアの瞳を見つめた。
「昨日の今日だからね、優しくするよ」
そう言って更に深く口づけた。
その日の夜、二人はお互いを強く求め合い充実した一夜を過ごしたのだった。
誤字脱字報告ありがとうございます。




