第二話
「う〜う、うったけ〜、う〜たけ〜。……ん? そういえば魔物が襲ってこない。なんで?」
一人歌いながら揺れていたサージュはキャンプファイアーをしてから魔物が襲いかからないことに疑問を覚える。
湿地帯の魔物は炎を忌避するのだろうか? それともブレイドのみんなが知らず知らずのうちに駆除しているのだろうか?
などと炎に照らされながら分析していると、ブレイドの一人、赤髪が特徴的なブリジットが歩いてくる。
「や、可愛いお嬢さん。ちょっとお姉さんと話さない?」
「ん〜、いまちょっと考え事してるから後にしてほしい」
「ふふ、可愛いのは否定しないんだ。ますます可愛いね。いいよ、考え事が終わるまで待ってるよ」
「あいがと」
勝ち気な笑みを浮かべるブリジットをうわの空で対応し、すぐさまサージュは地面に文字を書いていく。
魔物が炎を忌避すると仮定して、湿気と霧に満ちた環境も考慮して……。
サージュは眼鏡を光らせあらゆる仮説をたて、反証し、論理を組み立てていく。しかしどうしてもこれほどの長時間魔物が一匹も襲ってこない現象を説明するには及ばなかった。
肩を落としてしょぼんとする。そうしてやっと人を待たしているのを思い出す。キョロキョロとあたりを見渡すと、近くに腕を枕に寝そべって酒を煽るブリジットの姿が目に入る。
視線がぶつかるとニカっと笑い手を振ってくる。その仕草がどこかカインに似ていて親近感を覚える。トコトコと歩いていき待たせたことを謝罪する。
「おまたせ。ごめんね」
「いいよ。で? なにを考えていたのかな?」
「魔物が襲ってこない理由」
サージュの言葉に、ふぅん、と意味深な表情のブリジット。体を起こし、赤い髪を払い、一言言い放つ。
「ーー教えてあげよっか?」
言葉を受けて疑惑の目を向けるサージュ。
「…………ただじゃないでしょ」
「ほんとに賢いねえ。そこもまた可愛いんだけど」
「あたし、おかねない」
「金なんて腐るほどあるからねえ、そうさなーー」
ジッとサージュの瞳を見つめてから、トゲトゲした雰囲気を霧散させる。
「お嬢さんの話を聞かせておくれよ。もともとそのつもりで声をかけたんだし、面白かったら教えてあげる」
「……なにか興味ある研究でもあるの?」
コテンと首を倒し問う。しかし返ってきたのは、
「……いいや、お嬢さんに興味があるのさ」
「ふぅん? ま、いいよ。何が知りたいの?」
「ーーカイン殿について、とかかな」
「パパ……? 大好きっ」
小難しい顔から一転して満面の笑みで即答するサージュ。それを眩しいものを見るように目を細めて、或いは羨ましそうに見つめるブリジット。
「どうして好きなんだい?」
「どうして? ん〜。パパは強くてカッコいいし、ご飯も美味しいしお菓子も買ってくれるし、ん〜」
顎に手をやりうんうんと唸りながらカインのことが好きな理由を探す。しかしどんな理由も決定打にはならず、むしろそれこそが好きな理由だとわかる。
「パパはあたしが生まれた時からパパだから好き! なにかが凄いとかうっかりさんとかの前に、あたしのパパだから好き」
むふー、と言い切って満足した顔のサージュ。そこに一石を投じるブリジット。
「……血が繋がっていないのにかい? お嬢さんにとってカイン殿は本当の父親ではないんだよ?」
ブリジットの言葉を受けて瞬きを止める。それは驚いたからだ。
ーーブリジットの言っている意味がわからないから。
「血の繋がりってだいじなの? あたしはねぇねとも繋がってないけど、みんな楽しく毎日をすごしてるよ? 怒られることもあるけど、ピンチの時には助けてくれるしあたしのしたいことをおーえんしてくれる。そこに血の繋がりって必要?」
「…………」
ブリジットは答えない。
「ーーそもそも家族を好きなのに理由っているの?」
「……っ」
一点の曇りすらない瞳で、純粋無垢な声でそういわれると完全な負けである。ブリジットは両手を上げて降参のポーズをとる。
「……まいったよ、お姉さんの負けだ。イジワルな質問をして悪かったね」
「べつに気にしてないけど、どうして聞いたの?」
「ーー嫉妬したからかな」
「しっと……?」
まったくブリジットの問いの意図がわからないサージュは目を白黒させる。
「……お嬢さんは八年前、ここでカイン殿に拾われただろう?」
「ん? そういえば戦役で拾われたって、たしかにここらへんかも」
「お姉さんも、いや、ブレイドのメンバーもみんな戦役の時にカイン殿に拾われたのさ」
目線を裸で踊っているカインに向けそう語るブリジットからは、燃え盛るような圧を感じない。捨てられた子猫が泣いているように感じるサージュ。
「でもあたしだけがパパの子どもに、家族になったから……」
だから嫉妬したのかと合点する。
「我ながら幼稚だとは思うだけどねっ。お姉さんたちは成人間近でお嬢さんは赤子だった。大人の手が必要なのは赤子であることは誰だってわかる。でもねぇ……」
嫉妬と理解が入り混じって感情の整理が追いつかない。サージュにはかける言葉が見つからない。
だから思ったまま話すことにする。
「お姉さんはこの辺の生まれ?」
「ああ、そうさ」
「パパのことは好き?」
「そうだねぇ、年齢的には兄なんだろうけど、父性を覚えるほどには好きかな」
「ん! ならばよし!」
大きく頷いたサージュはブリジットの首元に勢いよく抱きつく。
「おいおい、どうしたんだい。いきなり抱きついてきて」
「今日からお姉さんはあたしのお姉さんっ。これはけってーじこー」
「はあ……?」
「生まれたところが近くてパパが好きならもうお姉さんはあたしのお姉さん。だからーー」
サージュはブリジットの耳元で囁く。
「ーーパパに甘えてもいいんだよ? お姉さんもパパと家族だからっ」
「…………っっ」
サージュの思いつきの言葉は、感情は、思った以上にブリジットに刺さったようで、瞼を細かく震わせる。
しかしそこは流石のA級冒険者。瞬時に、いつも通りの燃え滾る雰囲気に戻る。
「あんまり年上の女性を揶揄うもんじゃないよ、お嬢さん」
「……あ」
サージュを優しく離し、立ち上がるブリジット。赤い髪を後頭部で一つにまとめ上げ、ポニーテールにする。
「……魔物が来ない理由だけどねえ、カイン殿の"睨み"が効いているから近づかないのさ」
「ーーにらみ?」
「圧倒的な殺気みたいなもので牽制すること、かなあ」
「それって誰でもできるの?」
「ああ、誰だってできるーー英雄ならね」
そう言い残してブリジットは霧に覆われた闇に溶けていった。
なんだか腑に落ちないことがたくさんあるが、カインが凄いことを改めてわかり、姉がもう一人増えたことがなんだか嬉しいサージュは、スキップしながら父の元へ向かう。
一行は砂漠越えに向けて英気を養った。
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