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「――ん……うんん……ここ、は……?」
いつの間にか眠ってしまっていたのか。
最近はあまり眠れていなかったし、騎士団の支援で疲れていたから……。
騎士団の支援? そうだ、怪しげなお茶を飲んでしまった。
そう自覚したシャルティは瞼を上げて、自分が置かれている状況の把握に努める。
そして体にきつく巻かれた縄に気づき藻掻いていると、
「……あら、お目覚め? よく眠れたかしら、シャルティさん?」
「……コチョウ、様……っ?」
傍らには、同じく体を拘束されているコチョウの姿。見たところ暴行された跡は見当たらない。シャルティ自身も服を脱がされた形跡はない。
「あの、ここは……?」
「――さぁ? どこかしら? 温度と湿気具合から、どこかの地下のような気もするけれど、それ以外には分からないわ……」
「……そう、ですか」
一人ではないことに少し安堵するシャルティだが、依然状況は最悪で不明。
だが魔物の襲来と今回の誘拐が偶然とは思えない。ゆえにこれは綿密に計画されたものだと推察する。つまり事前に魔物が来ることを知っており、かつそれを意図的に実行できる可能性。
それはもはや人の所業ではない。
知恵ある上位種の魔物でないと説明ができないではないか。
シャルティが戦慄を覚えていると、二人が捕らえられている場所に四名の男が闖入してくる。
見るからに普通ではない風貌。
幾多の修羅場を潜り抜けてきたような目つき。戦い慣れたと見える密度の濃い筋肉。体幹をブレさずに歩く姿。
どれを見ても冒険者や騎士団のような人種ではない。
――しかるに、〝裏方の人間〟や〝闇の住人〟と形容できる者たちであった。
「……金髪の方は後回しだ。まずは紫髪の方から使う」
「――え……っ?」
スキンヘッドの男がそう言うと、脇にいた二人がコチョウを抱き上げ、不吉な予感を感じたコチョウが戸惑いの声を上げる。
「――ま、待ってください! コチョウ様に何をするつもりですか……ッ⁉」
怖かった。
恐ろしかった。
しかし友人が連れ去られるのを黙って見過ごすほど薄情な人間でもない。
だから毅然――内面はともかく見かけ上は――と不審な男たちに食って掛かるシャルティ。
「……嬢ちゃん。ガキじゃねぇんだからよォ、男が女を〝使う〟ってのが分からねぇとは言わせねェぞ?」
「――――くっ!」
もう、そのセリフだけでコチョウの未来が読めてしまった……。
どうしてこんなことに……。
一言だけ告げた男を筆頭に、コチョウを連れて男たちは部屋から出ていく。
そしてまずは服を破く音が遠く聴こえてくる。
ついで何かを叩いたような、パンッという乾いた音が数度鳴る。
『いやああぁぁ! やめっ、やめてぇぇぇ! 誰か! 誰か助け――』
『おらァ! 上の口で泣く前に下の口で鳴けやぁぁ!』
――悲鳴。
鼓膜を突き破るような甲高いコチョウの声が響き渡る。
『――ぶぐッ……! ご、ごべんなざ……い……ィッッ! ――ッグ……!』
いつもの凛々しい声とは正反対の――凌辱の音がシャルティの鼓膜を揺らす。
帝校での徒手格闘訓練の時と同じ、肉をぶつけ合う音が断続的に訪れる。それは次第に粘度のある水気を帯びた音を伴って、悲鳴は次第に嗚咽に変わっていく。
『おごッ……ブッ! ――も、もう……ゆるじ――おぎゅッッ……⁉』
その姿が見えないからこそ、より一層恐怖が増す。
常しえに続くのかと錯覚を覚えるほど狂気の凌辱が、シャルティを襲う。
「……うッ! ううう~ッ。ごめんなざい! ごめんなざい、ゴチョウざま……ッ!」
怖い怖い怖い!
コチョウが終われば次は自分だ。
母親譲りの自慢の金色の髪も蒼色の瞳も汚されてしまう……!
逃げようにも体を縛られて身動きが取れない。腰に佩いた剣も取り上げられている。
そしてなによりも、あの男たちに勝てる気がしない!
逃げるならコチョウを連れて逃げなければならないが、超えるべき壁が高く多すぎる。
涙が止まらない。
無限に続く凌辱の音に叩かれながら、シャルティの心は徐々に壊れかける。
唐突な誘拐、見知らぬ場所、拘束された体、友人の凌辱。ただでさえ争いを好まない性格であるのに、シャルティにとってこの状況は凄惨の一言。
――無力だ。
切にそう思う。燃える城での母との離別も、自分が強ければ違ったかもしれない。
強ければ、あの問屋の主人の不審な挙動に気が付いたかもしれない。
かも、かも、かも。
――ありもしない過去を悔いる。現実は非情で非道でしかない……。
母を置いてカインと未来に来たのも、せっかくだからと頂いたお茶を飲み切るポンコツを発揮したのも、ここで無惨に横たわって友人が嬲られるのを聴かされて俎板の鯉のように犯されるのを待っているのも、現実だ。
覆すことのできない真実だ……。
一体どれほどの時間が経ったのだろうか。すでに流した涙は渇いている。目は虚ろ、もはや戦う気などない。
願わくは――この悪夢が早く覚めますように……。
「……ふん、朝まで持たなかったな……」
男たちが部屋に戻ってくる――無惨な姿になったコチョウを連れて……。
べちゃっ、とシャルティの目の前に隅々まで汚されたコチョウを落とす。
「――あ……」
声を発したのはシャルティかコチョウか……。
――息はある。
しかし目の焦点が合っていない。匂いも凄い……ッ。
地面に横臥し、虚ろな瞳をしたコチョウと視線を交わす。しかしその綺麗〝だった〟瞳にはシャルティの姿は映らない。映るのは――絶望の色のみ。
次は自分の番だ。
辱めを受けるくらいならここで舌を噛み切ってやる!
王家の血を引く気高い自分の体に触れることができるのはカインだけなのだから!
意地汚く生きるくらいなら、誇り高く死んでやる!
そう思い舌を噛もうと顎に力を入れるが……、
「……ふ、ぐッ……。ううううう~……! やだよぉぉ……っ! 死にたくないよぉ……。お父様ぁぁぁ……‼」
……できなかった。
朝、玄関で見送られたスケベ顔が最後の出会いなんて嫌だ。もっと頭を撫でられたいし、手も繋ぎたい。よく頑張ったって褒められたいし、素敵な場所にも一緒に行きたい。
――死にたくはない!
再び落涙する瞳に、ほんの僅か力が宿る。しかし、
「ふんッ! ガキが泣いたところで〝やること〟は変わらねぇんだ。おい、お前ら――」
「――ぎゅえッ‼」
リーダー格の男がなにか指図をしようとした時、部屋の入り口が勢いよく開けられ傍に立っていた坊主頭の男が切り倒された。
――侵入者である。
「――ッ! 殺せ!」
やはり男も素人ではない。誰何をすることなく敵らしき存在の排除を命じる。
そして流れる動きで腰の短剣を振りぬき、鍔迫り合いが起きる。
男たちは残り三人。いずれも手練れだろう。対する侵入者は二人――、
「――平民のシャルティさん……! まだ淑女たる品位はお持ちでいらっしゃるっ?」
助けに来たのにどこか棘を感じさせる話し方をするドリルツインテール――リップル・フォグガーデンが男と対峙しながら安否を聞き、そして、
「シャルティ! 遅れてごめんなさい! 無事なの……ッ?」
カインの本日の逢引き相手にして冒険者ギルド本部長――レイラが、リップルの背中に隠れるようにしながらシャルティを呼ぶ。
「――あ……あ……ッ!」
絶望の暗闇に一筋の希望の光が差す。胸が熱くなる。
「――ふぉ、フォグガーデンざま……! レイラ……ッ!」
「――んぐぐぐ! 淑女らしからぬ声が出てしまますわ……っ! あなた方っ! お強いですわね‼」
二人の男を相手に立ち回るリップル。しかし若干押され気味である。というのも、帝校は騎士団養成学校の特色が強い為、その訓練の大半が長剣を用いた一対一。
しかし今は短剣を持った男二人という一対多の構図。不利と不得手が抱き合わせで押し寄せてくる状況。
その拮抗を崩すべく、リーダー格の男が両足に力を込める。
それを視界に納めたシャルティが、
「フォグガーデン様! もう一人行きます!」
気概を取り戻したリップルに告げる。
「ええええ⁉ これ以上は無理ですわぁぁ! 殿方に迫られるのは嬉しいですけれど、このような状況は求めておりませんのよぉぉぉ……っ!」
リップルが弱音を吐きながらも視線を最後の一人に向け警戒する。
リーダー格の男もまた、仕留めようと跳躍しようとした瞬間、
――屋根が落ちてきた。
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