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 案内された部屋はツインのスイートルームで、アメニティも充実していた。さすが鏑木グループのホテル。

 しかし断食プランのため、冷蔵庫の中身は水とお茶のみだった。あぁ本当にこれから何も食べられないんだなー。

 ソファでハーブティーを飲みながら寛ぐ。もうしばらくしたら、全員で庭園を散歩するらしい。


「断食なんてお父様を誘えばよかったのではありませんか?我が家で一番断食が必要なのはお父様だと思いますけど」

「お父様はお仕事があるでしょう。それにお父様は断食では痩せないわ」


 きっぱり。


「それより、麗華さんはすっかり鏑木様に気に入られたわね~」


 お母様が嬉しそうに言った。…まぁあれは周りからはそう見えるかもね。


「さすがはお母様の娘だわ!だって麗華さんはこんなに可愛いんだもの。雅哉さんとお似合いだと考えるのも当然よ!」


 いやいや、飛躍しすぎですお母様。変なこと考えて暴走しないでね!

 物騒な夢を語りだしたお母様をなんとか現実に引き戻して、集合場所の庭園に連れて行った。

 スタッフが案内する庭園を散歩しながらも、マダム達にも先程の鏑木夫人の態度を話題にされた。


「麗華さんは鏑木様もお認めになるお嬢様ですもの。気品が違いますわねぇ」

「まぁ、おほほ。皆様、そんなにおだてないでくださいな」


 お母様、否定しつつも鼻高々のようだな。すっかりご機嫌だ。それからもマダム達の社交辞令は続いたけど、ふとこの場には同年代の耀美さんもいたなと思い出したら、少し心苦しかった。


 それからはプラン専用ルームで、断食ドリンクを全員で飲んでの夕食。こんなんじゃ全然おなかの足しにならない…。せめておかわりが欲しい。2日間これはきついなー。

 その後、エステでおなか周りを中心にマッサージをされた。腸マッサージだ。うひゃひゃひゃひゃ、くすぐったい!ぐえっ!

 一晩明けるとなにも食べていないせいか、おなかがへっこんでいた。朝もドリンクのみ。固形物が食べたい。

 ジムやプールもあるそうだけど、食べていないのに動けないよ。せいぜい庭園を散歩するくらいだ。

 お母様はすでにギブアップ気味なのか、お昼のドリンクを飲んだあとは部屋に戻って寝てしまった。私はお母様の代わりにマダム達に誘われて、ヨガに参加した。

 ヨガはリラックス目的の初心者用でポーズは全然苦しくなかったけど、水分しか摂っていない胃が、動くたびにブクブクぐるぐると水音をさせるので恥ずかしい。マダム達は楽しくおしゃべりをしながらヨガをしている。元気だな~。なにも食べていないのに、どっから出てくるその体力。

 マダム達は「麗華さんには好きな人はいないの?」「鏑木家の雅哉さんと同級生なんでしょ?」「円城家の秀介さんは?」「お兄様に決まったお嬢様はいるの?」と若者の恋愛事情を根掘り葉掘り聞いてきた。…元気だ。

 夕食もドリンク。もういい加減飽きた。味は毎回違うけど、そういう問題じゃない。

 お母様は携帯でお父様に泣き言を言っていた。



 夜は時間があるので塾のテキストをやっていたけど、おなかが空いて集中できない。

 気分転換に散歩でもしてこようかと部屋を出たら、耀美さんに会った。

 ……あ、気づいてしまった。耀美さんが背中に隠した袋が、ホテル内のパティスリーの物だと。

 気まずい…。

 このまま気づかなかったフリをして別れようかなと考えてた時、耀美さんが観念したように袋をそっと前に持ってきた。


「どうしてもおなかが空いちゃって…」

「あぁそうですよねぇ。おなか空きますわよねぇ」


 私も愛想笑いで同意する。そんな困った顔で笑わないで~。別に入院患者とかじゃないんだから、食べたかったら食べてもいいんじゃない?


「麗華さん、少しだけお話しできる?」


 私達は庭園に出た。

 ライトアップされた庭園はとても美しい。私達はそこにあるベンチのひとつに腰かけた。


「麗華さんみたいな方から見たら、私なんて本当に意志の弱いダメな人間でしょうね?」

「えっ、そんなことありませんわよ?!」


 むしろ私ほど根性のない人間はいないと思ってるし。三日坊主とは私のためにある言葉。


「食べてはいけないと思うと余計に食べたくなるの」

「…わかりますわ」


 私はうんうんと頷く。

 ダイエットしようと決意した瞬間、おなかが空くんだよね。


「小さい頃から太ってて、何度も痩せようと思ったんだけど、本当に私はダメね…。耀美なんて、名前負けもいいとこ」


 いやいや私の麗華だって相当な名前負けですよ?華のように麗しいって、ねぇ?

 それに間食ばかりしているし、本当の私は妊婦さんに間違えられるような、ぐーたら子狸だ。だからそんな、パティスリーの袋抱えながら哀しそうに笑わないで。


「麗華さんはいいわねー、きれいだから。よく妹さんを連れ歩く貴輝様の噂を聞くわ。きっと自慢の妹さんなんでしょうね。羨ましい」

「えっと、そんなことはないと思いますけど…」

「…私にも兄がいるの。でもこんなに太った見苦しい妹だからイヤなのでしょうね。ほとんどふたりで出かけることなんてないわ」


 うーんあれは、お兄様が連れ歩くというより私が付き纏っているだけなんだけどなー。


「鏑木様にまで気に入られてるし、本当に凄いわ麗華さんは。吉祥院会長もあちこちで自慢の娘だと話していると評判よ。いいわね、自分のお父様にそんな風に言ってもらえるなんて」


 なにをやっているんだ、狸め。帰ったら鍋にしてやる!


「父は親バカなんですわ。全く恥ずかしい。帰ったら釘を刺しておかなくちゃ。それに私は隠れているところが太っているんです。たとえばおなか。これは父に似てしまったのですわね、残念なことに。つきたて餅のような状態です」

「つきたて餅?やだ、麗華さんたら面白いこと言うのね?」


 ふふふっと耀美さんは優しい笑顔をした。確かにふくよかだけど、そのぶん癒し系なんだよな~。あまり自分を卑下しないでもいいのに。なんというか、源氏物語の花散里っぽい?

 私は耀美さんに元気を出してもらおうと、「実は制服のスカートのホックが座った途端に飛んだことがある」とか「試着したらビリッと音がしたので、着られなかったのにそのまま買って帰った」とか「ひとりでケーキをワンホール食べておなかを壊したことがある」などという、自虐ネタを披露した。

 耀美さんは笑って聞いていたけど、半分大げさに言ってると思っているようだ。だが甘い。大げさどころかこんなのは序の口だ。本当は「ターザンごっこで危機一髪事件」「カラスに生ごみをぶつけられた事件」など、ひとには言えない話がまだまだいっぱいあるのだから。

 でもこれで、耀美さんは少しは親近感を持ってくれたようだ。「よかったら」と、パティスリーの袋からリーフパイをくれた。

 リーフパイ!食べたい!しかし今は断食中だ!なんと悩ましいっ!

 そんな私を見て、耀美さんは笑った。


「でもね、実はこうやって陰で食べているのは私だけじゃないのよ?参加者のほとんどはみんな、多少はこっそり食べてるの」

「ええっ!」

「真面目に断食しているのなんて、麗華さん達くらいじゃないかしら。ホテル側だって気づいてても黙認しているの。でなきゃお菓子なんて買えないでしょ?」


 お母様~、私達すっかり騙されていましたよー。

 道理でみなさん、断食中なのに元気だと思った。


「…私はおなかが空きすぎて、食べ物のことばかり考えているのに」

「ふふっ。じゃあ今から食べちゃう?」

「いえ、ここまできたからには最後まで頑張ります。なんだか悔しいので」

「麗華さんならそうでしょうね。頑張って」


 そろそろ冷えてきたので私達は部屋に戻ることにした。一応パティスリーの袋を隠すために、私は持っていたストールを貸した。耀美さんはありがとうと笑った。

 少しは仲良くなれたかな?


 断食最後のメニューはお粥だった。はぁ~っ、おいしい…。隣のお母様は恍惚とした顔をしている。わかるよ、その気持ち。わかるよ。

 スタッフの「これで断食プランは終了です」という挨拶で、全員解散となった。

 帰りましょう。早く帰りましょう。

 みなさんとお別れの挨拶をして、迎えの車に乗り込む。耀美さんは手を振って見送ってくれた。



 帰ってきたよ~、我が家!

 お父様とお兄様が温かい食事を用意して出迎えてくれた。

 すっかり心の弱っていたお母様が、感極まってお父様に抱きついた。美女と狸だな。

 私もお兄様に抱き着こうとしたら、ひらりと躱された。なぜ!



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