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高等科に上がってから、皇帝の人気はさらに高まった。特に2,3年のお姉さま達の目が本気だ。
今まではかっこいいと騒ぎつつも、それでも相手は中学生だしという気持ちがあったみたいだが、同じ高校生で、しかも外見は大人びているので年下に見えず、なによりあの鏑木グループの御曹司だ。そりゃ本気になるよね。
鏑木は仲の良い人間以外の前では基本無口だ。そのためボロが出にくいみたい。沈黙は金って本当だね。
なんとなく、優理絵様の髪型を真似たお姉さま方が多い気がするのは気のせいかしら?
そんな皇帝は、今日はサロンでシブーストを召し上がっていらっしゃる。
私はちょっと甘いものを食べただけですぐに太っちゃうのに、なんで男子ってたくさんごはんを食べても太らないんだろう。羨ましい。
皇帝は、確か前に乗馬が趣味だって噂を聞いたな。やっぱり体を動かしているからなのかもしれない。馬術部からの勧誘は断ったみたいだけど、もし瑞鸞にポロ部なんてものがあったら、きっと入部してたんじゃないかな?だって騎馬戦皇帝だし。うぷぷ。
私ももう一度水泳でも始めようかな。しかし私はなぜか潜水が出来ない。自分としては底まで潜ってやる!って気持ちでいるのに、すぐにぽこって浮かんでしまう。あれってなんでだろう。習いに行ったら出来るようになるのかな。
それからもボーッとくだらないことを考えていたら、3年の男子の先輩がやってきた。
「麗華さん、なにか悩みごとでもあるのかい?難しい顔をして考えごとをしていたみたいだけど」
考えごと?私もシブーストを食べたいなとか、早く帰ってニードルフェルトをやりたいなとか、そんなことしか考えてなかったけど?
「いえ、たいしたことでは。今度のお花のお稽古の時に生けるテーマを考えていただけですわ」
「あぁ麗華さんは華道が趣味なんだね。ぜひ麗華さんの作品を見てみたいなぁ」
「そんな。あまりに拙いものですから、とてもお見せできませんわ」
う~ん。私も高校生になってから、近づいてくる男の人がちらほら出てきたなぁ。私宛のパーティーの招待状も増えているし。なるべく断ってもらうようにしてるけどさ。
私は恋はしたいけど、利害目的で近づいてくる人は嫌なんだよねー。
その後集まってきた何人かの方々と、華道の流派について語りあった。
桜ちゃんを初めてうちに招待した。
百合宮女学園のお嬢様ということで、お母様の覚えもめでたい。ちょうど出かけるところだったお兄様とも挨拶を済ませた後は、桜ちゃんを私の部屋に連れて行った。
「さすがは吉祥院家ねー。百合宮でもこれだけの大きな家の子は少ないわ。しかもあの吉祥院家の御曹司とも会っちゃったし。先輩方に自慢できるかも」
桜ちゃんは私の部屋に入ると、先程までの巨大な猫の皮を脱ぎ捨てた。
私は桜ちゃんがお土産に持ってきてくれた老舗フルーツ店のゼリーと、冷たいお茶をテーブルに置いた。
「お兄様?」
「吉祥院家の御曹司といえば、今お嬢様達の間で結婚相手として大本命にあげられてる方じゃない」
「ふうん、そうなの」
やだなぁ。打算的な人がお兄様のお嫁さんになるのは。お兄様には幸せな結婚をしてもらいたいね。
まぁお兄様なら変な人に引っかかることはないと思うけど。
「あ、このキウイのゼリー、おいしいわ」
「麗華は本当に甘いものが好きねぇ」
「う。実は最近、少しだけ太った気がするんだけど…。まだ平気かな?」
「ヨガは続けてるの?」
「うーん。山のポーズと死体のポーズだけ?」
「立ってるのと寝てるだけじゃない」
だってさー、ひとりで部屋でやってると飽きちゃうんだもん。やっぱり教室に通わないとダメね。
「桜ちゃんは体を動かす習い事をしてる?」
「私は小学生の時から日舞をやっているわ」
おぉっ、和風美少女にぴったりのお稽古!
「私、今度水泳を習おうかと思ってるんだけど」
「…冬になったら寒いと言ってサボる姿が目に浮かぶわ」
なんてことを!そして我ながら、とってもありうる!
「え~っと、桜ちゃんは部活は入った?」
「吹奏楽部に入ったわ。チェロをやってみたくて」
「へ~ぇ、吹奏楽部かぁ」
「麗華は?」
「私は手芸部に入りたかったんだけど…」
「手芸部…。またあまり麗華には似合わない部ね」
「やっぱりそう思う?手芸部の人達からもなんとなく怖がられているみたいで、入部したら迷惑かなって思って…」
「麗華は一見完璧なお嬢様だものね。権力も持っているし。…そうね、手作りのお菓子を持って行ってみたら?きっと今までのイメージを覆して、親近感を持ってくれると思うわ」
手作りお菓子か。確かに親近感を持ってくれるかも。
「ありがとう、桜ちゃん!私さっそく作ってみるわ!」
「え…本気?」
さぁなにを作ろうかなぁ。
夜帰ってきたお兄様に、学校で配る手作りのお菓子は何がいいかを聞いたら、「親しくない人に手作りはやめなさい」と止められた。
「大体どうして突然そんなことを?」
「だって、手芸部に入りたいんだけど、あまり歓迎されていないようで…」
「手芸ねぇ。そういえばこの前も針で刺して何か作ってたね。あれを部活でもやりたいの?」
「ううん。部活では編みぐるみ。家で本を見ながら作っていたんですけど、あまり上手くいかなくて。その内ニードルフェルトにはまっちゃって…」
「だったら素直に、編みぐるみを作りたいから教えてくださいってお願いしてみたら?」
「教えてくれるかしら…」
「大丈夫だよ」
お兄様が頭をポンポンと叩いてくれた。なんか久しぶりだなぁ。お兄様が大丈夫って言ってくれると、本当に大丈夫だと思えるから不思議。
よし!頑張ってみるか!
次の手芸部の活動の日、無駄に威圧感を出さないために、私はひとりで部室を訪ねてみた。
えっまた来たの?!って顔されちゃったけど。
「あの、教えていただきたいことがありまして、少しよろしいかしら?」
「なんでしょう?」
部長さんが出てきたので、私は持参したバッグから編みかけの毛糸と編みぐるみの教本を取り出した。
「実は編みぐるみを作りたくて。でも不器用で上手くできないんですの。ですから手芸部に入って教えていただきたかったんですけど…」
「編みぐるみ?吉祥院さんが?」
部員さん達が驚いた顔をした。
「それで何を作りたかったんですか?」
「これです」
私は教本を差し出した。
「あぁこれならコツがわかれば簡単だと思いますよ。……私で良ければ教えますけど」
「本当ですか?!」
やった!最初からこうやって頼めば良かった!
私はさっそく部長さんに教えてもらって、茶色い毛糸を編み出した。
私は初心者で、しかも結構大きめの編みぐるみを作る予定なので、時間もかかりそうだ。
その内ほかの部員の子達にも打ち解けてもらえて、いろいろアドバイスももらった。
最近では手芸部に顔を出しても怯えられることもなくなって、とっても嬉しい。
他愛もない話なんかもしちゃったりして、まったりとした時間を過ごしている。
でも、いまだ手芸部の入部届の用紙は渡されていない……。




