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次の日は、学院へ行くのが怖かった。
高飛車麗華様を披露したことで、みんなの私を見る目が変わっているかもしれないという不安もさることながら、サロンで鏑木に罵詈雑言を浴びせた出来事が広まっていたら、それこそ私は完全孤立になってしまう!
それに鏑木がどれだけ怒っているか…想像するだに恐ろしい!
目をキョロキョロさせ、敵の攻撃を警戒しながら教室に入る。
まだヤツは来ていない。しかし油断は禁物。
「麗華様、おはようございます」
「ごきげんよう麗華様」
お友達のみなさんが笑顔で迎えてくれる。いい笑顔だ。今まで溜まりに溜まった鬱憤を晴らしたおかげだろうか。
「ごきげんよう」
私は自分の席に座る。その周りにひとが集まりだした。
「うふふ、昨日はすっきりしましたねぇ、麗華様」
芹香ちゃんが悪い笑顔をしている。教室の端の席では、私と同じクラスで蔓花さんのグループの子が、私と目が合った途端怯えたように逸らした。
いかん、脅しすぎたか。
「ねぇ、みなさん。彼女達も反省したようですし、これ以上はやめましょう。私は謝ってくれたからそれでいいのよ」
「え、でも」
「あまり女子達がギスギスと対立していたら、鏑木様からも良い印象を持たれないわよ?」
みんながハッとした顔をした。
鏑木にケンカを売った私が言うセリフではないけどね。
「麗華様がそう言うなら…」
みんなが顔を見合わせて頷く。良かった。鏑木効果は絶大だね。逆に言えば私が鏑木の敵になったと知ったら、速攻離れそうだけど。
「きゃっ、皇帝と円城様よ」
「えっ」
教室に鏑木と、なぜか円城も一緒に入ってきた。やばい、私への死刑宣告か?!断頭台行きか?!
ドキドキしながら敵の出方を待つ。げっ!こっち来る!
私の席の周りの子達が余計な気を利かせて左右に分かれる。鏑木は私の目の前までやってきた。
胃、胃が…。
すると突然、鏑木が私の頭にげんこつを落とした。
「んぎゃっ!」
痛いっ!暴力反対!そして変な声でた!
「昨日のは、これでチャラにしてやる」
私が頭を押さえて呻いていると、鏑木はそんなことを言ってそのまま自分の席に歩いて行った。
は?
「あー、ごめんね吉祥院さん。ちょーっと話があるんだけど、いいかな」
取り巻き女子達がきゃあっと騒ぎ出した。あ、デジャヴ。
でも今回ばかりは逆らえない。平穏無事な学院生活のためにも。
またもやありえない誤解をしている友達の羨望と嫉妬に見送られ、頭頂部をさすりつつ連れて行かれたのは、前回と同じく階段の端。
怖い…。こいつが私の死刑執行人か?!
「頭、大丈夫?雅哉もいきなりげんこつはないよねー。でも、一応あれでも雅哉なりの謝罪なんだよね」
「謝罪?」
ひとの頭を殴るのが?
「昨日あれからふたりで話し合ってね。確かに僕たちは少し無責任だったなって反省したんだ。でも雅哉は意地っ張りだから、素直に謝れないんだよね。だからチャラにするなんて言い方になっちゃったんだ」
なんだそれ。やっぱり残念皇帝だ。
でもそしたら鏑木は、私のことをもう怒っていないってこと?
私は鏑木ファンを敵に回さなくて済んだってこと?
「昨日サロンにいた人達には、僕から説明しておいたから。僕達が吉祥院さんを怒らせるようなことをしたからって。運のいいことにそんなに人数もいなかったしね。口止めしておいたから噂が広まることはないよ」
「それは、ありがとうございます」
「それと僕も、吉祥院さんに悪いことしたなって反省してます。ごめんなさい」
円城がぺこりと頭を下げた。
うわっ、謝られたのにますます怖い!
「えーっと、それでは昨日の件はなかったことにしていただけると?」
恐る恐る尋ねると、「もちろん」と頷かれた。
本当かな~、また裏があるんじゃないかな~。怪しい~。
「その顔、思いっきり疑ってるね。僕ってそんなに信用ないかな」
はい、全く信用していませんとは言えないので、聞こえなかったフリをする。これってとっても便利な技だよね。
「本当に悪かったって思ってるんだけど。さっきの雅哉のげんこつも含め、吉祥院さんには一発くらいは叩かれてもいいと思ってるよ」
えー、それって今度はそのことをネタに脅してくるんじゃないの?
そりゃあ私の胃への負担と白髪の代償は欲しいけど。
とりあえず怪しいので断っておく。だって私お嬢様だし。暴力なんてとてもとても。
「これくらいしないと僕の気が済まないからね。遠慮なくやってくれていいよ。その代わり、雅哉じゃないけどこれでチャラね」
「本当に、恨みっこなしですか?あとでこの件で脅したりとかは」
「しないよ」
ふーん、では遠慮なく、やっちゃう?
円城は私が叩きやすいように、顔を少し前に出した。
そうですか、では。
「ぐっ!」
みぞおちを抉るように拳を一発。
顔なんて、そんな目立つところを叩くわけないじゃん。やるなら見えない場所、これ基本。
「では、これで本当にチャラですわね、円城様?」
円城はおなかを押さえながら、無言で何度も頷いた。
よし!
私はその場に円城を置いて、意気揚々と教室に戻った。
よくわからないけど、断頭台送りは免れた!ロココの女王はデュラハンにならずに済んだのだ!
今日は自分へのご褒美に、カロリー激高のアンナトルテを食べちゃおっかな~。
面倒事が解決して、すっかりご機嫌な毎日。
桜ちゃんからの催促があったので、秋澤君と後輩の子を調べてみる。
うーん、仲がいいと言えば仲がいいかな。
でも結局全然わからないので、本人に確かめることにする。
秋澤君の後をつけていって、ひとりになった時を見計らってそっと声を掛ける。
「秋澤君、秋澤君」
「うわっ!吉祥院さん?!どうしたのそんな陰から」
なにもそんなに驚かなくても。
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「え、なに?」
「ずばり、鳥海さんとはどういう関係でしょう」
「えっ!」
秋澤君がギョッとした顔をした。おや?
「なんで吉祥院さんがそんなことを?」
「調べてくるように言われました」
「……桜子か。吉祥院さん、桜子と仲がいいみたいだね。あいつ人見知り激しいのに」
人見知り?あの毒舌女王が?秋澤君、桜ちゃんの正体知らないのかしら。
「依頼主は明かせません。で、どうですの?」
「えー…、なんでもないよ」
「ただの先輩後輩だと?」
「うーん」
「煮え切らない態度ですわね。バレンタインにチョコをもらったんでしょ?義理ですか?まさか本命?」
「…カードにはそんなようなことが書いてあったかなぁ」
なんと!本当に桜ちゃんの勘が当たっていたのか!見くびっていてごめんなさい。
「誰にも言わないでね」
「もちろんですわ。それでどうしたんですの?」
「断ったよ、ごめんねって。鳥海さんもわかりましたって言ってくれたし。それで終わったはずなんだけど、この前姉さんが桜子の前で、今年は後輩の子からもチョコをもらってきてたねって暴露しちゃって。姉さん、勝手に僕の部屋に入って見たらしいんだ」
「あらぁ」
「それで桜子がなんで隠してたんだって」
うわぁ、桜ちゃんからの追求かぁ。怖いなぁ。
「それから桜子がずっと怒っているような気がしてさ。どうしよう」
「う~ん。では、デートにでも誘ってみては?」
「えっ、デート?!」
「ええ。最近秋澤君は陸上部の練習ばかりで、桜ちゃんは寂しいんだと思いますわ。だからデートに誘えばきっと喜びます。場所は、そうですね。井の頭公園のボートはどうでしょう。カップルの定番のデートスポットです」
「デートって、僕達まだそんなんじゃないんだけど…。でもうん、誘ってみるよ。ありがとう吉祥院さん」
「いえいえ」
秋澤君を笑顔で見送る。
いや~、いい仕事したな、私。
璃々奈の手下から鳥海さんの情報ももらったけど、これなら使わずに済みそうだ。
王道幼馴染カップルに幸あれ!




