表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/299

67

 その日はいつも以上にしっかりと完璧に髪を巻いた。昨夜は1枚1万円もするシートパックをして、肌はぷるぷるつやつやだ。

 今日の私の外見には、一部の隙もなし!

 胃薬を瓶からざらざらと出して水で流し込んだ後は、チェストからお気に入りの扇子を取り出す。そろそろ暑い季節だし、不自然ではないだろう。

 蝶の模様の入った黒の扇骨に、花の模様の入った紫とワインレッドの扇面を持つ、繊細で美しい洋扇子は、戦いに相応しい小道具になってくれそうだ。

 しっかりと握りしめる。

 私は女優、私は女優……。女優!女優!女優!

 よし、行くぞ!いざ出陣!




 問題はいつ行動を起こすかだ。人が多い休み時間の教室では、出来れば避けたい。

 やはり放課後か。蔓花さん達は授業が終わってもすぐには帰らないからそこが狙い目か。

 上手いこと捕まえられればいいけど。


「麗華様、その扇子とっても素敵ですわねぇ」

「ありがとう。私も気に入っているのよ」


 私は手の中の扇子をもてあそんだ。

 今日も蔓花さんは私と目が合った時、鼻で笑ってきた。

 もう一刻の猶予もならない。私の白髪がこれ以上増える前に決着をつけないと。

 私は放課後を今か今かと待ち続けた。

 その間こっそり胃薬補給もした。ひとりじゃ怖いから、両脇は芹香ちゃんと菊乃ちゃんに固めてもらおう。

 そしてとうとう放課後になった。



 私は扇子を手に席を立った。


「芹香さん、少し付き合ってもらえる?蔓花さん達とお話をして来ようと思うの」


 芹香ちゃんの目がギラリと光った。

 携帯で親友菊乃ちゃんを速攻で呼び出す。私より殺る気だ。

 ほかの子達も周りに集まりだした。


「では、行きましょうか」


 私が微笑むと、みんなも口角だけを上げて笑った。


 廊下に出ると、探すまでもなくあちらから蔓花さんを中心にギャル達がやってきた。

 帰宅する生徒達の波も一端途切れ、ちょうどいいタイミングだった。

 私は扇子を開いたり閉じたりしながら、蔓花さんと目を合わせた。


「吉祥院さん、そこ通りたいの。どいてくれる?」


 蔓花さんが私を挑戦的に笑い、その取り巻きもくすくすと笑った。

 私の周りの子達が一気に殺気立った。

 私は扇子をパンッと閉じた、


「蔓花さん、貴女誰に向かって口をきいているの?」

「は?」


 私は一歩前に踏み出した。


「ねぇ蔓花さん、貴女いつからこの私にそんな口がきけるようになったのかしら?ピヴォワーヌのメンバーである私に、所詮は一般生徒の貴女が」


 私は扇子で蔓花さんを指差し、目にグッと力をこめる。

 強気だった蔓花さんの目が揺れた。


「ピヴォワーヌの権威というものは、この学院でずいぶんと軽いものになってしまったのね?だってそうでしょう?貴女程度の人間が、この私にそんな態度が取れるんですもの」


 私は蔓花さんに近づいた。


「あぁそれとも、蔓花家は吉祥院家よりも格が上だとおっしゃりたい?知らなかったわ。いつの間にか我が吉祥院家が蔓花家よりも劣っていたなんて。でも、蔓花さんはそういう認識なのよね?それは蔓花家の総意なのかしら?吉祥院家を侮れと。でしたら私も父に相談してみませんとね。だって今後の対応もありますでしょう?」


 ねぇ、と青ざめる蔓花さんに微笑みかける。


「私、争いごとは嫌いなの。だから貴女の振る舞いも大目に見てきてあげたわ。でも最近、ちょっと調子に乗りすぎているみたいねぇ。ご自分でもそう思わない?」

「………」

「ねぇ蔓花さん、それともこれは、貴女の、私に対する、宣戦布告と受け取ってよろしい?だったら私も、ピヴォワーヌの、吉祥院家の力を持って、全力でお相手してさしあげてよ?」


 ねぇどうなさるの?と扇子で蔓花さんの頬に触れながら、耳元で問いかける。

 じっと黙り込む蔓花さんを、トントンと扇子で頬を叩いて促した。


「……申し訳ありませんでした、麗華様」


 青ざめた蔓花さんが下を向きながら苦しげに、悔しげに答えた。

 私は出来るだけ艶然と見えるように微笑みかけた。


「あら、わかってくれればそれでいいのよ?私だって別に、蔓花さんを潰したいだなんて思っていないのですから。ただ私を煩わせるようなことをしないでくれれば、それでいいの。よろしいわね?」

「…わかりました」

「蔓花さんのお友達のみなさんも、それでよろしい?ご不満があれば遠慮なく言ってくださって結構よ。ただし、それ相応の覚悟を持っていらっしゃい」


 扇子がピシリと音を立てた。

 蔓花さんの取り巻き達も下を向いて恭順の意を表した。


「そう、わかって頂けて嬉しいわ。これからは節度を持った行動をお願いね。では、みなさん、ごきげんよう」


 円城ばりの黒い笑顔を作ると、私はスカートを翻して彼女達に背を向けた。

 私の取り巻きもごきげんようと口々に言い、私の後に続いた。

 ふと視線を感じて前を向くと、通りすがりの鏑木が私を嫌そうな目で見てそのまま去って行った。


「やりましたわね、麗華様!私すっきりしました!」

「蔓花さんのあの顔!いい気味だわ」


 教室に戻ると周りの子達が一斉に喜びはしゃぎだした。

 でも私には彼女達のそんな声は、ほとんど頭に入ってこなかった。

 なに、あの目。

 あの軽蔑したような鏑木の目。なんなのよ、あれ!

 いったい誰のせいでこんなことしたと思っているのよ!

 ふざけんな、あのボケェッ!


「私、ちょっとピヴォワーヌに行ってきますわ!」

「え、麗華様?!」


 私は教室を飛び出した。


 吉祥院家の力を振りかざすのだけは、本当は絶対やりたくなかった。

 でもこれしかなかったんだもん、しょうがないじゃないか。

 もし仮に没落した時、振りかざした権力はそのまま自分に返ってくる。その時に小公女みたいな扱いされたらどうしよう。

 盛者必衰の理だ。おごれる人は久しからずだ。波の下の都は嫌だよぉ!

 って、そうやってずっと悩んできたのに、人の気も知らないであいつ!

 鏑木こそ、総白髪になればいい!



 サロンに着くと、鏑木が円城とともにお茶を飲んで寛いでいた。私はそのままふたりの前に歩いて行った。

 鏑木が訝しげな眼でこちらを見た。


「鏑木様、お話がありますわ」

「……なに」

「いい加減、自分の始末は自分でつけていただけないかしら。自分の取り巻きぐらいちゃんと制御してくださらない?」

「別に俺が呼んでるわけじゃない。あいつらが勝手に騒いでるだけだろ。そもそも相手にもしてないし。取り巻きなんて認めた覚えもねぇよ」

「勝手に寄ってくるから関係ないって?よくもそんな無責任なことが言えたものですね。これでは将来の鏑木グループの後継者たる資質も疑わしいわ」

「なんだと!」

「だってそうではありませんか。あの程度の人数もまとめ上げられないなんて、先が思いやられますわ」


 睨まれたので睨み返す。

 そこへ円城が間に入ってきた。


「まぁまぁ、吉祥院さんも落ち着いて。ちょっと頭に血が上っちゃってるんじゃない?」


 私は円城をギッと睨む。


「円城様こそ、親友のフォローを私に押し付けないでくださらない?借りなら充分返したはずです。もう尻拭いはうんざり」

「おい!」

「雅哉。うん、ごめんね。吉祥院さんには迷惑かけたね」


 あんたの謝罪には誠意が全く感じられないんだよ。


「では、私はこれで失礼いたしますわ。ごきげんよう」


 私はサロンを出ると、習い事も休んでそのまま家に帰った。





 蔓花さんに勝った興奮と、鏑木への怒りが冷めると、途端に怖くなった。

 鏑木にとんでもないことを言ってしまった。

 興奮して冷静な判断力がなくなってたんだ。よりによって鏑木にケンカを売るなんて!

 やっちまったよ。やってもうたよ。

 なんてこった…。

 でもあいつらが悪いんじゃん!私は悪くない!


 私は帰ってすぐ、布団を被ってぶるぶる震えた。

 その内、開き直ってふて寝した。

 起きてサラダせんべいをバリバリとやけ食いした。


 せっかく親しみやすいキャラになろうとしてたのに、ぼんくら鏑木のせいで高飛車麗華様への道、まっしぐらじゃないか!

 くっそーっ、麦チョコも開けてやるっ!




 …………あの恥ずかしい女優モードは完全に黒歴史だ。

 私いったい誰気取りだよ。思い出すだけで全身がかゆくなるよ。

 全く。なんであれを見るかなぁ、鏑木は。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
麗華様。頑張ったよ。蔓花嬢と皇帝にケジメつけて…帰宅してからの麗華様の心情描写もいいし、サラダ煎餅ヤケ食いの行動が可愛い過ぎる。麗華様に幸あれ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ