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蔓花さんは日に日に態度が大きくなってきている。
もはや私など敵ではないとでも思っているようだ。
鏑木の気を引くために仲間達ときゃあきゃあと騒いで、うるさいことこの上ない。そんなことしたって、鏑木が蔓花さんに興味なんて持つわけないのに。
芹香ちゃん達の不満も募るばかりだ。
私のいないところで、気の強い芹香ちゃんと菊乃ちゃんが中心となって、何度かぶつかっているようだ。
その時も「真面目ちゃん達はこわ~い」と揶揄されたらしく、激怒していた。
「もう我慢できないっ。鏑木様の迷惑も顧みずにぎゃあぎゃあと!麗華様もなんとか言ってください!」
「そうよ!蔓花さんだって、麗華様の言うことなら逆らえないはず!」
いやいや、私にそんな力はないから。蔓花さん、完全に私のこと嘗めてるし。
この前の瑞鸞中等科恒例の、山登り遠足でのぐだぐだっぷりで、この女恐るるに足らずと確信したっぽいし。
あれは確かにダメダメだった。私がまだ山の中腹を必死で登っている間に、とっくに頂上に着いた蔓花さん達は、鏑木と円城を囲んで大はしゃぎだったらしい。
最後は鏑木が「うるさい!」とキレて黙らせたそうだけど。その間、全くの役立たずだった私は、そろそろ期待外れの烙印を押されつつある。
まずいなぁ…。
どうにか穏便に済ます方法はないものか。
そんな事を考えていたら、数日後の休み時間、クラスに怒鳴り込んできた人間がいた。
新生徒会長だ。
「おい、蔓花!お前等ほかのクラスに入り浸るな!このクラスの生徒達が迷惑している!」
「はあ?なによ偉そうに。外部生が何様?」
「頭からっぽのお前等に言われたくないね。いいから戻れ。それからピアス、髪で隠しててもわかるんだよ。校則違反だ。外せ」
「なんですって!」
女子の集団に睨まれても、生徒会長は全く動じない。
「何度も言わせるな。ピアスを外してこのクラスから出ていけ。生徒会に苦情が殺到してるんだよ」
自分達より頭一つ分高い生徒会長の迫力に圧倒されたのか、蔓花さん達はふんっと鼻を鳴らしながら教室を出て行った。
クラスにホッとした空気が流れた。
クラスメート達が生徒会長を尊敬の眼差しで見ている。
うん、さすがだね、銀髪生徒会長。
私も心の中で拍手していると、銀髪はこちらを見て
「それからクラス委員もちゃんと注意しろよ」
怒られた。
う、すみません。
銀髪生徒会長は言いたいことを言うと、自分の教室に戻って行った。
「今度の生徒会長ってちょっとかっこいいかも」
「そうね、ワイルド系ね。あ!でも麗華様に失礼なことを言ったのは許せませんよね?」
「いいえ、全然気にしていませんわ」
銀髪君にポォッとなっていた子達が、慌てて私をフォローした。
本当に気にしていない。むしろ助けてもらえてありがたかった。そうそう、君は正義の人だったからね、銀髪君。
しかしあんな小さくて目立たないピアス、それも髪で隠していたのによく気が付いたな。それとも誰かチクったかな。
「確か去年の騎馬戦でも皇帝と最後まで戦ってたのって生徒会長でしょ」
「実は私、あの時もかっこいいなって…」
「えっ、実は私も…」
ほほーぉ、銀髪君はすでに何人かのファンがいるようだ。高嶺の花の鏑木、円城コンビより近づきやすいしね。
「生徒会長の名前ってなんでしたっけ?」
「水崎君。水崎有馬君ですわ」
私は彼の名をはっきりと答えた。
みんなはあら?っといった顔をしていたけど、もちろん知っておりますとも。
私は昔から彼に、一方的なシンパシーを感じているのだ!
なぜならば彼こそは、君ドルの中で主人公を皇帝と取り合って最後は負ける、私にとっては同志当て馬だから!
有馬で当て馬。ぷぷぷ、なんかおかしい。
しかし同じ当て馬ポジションといえど、吉祥院麗華と彼とでは決定的に違うところがある。彼はあくまでも正攻法で皇帝と対峙して主人公を取り合い、麗華のように汚い真似は一切しない誠実な人間だったので、最後は皇帝と男の友情を築いていた。
あれだけ想いを伝え尽くしたあげくに、結局はヒーローに掻っ攫われていく、まさに君こそが当て馬!私が悪の当て馬なら、君は善の当て馬。同志当て馬なのだ!
マンガのカラーイラストでは銀髪だったから、ちょっと違和感あるけど黒髪も素敵だよ、同志当て馬。
そもそも普通の日本人、いや地球人で地毛が銀髪って聞いたことないし。染めてくれたら似合うと思うけど、絶対しないだろうな。
黒髪の皇帝と銀髪の生徒会長に挟まれる主人公の表紙はかっこ良かったんだけどなぁ。
だが私は君の味方だよ、同志当て馬。私はここで見守っているから、君は当て馬街道を突っ走ってくれたまえ!
「麗華様?どうなさったの?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
みんなが私を変な顔で見ていた。いけないいけない。
私はにっこり笑って誤魔化した。
同志当て馬の注意などなんのその、蔓花さん達は相変わらず鏑木鑑賞にやってくる。
そして私達への敵対姿勢もだんだんと露骨になってきていた。
この前はとうとう蔓花さんがわざと私にぶつかってきた。
「あらごめんなさい、吉祥院さん。大丈夫でしたぁ?」
「…ええ」
「吉祥院さん、あまり運動神経がよくないから、気を付けないと」
かっちーーん。
蔓花さんと数人はくすくす笑っているけど、それ以外の子達はさすがにまずいと目を見合わせていた。
「ちょっと貴女達!麗華様にどういうつもり!」
「だからわざとじゃないって。ほんとうるさい」
「なんですってぇっ!」
まずい、騒ぎになる。私は慌ててみんなを止めた。
芹香ちゃん達の我慢も限界に近いようだ。
さすがにそろそろムリかな…。
今日私は、行きつけのヘアサロンにやってきていた。
ふぅ、リラックス出来るわぁ。お母様のオーダーでいつも通り毛先をカットしてトリートメントをするだけなんだけど。
私は出されたハーブティーを優雅に飲んでいた。
「あっ、これは」
私の髪をいじっていた美容師さんが目を見開いていた。
ん?どうしたの?
「麗華様、後頭部に白髪が」
ええええーーーーっ!!
「し、白髪?!」
「はい。髪の中側なので目立ちませんけど。ほら」
ショックで心臓が止まりそうになった。
合わせ鏡で見せてもらった後頭部には、確かに髪の中に白髪が密集している箇所があった。
そういえば最近後頭部に違和感があって、おや人面疽かな?なんて思っていたけど、あれは白髪が生えてきていたのか。
ストレスだ。ストレスで白髪になったんだ。ロココの女王もそうだったではないか!
中学3年生の乙女が白髪…。
「大丈夫ですよ、麗華様。すぐに元に戻ります。抜くと頭皮に悪いので根元から切っておきましょうね。それとヘッドスパをいたしましょう。頭皮が固くなっているのも良くないのですよ」
「……お願いいたしますわ」
私はよろよろとシャンプー台へと行った。
もうダメだ。このままじゃ私の髪は真っ白になってしまう。
銀髪生徒会長の代わりに、私が白髪の女王……。
私は腹を括る事に決めた。




