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璃々奈は私の忠告など完全無視で、相変わらず鏑木に近づこうとしているらしい。ただ上級生の女子生徒達の壁に阻まれて、思うようにいっていないようだけど。
おかげで荒れていると、璃々奈と同じ1年生のピヴォワーヌメンバーの子に聞いた。
「璃々奈が迷惑かけてない?」と聞いたら「大丈夫です」と答えてくれたけど、その顔からは困っている様子がわかったので、「ごめんなさいね。私からも言っておくから」と謝った。
その子は恐縮していたけど、璃々奈が問題行動を起こしたら、すぐ私に教えてくれるよう、お願いした。とにかく私の知らないところでなにをやらかしているか、把握しておかないと。
ある時などはサロンに向かう私を待ち伏せして、一緒に連れていけと迫ってきた。
無理だと断っても、なかなか言う事を聞かない。そこへちょうどやってきた愛羅様がやんわりと説くとやっと退いてくれた。
あとで「あの素敵な人は誰!」と電話があったけど。
結局璃々奈の言い分としては、自分の母親も元ピヴォワーヌメンバーで、子供の頃からその話を聞かされてきた。家が近くて初等科から通うことができていたら、絶対ピヴォワーヌに入会できていたはずなのに!とのことだった。
そんなもしもの話をされても、現実には璃々奈は中等科からの外部生で入会資格がないのだから、無理なものは無理なのだ。
本当は自分だってピヴォワーヌだったという勘違いが、あの子を増長させる源のようだ。
なんて馬鹿なんだろう。
蔓花さんには「ずいぶん可愛い従妹をお持ちですね」と嫌味を言われた。返す言葉もありません。
もうストレスがピークに達しそうだった。
ということで、やってきましたファーストフード。
これまでは誰かに見つかったらと、お店に入るのを躊躇していたけど、もうそんなことは気にしていられない。
この溜まりまくったストレスは、食べなきゃやってられないよ!
今世では初めてのファーストフードにどきどきしながら注文する。念願のチーズバーガーにポテトはL。飲み物はウーロン茶でお願いします。
万が一誰かに見つからないように、はじっこの席に座る。ちょっとお店で浮いている気がするし。
チーズバーガーを一口齧る。うわぁ、懐かしい!これ!この味だよね!
ケチャップたっぷりの薄く平べったいハンバーグと、ピクルスにオニオンにチーズ!なんというチープな味!
いつも良いものを食べているせいか、ここまで安っぽい味だったか?と驚いたけど、それがファーストフードというものよ。
ポテトもおいしいなぁ。ケチャップって偉大だね。
おなかが満たされると、ストレスも解消されていく気がする。はー、来てよかった。
しかし璃々奈のことはどうしようかなぁ。
冷静に考えるとあの子って私と好きになる人が似ているのよね。
お兄様が大好きで、でも好きになった人は正反対のタイプの友柄先輩や鏑木。そして愛羅様に憧れちゃう。うわぁ、あの子と似てるって絶対ヤだ。
でも私も友柄先輩の周りをうろちょろしてたもんなぁ。
愛羅様にはあの後ひたすら謝った。「麗華ちゃんも大変ね。私に出来ることがあったら言ってね」と優しく励ましてもらったけど、余計に申し訳なかった。
鏑木に対しては、もう怖くて目が見られない。どれくらい怒っているか想像するだけで震える。でもやはり一度、勇気を振り絞ってきちんと謝っておくべきか、
あ~ぁ、なんであの子瑞鸞に合格しちゃったかなぁ。
私は薄いウーロン茶をズズッと飲んだ。
愛羅様が注意してくれたおかげか、璃々奈がサロンにまで押し掛けてくることはなくなった。
しかし鏑木に纏わりついているのは変わらないらしい。
さすがに私のグループの子達も眉をひそめはじめた。まずい…。このままでは私の立場が危ない。
「ごめんなさいね」と謝ると、「麗華様のせいではありませんから」と言ってくれるけど、これがいつまで続くかわからない。
最近、1時間目が始まってしばらく経った頃におなかが痛くなることが多くなった。
胃薬が手放せない。もうつらすぎる。
いっそぶち切れてしまおうか。
ある日とうとう、璃々奈が鏑木を怒らせた。
鏑木が優理絵様を送って行こうとした時、ふたりに近づいて話しかけたそうなのだ。
取り巻きのルールとして、鏑木が優理絵様と一緒にいる時は邪魔しないで離れているというのがあるのだが、それを璃々奈が無視したのだ。
鏑木は基本的に周りで騒いでいる女子達には無関心だ。なにをしようと気にも留めない。しかしそれに優理絵様が絡んだら話は別だ。
優理絵様との貴重な時間を邪魔する人間に対しては、普段の無表情の仮面を捨て感情を露にする。
それを知っているから、取り巻きは優理絵様といる時は絶対近づかない。
しかし璃々奈はそれを知らなかったのか。いつもいる邪魔者達がいないので、チャンスとばかりに車に乗り込もうとした鏑木に駆け寄り、話しかけまくったそうなのだ。
そして優理絵様の予備校の時間もあるのに、空気を読まず引き止め続ける璃々奈に、鏑木が切れた。
鏑木は「いいかげんにしろ!二度と俺に近づくな!」と怒鳴り、その場に璃々奈を置き去りにすると、宥める優理絵様と共に車で去って行ったらしい。
璃々奈から電話でその話を聞かされて、私は目眩がした。なんてことをしてくれたんだ…。
どうにかしてくれと言われたけど、どうにもできるわけないだろう。
本人からも近づくなと言われたんだし、これに懲りたらもう諦めろと諭したけど、璃々奈はまだ諦めるつもりはないらしい。
もう誰か助けて。
璃々奈が鏑木を怒らせたという噂はあっという間に広がり、私まで肩身の狭い思いをした。
騒ぎすぎて鏑木を怒らせる女子は時々いるので、そこまで大事にはなっていないのがまだ救いだけど。
蔓花さん達の視線が痛い。
ピヴォワーヌのサロンに行くと鏑木と円城がいたので、意を決して謝りに行く。
「昨日は私の従妹が大変な迷惑をかけたようで、本当に申し訳ありませんでした」
しっかり頭を下げる。
サロンにはほかのメンバーもいたけど、なりふり構っていられない。
鏑木はしばらく黙っていたけど、大きなため息をつくと
「もういいよ」と言ってくれた。本当?
「別にお前のせいじゃないから」
「でも従妹ですし」
「じゃあなんとかしろよ」
「なんとかしようと頑張ってはいるのですが、なかなか…」
「使えねぇ」
鏑木がくつくつと笑った。
本当にもう怒ってはいないようだった。良かった。
その様子にホッとして、お茶でも飲んで気分を入れかえようかと思った矢先に、「従妹の方が面会にいらしてます」という爆弾が落とされた。
慌てて廊下に出ると、璃々奈が直接謝りたいから仲介してくれと言い出した。
どこまで馬鹿なんだ、この子は!
とにかくここから去れと言っても、ぐずぐず言って聞きやしない。
何度かそんなやり取りをしていたら、サロンのドアが開き、円城が出てきた。
「ねぇ、いい加減にしておきなよ。これ以上雅哉を怒らせたらどうなるかわからないの?君の従妹の吉祥院さんが、君のために散々いろんな人に頭下げてまわってるの知らないでしょう。知ってたらこんな恥知らずな真似できないもんね。君があれだけ先輩達を敵に回して無事でいられているのは、吉祥院さんがひたすら謝っているからだよ。それを知ってるから雅哉も今まで黙ってたんだ。でもそれももう限界だよ」
円城が冷たい視線で璃々奈を射抜いた。
普段優しい顔の人が静かに怒ると、本当に怖い。
そういえばマンガの中でも吉祥院麗華は円城のこの怒りを時々受けていたな。
璃々奈は顔を真っ赤にすると、逃げるように走って行った。
会釈くらいしていけ。
「あの、申し訳ありませんでした。円城様にまでご迷惑かけて」
「あの子には僕達も困っていたからね。そろそろなんとかしないとなって思ってたんだ」
「そうだったんですか」
璃々奈、あんた崖っぷちだったんだよ。
「でも吉祥院さん、これは貸しにしておくから」
「へ?」
「まさかただで助けてもらえると思ってた?甘いよね」
円城はにっこり笑って「いつか返してもらうから、忘れないでね」と言ってサロンに戻って行った。
えーーーーーっ!




