58
早速、鏑木と同じクラスの友達に、璃々奈のことを聞いてみた。
「確かにあの子は最近、皇帝に纏わりついていますね。あ、すみません。麗華様の従妹なのに」
「いいのよ。こちらこそごめんなさい、迷惑かけて」
そうだったのか。私が知らなかったのは、みんなが私の親戚の子の悪口を目の前で言わないように気を使っていたからなのか。
もう勘弁してよ、璃々奈~。
「で、具体的になにをしているのかしら」
「鏑木様に声をかけたり、たまに教室にまで来たり。まだそれほど目立った行動はしてませんけど」
充分だよ。入学して間もない1年生が上級生の男子生徒の周りをうろつくなんて、先輩女子生徒達の一番反感買う行為だ。
前世の私の中学時代でも、女子の先輩後輩の縦社会は結構厳しいものだった。廊下で挨拶しないと「生意気」とか言われちゃったり。ちょうど先輩風吹かしたくなる年頃なんだよね。
そういう時期に、後輩の女子が自分達の同級生の男子に媚を売る様な態度を取って目立っていたら、即学年中の女子に名前が出回って、敵認定されてしまうのだ。
怖いんだぞ、あれは。過激なのだと呼び出されて先輩方からお説教されちゃうんだぞ。
瑞鸞でもそういうのがあるのかは知らないけど、女子中学生の心理としては似たようなものだと思うので、璃々奈のこれからが心配でならない。
いや、璃々奈本人を心配しているというより、従妹だというだけで私にまでとばっちりがくるのが心配なだけなんだけど。
「私からも従妹に注意はしてみますわ」
「そうですね。あの、私達は別に気にしていないんですけど、蔓花さん達のグループが…」
うわ、あれに目を付けられたか。
胃がキリキリしてきた。
璃々奈とは、瑞鸞入学前に親子で挨拶に来た時に話したのが最後だ。
あの子、昔から私のこと嫌ってるし。だがそれはお互い様だと思っている。
でもその時もあの子は相変わらず「貴兄様」「貴兄様」だったのに、いつの間に皇帝ファンになったんだよ。
よりによって鏑木にいくなんて。まだ円城のほうがマシだ。鏑木の周りは地雷畑だ。迂闊に近づけば大変なことになる。
私がコツコツ積み上げてきた努力とか評判だとか、そういったものを璃々奈が一瞬で木端微塵にする未来が浮かぶ。
そうか、こういう問題もあったか。
私が頑張って皇帝の不興を買わないように立ち回り、お父様に不正をやめさせるように動き、破滅の種を潰していっても、親戚がやらかすパターンもあるのか。
げに恐ろしきは連座制。
璃々奈って確かに、我がままで高飛車で親に甘やかされ放題でって、まるで君ドルの吉祥院麗華のミニチュア版みたいな子だもんな。
どうしよう、どうしよう。あの子を更生させるスキルが私にあるとはとても思えない!
でも一応、一言言っておくために電話をしてみた。
「璃々奈さん、鏑木様の周りをうろついているのですって?上級生にあまり迷惑をかけるような行為は慎んだほうがよくてよ」
「あら、私がなにをしようと勝手でしょ。それに鏑木様は別に迷惑だなんて言ってないもの」
言われた時が最期の時なんだよ。
「でもね」
「それより、麗華さん。私一度ピヴォワーヌのサロンに行ってみたいわ。連れて行ってよ」
こいつ!
「ピヴォワーヌは部外者立ち入り禁止なの。それよりじゃなくて、鏑木様のこと。上級生の女子から貴女、評判悪いわよ」
「ふん、なにそれ。別に怖くないわそんなの。麗華さんこそ私が鏑木様と仲良くなることに嫉妬してるんじゃない?」
はぁっ?!
「璃々奈さん、瑞鸞には瑞鸞のルールがあるの。それを無視すれば潰されるわよ」
「はいはい、わかりましたわ。おやすみなさい、麗華お姉さま」
電話はプッと一方的に切られた。
……ムカつく。ムカつく、ムカつく、ムカつくーーーー!!!
なんだ、あの態度は!ひとが心配して電話してやってるのに!っていうかこっちに迷惑かかるからやめろって言ってんだよ!
がーーーっ!腹立つ!
どこの家にも厄介な親戚というのはいるものなのだろうか。璃々奈、要注意人物すぎる。
お兄様に頼めば璃々奈も少しはおとなしくなるかもしれないけど、お兄様は今学業と家業の両立で、とても忙しいのだ。璃々奈なんて面倒な物件まで背負わせたくない。
しかし私に璃々奈をとめることは出来るのか?!
うがーーー!ストレス溜まる!
私はクローゼットの奥に隠してある、やめられないとまらないお菓子の袋をベリッと開けて、鷲掴みで食べた。
あいつのせいで太ったら、恨んでやる!
今年の遠足は山形の山寺だった。なんで遠足に寺?
新幹線とバスを乗り継いで行った先には、長い長い階段があった。これを私に上れと?
今年は寺だと油断していた。去年のつらい山登りと同じじゃないか。
最初は軽快に上って行った。なんだ案外楽勝じゃない?
しかしすぐにふくらはぎに異常が出た。体が前に傾く。誰か、誰か杖をください。
またもやこのパターンかとぜいぜいいいながら上っていると、蔓花さん達がふふんと鼻で私達を笑いながら、追い越して行った。ぐうの音も出ない。
ここは松尾芭蕉の有名な俳句の寺らしい。こんなつらい階段を芭蕉は上ったのか?松尾芭蕉忍者説というのは、本当なのかもしれん。
つらい。でも頑張る。なぜならここは“悪縁切りの寺”だそうなのだから。
悪縁切り。今の私には切りたい悪縁がたくさんある。璃々奈、鏑木、円城、蔓花……。
次々に名前が出てくる。おかげで心の中は真っ黒だ。こんな悪い気を纏わせながら上って、果たしてご利益はあるのだろうか?
どうにかこうにか上ってみれば、すぐに下山させられた。なんで!?どうやら私達待ちだったらしい。すみませんね、お待たせして…。
その後は五色沼に連れて行かれ、自然の中を散策だ。もう歩きたくないよ。
しかし沼に浮かぶボートを見て、俄然テンションがあがった。乗りたい!そして漕ぎたい!
友達を誘って早速乗ってみる。
進まない。オールを一生懸命動かしているのに、なぜか進まない。その場をぐるぐる回りだす。なんだ、これ?
見かねた友達が漕ぎ手を代わってくれた。ありがとう、あやめちゃん。
ボートはすいすい水面を滑って気持ちがいい。ふと周りを見たら、ちらほらとカップルで乗っているボートが!いつの間に!
私の目の前には笑顔の女の子。いや、ありがとう漕いでくれて。でも私だって男の子にボートを漕いでもらいたかった…。
だがしかし、よく見たら鏑木と円城がふたりでボートに乗っていた。男同士でボートって…うぷぷ。
仲間がいたので良しとする。
家に着いた頃からふくらはぎにじわじわと筋肉痛の兆しが出てきた。あぁ、明日はつらそうだなぁ。
あ!玉こんにゃく食べるの忘れてた!!




