56
もうすぐお兄様の成人式です。
私はお兄様に、成人式のお祝いにカフスボタンをプレゼントするのです。
本当は成人式で使ってもらえるネクタイをプレゼントしたかったのだけど、お兄様は成人式のスーツ一式をイギリスのテーラーで仕立ててしまったので、私の口出す余裕がなかったのだ。
そして私に、ネクタイ選びのセンスはあまりない…。
ネクタイってどういう柄がおしゃれといわれるものなのか、よくわからないのだ。そしてついつい奇抜な柄に目がいってしまう。
素敵な仕立てのスーツを着ているのに、ネクタイだけが素っ頓狂だったら、周りからお兄様が笑われてしまう。それはいけない!
お兄様の場合、成人式には吉祥院家の後継者として、各所に挨拶回りをしたりお祝いの席に行ったりと、人目に触れる事が多いのに!そのすべてで笑いものになったら大変だ!
ということで、多少おかしなセンスでもごまかせそうな、カフスに決定。お兄様も了承してくれたしね。
そこで、お兄様と一緒にカフスボタンを選びにお店に行ったのだけど、面白デザインの物がいっぱいありすぎて、なにが良いのか全然わからない!
普通の石が付いた無難なデザインの物から、乗り物や動物やモチーフ、キャラクター物まである。
乗り物もいいのかもしれないけど、私が興味がない。あ、星や雪の結晶は可愛いな。砕けたハートなんて縁起でもない!やっぱり動物かなぁ。うわ、爬虫類はちょっと…。
結局、秋に連れて行ってもらった動物園の思い出として白クマと、夏に使ってもらうイルカに決定。 あ、ペンギンも買っちゃお。
これは、お兄様にまた連れて行って欲しいというメッセージでもあるのだ。
さすがに子供っぽいかなぁと思ったけど、お兄様もこれでいいと言ってくれたし、カフスはそんなに目立つものでもないから、別にいいよね。
そしてカフスはオーダーメイドも出来るというので、今度とろろん芋タロウのカフスを作ってお兄様に着けてもらおうかな。……絶対使わなそう。
お兄様は成人式を終えたら、学業の傍ら吉祥院家の事業にも少しずつ関わることになる。お父様の秘書の方に付いて、いろいろ学ぶのだそうだ。
お兄様は真面目で優秀な人だ。もしお父様が不正なことをしていたら、きっと気づいてくれる。
子どもの私には、お父様が正しい道に進むようにコツコツ洗脳するくらいしか出来ない。お兄様だけが頼りだ。
「お兄様。お兄様は今度からお父様のお仕事を手伝うのでしょう?もしお父様が悪いことをしていたら、絶対に正してくださいね。でも公にお父様を糾弾するようなことはしないでね。あくまでも穏便に。ね」
買い物帰りに入ったカフェで、私はお兄様にお願いした。
お兄様は少し困惑した顔で「は?」と言った。
「昔から、麗華はそんなことを時々言ってたよね。お父さんが悪いことをしていると確信している口ぶりなんだから。僕は少し同情するな。可愛い娘に全く信用されていないお父さんに」
「だって…」
マンガの中ではそうだったんだもん。
お父様は鏑木家への野心があったり困ったところもあるけど、基本的には家族思いの人だと思う。お金持ちによくある愛人がいるってこともないしね。
でも家族にとっていい父親、いい夫だからといって、善人であるとは限らないのだ。
家族のために不正を行う犯罪者だってたくさんいるのだし。
「そうだ株!お兄様、株を買い占められて会社を乗っ取られないようにしないと!」
「……麗華は今度はなんの影響を受けたの?」
「影響というか……、予知能力?」
「そうなんだ。それは凄いね」
む、全然信じていないな。でも本当なんだってば!
もし仮に鏑木を敵に回すようなことになったとしても、お父様が不正をしていなければとりあえず家は安泰なんだから。
「とにかくお兄様、お願いしますね!穏便に、内密に不正を処理してください」
「はぁ、わかったよ」
頼みましたよ、お兄様。私もお父様の洗脳を強化しないと。
3学期に入ってもうすぐ3年生は卒業だ。私の初恋の君、友柄先輩も卒業してしまう。といっても高等科にそのまま上がるだけなんだけどね。それでももう、同じ校舎で会えることはないんだなぁ。
などと考えていたら、桜ちゃんからバレンタインのチョコ作りを習いに行こうと誘われた。
私はいつも通りお兄様とお父様にしかあげないから、特に習いたいとも思わないんだけど。友柄先輩にチョコをあげるつもりはもうないし。
それでも桜ちゃんの強引な勧誘に負けて、有名パティシエの主催するチョコレートブラウニー講座を受けに行くことになった。
「ちょっと!ちゃんとグラムを正確に量ってよ!」
「えっ、量ったよ?」
正確に軽量スプーンや量りで材料を量らないと、桜ちゃんからいちいち叱られる。ちょっとうるさい。
料理は上手な人は目分量っていうよ?私の前世のお母さんは料理をする時に軽量スプーンなんて使っていなかったし。塩や砂糖もそのままパパッと入れていた。そんなに心配しなくても大丈夫、大丈夫。
あ、ココアパウダー少しこぼれちゃった。ま、いっか。
「ちょっとぉっ!」
「ええっ、このくらい平気だよぉ」
桜ちゃん、目が吊り上がって怖い…。
出来あがったチョコレートブラウニーは、試食してみたけどとってもおいしかった。さすがパティシエが教えてくれただけのことはある!今までで一番の出来だ。
でも桜ちゃんは不満みたい。
「麗華を誘った私がバカだった。まさかこれほどとは…」
「え、なにが?」
桜ちゃんは私たちの作った試食用のブラウニーと、先生が作った見本を食べ比べてため息をついている。
そんなの、プロが作ったものに比べたら多少は味が落ちるのも当然じゃん。桜ちゃんは理想が高すぎないかな?
「あのね、お菓子は計量が命なの。しっかり量らないといけないの。もしかして今まで作ってきた手作りチョコとかいうのも、全部こんな適当なやりかただったの?」
「適当ではないよ。ちゃんと量ったよ」
「でも小さじ一杯の指示も、きちんとすりきってないでしょ。掬ってそのまま入れてるでしょ」
「まぁそれはね」
でも大丈夫だよ。ちゃんと大体の量は合ってるから。
「麗華、悪いことは言わない。将来のためにも料理教室に行きなさい」
「えぇ~」
帰ってお兄様とお父様に渡したチョコレートブラウニーは、かつてない程称賛された。
ほら、桜ちゃんが細かすぎるんだって。
でもこれだけ褒められたら、習いに行ってみようかなって気にもなってきた。
後日、塾で渡した葵ちゃんにも「凄くおいしかったよ!びっくりした!」って言われたし。
教室通いはお兄様もお父様も勧めてくるし、考えてみようかな。
桜ちゃんと一緒に通いたいけど、でも毎回あんなにガミガミ言われるのはちょっとなぁ…。
桜ちゃんは、もう少しおおらかに生きたほうがいいと思うぞ。




