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 ロミオ先輩に恋をして私は、浮かれに浮かれた。

 浮かれすぎて、なにも手につかなくなった。寝ても覚めても心はロミオ先輩一色だ。

 先輩のクラスの時間割を調べ、どこかですれ違うチャンスを狙ったり、体育をしている姿を一目見ようと、窓の外を目を皿のようにして見たり。

 家に帰っても、ふと気がつくとロミオ先輩を思い出して、つい花占いなんてしてしまったりもする。

 うららを使っての花占いの結果は芳しくなかった。私の名前の花ならば、根性見せろ!


 そんな毎日を送っていたら、期末テストの順位は急斜面を転がり落ちるように下がっていた。

 当然だ。ほとんど勉強も手につかなかったのだから。浮かれすぎていて。

 そして自分でも、ここまで落ちるとは思わなかった。


 順位表に私の名前がないことを、周りの子達は「残念でしたわね~」などと言いつつも、それでも精々落ちて2、3位くらいだろうと思っているふしがあった。

 ところがどっこい、軽く30位は落ちている。

 崖っぷちだ。崖の突端でY字バランスをしているくらい危機的状況だ。

“さすが麗華様”は今は昔だ。三日天下もいいところだ。

 この成績は酷すぎる…。


 と落ち込んでいたら、担任の先生に呼び出された。しかも生徒指導室。

 もう悪い予感しかしない。

 何を言われるんだろうな~と憂鬱な気分になりながら、生徒指導室に行くと、担任の先生が徐に今回の期末テストの結果についての私の感想を聞いてきた。

 感想って言われても、あまりの順位の落ちようにショックを受けたとしか言えないんだけど、さてなんて答えようか。

 などとぼんやり考えていたら、先生は難しい顔をして私を見つめてきた。


「はっきり言って、吉祥院さんがここまで成績を落とすとは予想外だったのよ。初等科での成績表も見たけど、素晴らしいものだったわ。ほかの先生方に聞いても、吉祥院さんは授業態度も真面目でテストの成績もいい、とても優秀な子だという評判だった。私もそう思ってた。貴女に関してはほとんど何も心配をしていなかったの」


 それなのに、と先生は眉をひそめた。

「この成績の下がりようはいったいどうしたの?なにかあったのなら話して欲しいの」


 どうしたって言われても、恋に浮かれて勉強どころじゃありませんでしたなんて、本当のことは言えない。


「前回より努力が足りなかったからだと思います。申し訳ありません」

「あのね、今回のことは問題になっているの。テストの結果だけじゃない、ここ最近の貴女の授業態度にもよ。ぼんやりして身が入っていないって何人かの先生から言われたわ。それでこの結果でしょう。いったいなにが原因なのかしら」


 え、そんな大事になってたの?たかが私の成績が下がったくらいで?!

 っていうか私、なんだか問題児扱い?!

“さすが麗華様”どころか、生徒指導室に呼ばれる問題児になってる!


「ねぇ、吉祥院さん。貴女もしかして悪い男の子に騙されているのではない?」

「は?」


 なんだいきなり。


「女子の素行が悪くなるのは、男の子が絡んでいることが多いのよ。今まで真面目で優等生だった吉祥院さんがここまで変わってしまうなんて、妙な男の子と付き合っているんじゃないかしら?」


 先生は身を乗り出して聞いてきた。

 つまり私は、悪い男の子と付き合って、不良の道に落ちてしまったと。

 なんということだ。

 私が恋に浮かれている間に、私に素行の悪い不良少女というレッテルが貼られそうになっていたとは!


「いえ、そういうことは全くありません」


 悪い男の子どころか、相手は成績優秀で先生方の覚えもめでたい生徒会長様だし。

 付き合うどころかあれ以来、一度も親しく話すチャンスすらない関係だし。

「ぐふふ、ロミオ先輩~」と、部屋でごろんごろん転がっていただけだし。

 ただ単に、私のダラけ癖が出てしまった結果だというのに、思いのほか事態が深刻になっている!


「一度、保護者の方にご連絡したほうがいいのではという話にもなっているの」


 ええっ!そこまでの問題?!

 そして私は職員会議の議題にまでなってるの?!

 私より成績の悪い子はいっぱいいるのに!なぜか私は不良街道まっしぐらにされてる!


「あの、本当になにもないので。今回は少し気が緩んでいただけですわ。反省して次回から頑張りますから」

「……吉祥院さんのことは学院もとても信頼していてね。今回のことは私達も少なからずショックだったのよ。それでね、夏休みに補習を受けてみないかしら」

「補習?」


 中等科では夏休みに成績の悪い生徒を対象に補習授業が行われる。それ以外にやる気のある生徒も受けているが、それは少数だ。

 補習…。“さすが麗華様”が補習…。

 でもこれって、夏休み中の素行を監視する意味もあるんだろうなぁ。

 夏休み明けにとんでもない変化を遂げる子って時々いるもんね。それこそ悪い友達ができて。

 でも先生、私には悪い友達どころか、普通の友達も少ないんです。プライベートで遊んでくれる友達なんてほとんどいません…。

 ひとりで家にいる私がどうやって不良になるというのですか?


 まあ仕方がない。身から出た錆だ。

 こうなったら名誉回復をするしかない。


「わかりました。補習、受けます」


 中等科で初めての夏休みは、随分としょっぱいものになりそうだ。




 補習初日、私は学校に向かっていた。


 家族に補習を受けることになったとカミングアウトしたら、ショックを与えてしまった。

 お母様は「このくらいの成績で、補習を受けないといけないの?」と困惑していたけど、私の場合テストの順位より妙な疑惑がかかっていることの方が大きいんだと思う。

「私、悪い男の子に騙されていると思われているんです」なんてバカ正直に言ったら大変なことになりそうなので、黙っておくけど。

 お兄様は私の成績表を見ながら考え込んでいた。

 不甲斐ない妹でごめんよ。


 しかし今回のことで、私も大いに反省した。

 たかが成績が下がったくらいで、こんな大事になってしまったのは驚いたけど。

 生活態度が怠惰になっていたのは認めよう。

 いろんな人に迷惑と心配をかけてしまったのだから。

 家庭教師の花梨先生には、自分の教え方が悪かったのではないかと相当落ち込ませてしまったし。


 そして怠惰な生活ゆえに、太ってきているというのが最大の問題だ。

 笑うとはっきりと出ていたエクボが、肉で薄くなってきている。

 気のせいだと目を背けていたけど、豊満なおなかが「お前の現実はこれだ!」と訴えかけてきている。

 いけない。Aラインのワンピースは好きだけど、Aラインの体型なんて絶対嫌だ。

 こんなぽんぽこ子狸のおなかなんて絶対嫌だ!


 私はこの夏休み、心を入れ替えて頑張ることを決意した。



 補習は人数の関係でクラス単位ではなく、学年全員の補習受講者がひとつの教室に集められる。

 教室に入ると、先にきていた生徒達が私を見てギョッとした顔をした。

 ごきげんよう、みなさん。

 親しみやすい笑顔を向けたはずなのに、全員に目を逸らされた。なぜだ。


 教室にいる生徒達は、ほとんど成績の悪い子達ばかりで、しかも学院でも目立たない子ばかりだ。まぁ学院カーストでは下位グループといったところの。

 やる気があって受けに来ている一部の生徒も、典型的なガリ勉タイプ。

 ここに私の所属する層の生徒はひとりもいない。

 同じグループの中にも、私より成績の悪い子はたぶんいるのだけど、そういう子は家庭教師や塾に通って、補習なんて受けに来ない。

 そして反抗的な子達も来ない。

 ここには人畜無害でおとなしく、学院内でひっそり暮らしている生徒達だけが参加していた。

 私が教室の後ろの席に座ると、その近くに座っていた生徒達がそーっと席を移動した。

 仲がいい子達で固まっていくつかの島ができていたが、私はぽつんと無人島生活だ。


 窓の外を見ると、あら蜃気楼かしら?景色が揺れているわ。

 ……断じて泣いてなんかいない。




 恋に浮かれた代償は、かなり大きなものだった。

 心抉られる孤独な補習は、今日始まったばかりだ。



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