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アルファズル戦記  作者: たつみ暁
第二部:神への挑戦者イリス
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第5章:それぞれの想い(3)

 カレドニア騎士団と合流して、首都ノーデへ辿り着いた翌日。イリスのもとへ、奇妙な報せが上がってきた。聞けば、ノーデから北西にあるフェルン砦を占領したアースガルズ軍の様子を、カレドニア騎士達が偵察に出たのだが、彼らの騎乗する魔獣のことごとくが、砦に程近い所で変調を来したという。そのままでは墜落の危険性さえあるので、慌てて引き返してきたのだ。

 そんな状況の中でも、幾人かの騎士が、砦の上空に何やら黒い宝玉が浮遊し、そこに砦の最上階から魔力が送られているらしき様子を見た、と証言した。

 フェルンは、カレドニアとグランディアを結ぶ、アラディア大橋への通過点となる要所である。今後の戦いを鑑みても、放置する訳にはいかない。イリスはすぐさま、主立った者をノーデ城の会議室に召集した。

「恐らく、一定の生物を混乱させる、禁呪です」

 魔道に関してイリスはずぶの素人なので、リルハが代わりに皆に説明する。

「宝玉を媒介とし、魔法陣から魔力を送って、一帯に近づく生物、今回の場合はグリフォンを、制御不能に陥れます。精度の高いものになれば、敵味方を識別する事も可能です。カレドニア軍は魔獣が主戦力ですから、それを殺ぐには最も効率的な手段だと言えるでしょう」

 師から習った知識を叩き起こして彼は告げ、そして表情を曇らせる。

「しかし、これほどの魔法は、僕も発動の術式を知りません。余程高位の魔道に精通した者でなければ、使いこなせないはずです」

「では」

 クラリスが予感した確率を、リルハは頷いて肯定した。

「アースガルズに与した聖王教会の者が、フェルン砦に来ている。そう考えて、間違いは無いでしょう」

 地図が広げられた机に両手をついて、リルハは表情を強張らせる。

「そして恐らく、その術者とは……」

「とにかく、術者を倒し、宝玉を破壊すれば良いのだな」

 少年の憶測を断ち切るように、アルフォンスが言い、傍に立てかけてあった聖王槍ロンギヌスを手に取った。

「叔父上、まさかお一人で行かれるつもりですか」

 イリスがその場にいる一同の驚きを代弁するが、カレドニア盟主は事も無げに答える。

「上空に術が施されているのなら、上空から攻めるのが一番手っ取り早いだろう。グリフォンが使えない以上、私しか行く者もいまい」

 確かに、魔獣を混乱させる魔道ならば、幻鳥ガルーダは影響を受けないかもしれない。だが、いくら四英雄の武器を使いこなせるとは言え、アルフォンス一人では、どんな危険が待ち受けているかもわからない。

「遅れを取るのは否めないかもしれませんが、地上からも騎馬部隊で追いましょう」

「そうね、頼む」

 ユウェインの案に、イリスもわずかばかりな安堵の息を洩らして同意する。

 アルフォンスに続き、選抜された騎士を指名する為にユウェインが出て行こうとしたところ、リルハが彼を呼び止めた。

「僕も連れて行ってください」

「しかし、強行軍だぞ。君の体力では保たないだろう」

 ユウェインは明らかに困った表情を浮かべるが、リルハは退かない。今度はイリスの方を振り返る。

「これほどの禁呪を使いこなせる者を考えれば、恐らく砦にいるのは、ディング大司教です」

 その名を聞いたイリスの脳内に、聖王教会で、神の下僕を名乗った、あの狂気の笑みが蘇る。あの頃の自分の無力さを思い出すと、屈辱に叫び出したくなるが、ぐっと拳を握り締めてこらえた。

「僕の力で到底敵う相手ではないかもしれませんが、魔道に対して魔道士無しで抗するのは、得策とは言えません。それに、ディング殿がいるのなら、先生の消息も問い質したい」

 言われて、イリスはリルハの師匠ティム・リーヴスを思った。自分を逃がすために聖王教会で囮になり、その後合流する事の無かった彼の行方を、あの時あの場にいたディングは、きっと知っているだろう。

「……わかった、許可する」

 リルハの熱意と自身の思惑に背をに押されて、イリスは、不安を拭いきれずにいながらも、彼の騎士団への同道を承諾した。

「ありがとうございます、イリス様!」

 少年は深々と頭を下げて、出立しようとする。が、足を止め、王女を振り返ると、躊躇いがちに告げた。

「その……。ディング殿の事は、エリンには言わずにいてください。お願いします」

 そうして再度会釈し、リルハは素早く会議室を出て行った。対照的に、イリスは重苦しい溜息をつく。

 あの幼馴染も、エリンに知らせたくないのなら、彼女が盗み聞きしないような環境である事を確認するべきなのに。リルハが出て行く直前、小柄な者の足音が会議室の外を駆けてゆくのを、王女はしっかりと聞いていたのだ。


 晩夏のカレドニアの空を、銀色の翼が横切る。聖王槍ロンギヌスを手に、アルフォンスは、フェルン砦目指して、幻鳥ガルーダを駆った。

 砦が近付くにつれ、異様な光景を見とめる事ができる。確かに、空中に漂う黒の宝玉に、砦から魔力が送られているのだと、魔道に疎い彼でも判断できた。

 どうやって乗り込むか。このままガルーダで砦の窓から飛び込んでも良いが。やはり、地上からの応援を待つべきか。思案に耽った時、アルフォンスの視界の端に、緋色の影が差した。

(ジャンヌ王女!?)

 咄嗟に、若い頃に経験した戦の感覚で、槍をかざし間合いを取る。その色に、既にこの世にいなくなって久しい恩人の面影が過ぎった。

 しかし、目の前に現れた相手に、アルフォンスは思わず手を中途な位置で止め、その名を呼んでいた。

「ユリシス?」

 数ヶ月会っていなかったとはいえ、親が子を見間違えるはずが無い。亡き人と同じ色の翼を得て、アルフォンスが同じ名前をその翼に与えた、息子だった。

「イリスから聞いたぞ、アースガルズ軍として敵対したと。どういうつもりだ」

 だがユリシスは、父の呼びかけに応えず、うつむき加減で目線を合わせぬまま、ゆっくりと魔獣を近付けてくる。敵軍の濃緑の制服をまとっている事だけではない。違和感を覚えて、アルフォンスは目を細め、呟くように問う。

「何故、ヴィスナはあの魔法陣の影響を受けない」

 相棒の幻鳥が低く鳴き、手にした聖王槍が震えて、何かおかしいと警告する。それに気づいた時には、息子の手にした短刀が、深々と脇腹に突き刺さっていた。

「主無くとも国は成り立つ……俺にしつこく言ったのは他でもない、親父、あんただ」

 あくまで無表情に、抑揚無く、ユリシスは言い放ち、容赦無く刃を引き抜いた。

「あんたがいなくても、カレドニアを動かせる人間は、いくらでもいる……。それを、証明してやるよ」

 愕然とする父親の手から、ロンギヌスが滑り落ちる。息子はそれを、己の所有物であると主張するかのごとく、乱暴に奪い取った。だが、聖王槍は光らない。

「何でだ……?」

 四英雄直系であるユリシスの手の中で、それを証明する輝きを放たない。それが酷く間違った事であるかのように、青年は不服を洩らす。

 注意が槍に逸れた瞬間、ガルーダが声を張り上げた。背の上にぐったりもたれたままの主の血に塗れた翼を必死にはためかせ、全力でその場を飛び去る。

 ユリシスはそれを追ってこなかった。聖王槍を実父の血で汚れた手に握り、中途半端な笑みを垂れ流しにしたまま、何かが抜け落ちたような目で、見送っているばかりであった。


 血濡れのガルーダが帰還してきた事で、ノーデ城内は騒然となった。不覚を取るなど有り得ないと思われていたカレドニア国主が、瀕死の重傷を負ったのである。妻ファティマは顔を蒼白にして夫にとりつき、すぐさま回復魔法の使い手が召集された。報告はたちまち末端の兵士達にまで行き渡り、動揺が走る。

 イリスも姪として、すぐにでも叔父の容態を確認しに行きたかった。だが、アルフォンスが倒れた今は尚更、自分が冷静に陣頭指揮を執らねばならない。

 唯一の頼りとなったユウェインの部隊を支援すべく、城に残っている者を集める。だが、その時になって、カレドニア騎士から、更に頭を抱えたくなるような報告がやってきたのだ。

 曰く、

「シフィル様が、城のどこを探してもおられません。グリフォンも一騎、獣舎からいなくなっています」

 と。聞けば、ハーディアまで姿が見えないという。

 常々、一人前として扱われない事を不服に思っていた従弟だ。どんな行動に出たかは、容易に想像がつく。

(どうか、最悪の事態にはなりませんように)

 今のイリスには、聖王神ヨシュアにただそう祈るしか無かった。

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