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アルファズル戦記  作者: たつみ暁
第二部:神への挑戦者イリス
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第5章:それぞれの想い(1)

 晩夏を迎える頃、連合軍はカレドニア領内へと進軍し、首都ノーデを目指した。

 かつてカレドニアは王国であったが、グランディア帝国を裏から操っていた魔族の策略により王族は滅びた。その後、評議会を置く共和制に移行したが、最後の王バルトレット・フォン・ベルガー・カレドニアが、激しい気性をもって率いた魔獣騎士団グリフォンナイツは、いまだの国の戦力として健在である。

 一騎の戦力が歩兵十人に匹敵するという魔獣騎士のその実力を、連合軍の戦士達は、ノーデを前にして目にする事となる。グランディアとの国境となる要所、アラディア大橋を越えて侵攻してきたアースガルズ軍と交戦中、空を埋めつくさんばかりの魔獣グリフォンが連合軍に加勢したのだ。

 魔獣の背に乗る騎士達は、次々と地上のアースガルズ兵を強襲し、一撃離脱で確実に撃破してゆく。だが、その先陣を切るのは、グリフォンではない。

 銀色の翼をはためかせ魔獣より速く舞う、鷹にも似た姿は、世界アルファズルでも非常に稀有な幻鳥ガルーダ。それを駆る者の名を知らぬ人間は、この大陸にはいないと言っても良いだろう。

 聖王ヨシュアの血を引く、元グランディア王子にして現カレドニア国評議会首席、アルフォンス・リードリンガー。四英雄直系の証である聖王槍ロンギヌスを輝かせて敵兵を屠る彼の姿は、齢四十を目前に控えて尚、戦士として衰えていない事を、敵味方双方にまざまざと見せつける。

 心強い援軍を得た連合軍の士気は否応無しに高まり、アースガルズ軍は、早々の撤退を余儀無くされたのであった。


「叔父上、お久しぶりです」

「イリスか」

 戦闘終了後、地上へ戻って来た叔父を、クラリスとリディアを伴って出迎えたイリスに、アルフォンスは、幻鳥を降りる間ももどかしく駆け寄ってきて、戦時からは想像つかぬ穏やかな笑みを見せる。その表情は、双子の姉弟だけあって、イリスの母親そっくりで、再度母の安否を思い出させた。

「聖王教会からずっと、大変な道程だったろう。無事で何よりだ」

「いえ。叔父上こそ、グランディアを脱出した兵や民を多数保護し、援助してくださった事、心より感謝いたします」

「地位を棄てたといえど、私もグランディアの王族。そこに住む人々は、このカレドニアの民と等しく大切だ。当然の務めを果たしたまでだよ」

 不安を押し込めて深々と頭を下げるイリスに、「よそよそしい挨拶はこれまでにしよう」と片手を挙げて、カレドニア首座は顎に手を当てる。

「しかし、しばらく会わない内に、イリスも随分と、人の上に立つ者としての貫禄が板についてきたな。それだけ色々あったという事か」

「ええ、それはもう『色々』と」

 イリスが答える前に、クラリスが意味深な笑みをアルフォンスに向けてうなずく。それだけで、彼女の意図はばっちり叔父に伝わったらしい。

「そうか。我が姪にもやっと春が来たか」

「叔父上! クラリスも!」

 王女は途端に顔を真っ赤にして拳を握り締めたが、叔父は声を立てて笑い、守役は涼しげな表情をしてあらぬ方向を向くばかり。親友は笑いをこえらえているのか、下を向いて肩を震わせている。

 一軍の将になっても勝てない相手が、身内に多すぎる。イリスが歯の間から絞り出すような呻きを発してうつむくと、アルフォンスは笑いを止め、ざっと周囲にいる連合兵を見渡した。

「ところで、うちの放蕩息子はどこにいる? まったく、従妹が先に来ているのに顔も見せないとは」

 問われて一瞬、イリスは返答に詰まる。だが、意を決して、ラヴィアナで捕らわれ別れた事、ロックキャニオンでの不本意な邂逅を叔父に報告した。

「任せろ、などとほざいたのか?」みるみる内にアルフォンスは不機嫌になり、呆れ果てた様子で毒づく。「あの未熟者に、一体何ができるというのだ」

 しかし、イリスが不安げに見上げているのに気づくと、彼は安心させるように笑みを顔に戻して、姪の頭を撫でた。

「イリス、あの馬鹿の言う事は気にしなくて良い。戦場で出くわすような事があれば、私が直接殴ってでも正気づけてやる」

 それは勿論本心ではなく、アルフォンス自身も、己が息子の事を案じているのは確かだろう。自分の子供が心配でない親などいまい。イリスが母の安否に常に想いを馳せているように。それに連なって、一人グランディアへ赴き、いまだ連絡の無いアッシュの無事を願っているように。

 重苦しい空気が漂いかけた時、リディアが「あ、父様」とぽろりと零す。それと同時に。

「イリス姉様ー!」

 場にそぐわない明るい声が飛び込んできた。

 アガートラムから落ち延びたグランディア騎士団を率いる、リディアの父ユウェイン・サヴァーがやってくる。それを追い越すように、淡い茶髪に紫の瞳の少年が全力で走ってきて、イリスにがばりと飛びついた。心構えができておらずにイリスは一瞬よろめいたが、伊達にこの数ヶ月で急速に鍛えられていない。すぐに踏み留まって相手の両肩に手を置き見下ろす。

「シフィル」「うん! 姉様、久しぶりだね!」

 名前を呼べば、少年は弾けんばかりの笑顔を閃かせた。

「シフィル。ここはまだ戦場だぞ、わきまえろ」

「だって父さん、折角イリス姉様に会えたんだもの!」

 アルフォンスのいま一人の息子、シフィル・リードリンガーは、父親にたしなめられても一向に構わない様子で、従姉に再会した歓喜を少しも抑えず表現する。

「まあまあ、アルフォンス様。王女のご無事を喜ばしく思うのは、皆同じです。シフィル様が、我々の分まで喜びを示してくださっているのでしょう」

 追いついたユウェインがやんわりと諭し、イリスの前に立つと、急に真顔になって膝をつき低頭した。

「イリス王女殿下。女王陛下をお守りできず、おめおめと生き恥をさらして参った事、お詫びのしようもございません。如何様いかようにも処分をお下しください」

「ユウェイン、何を言うの」

 突然の言動に、娘のリディアまで恐縮してしまっていたが、イリスはシフィルから身を離すと、騎士団長の前に立ってそっと手を取り、告げる。

「貴方のお陰で、多くの兵や民がカレドニアに逃れる事ができた。それに、母様を守れなかったのは、その時その場にいなかった私のせいでもある」

 ユウェインがはっと顔を上げる。王女らしく、しかし安心させるようにきちんと振る舞えているだろうか。それを意識しながら言葉を継ぐ。

「だから、処分などと言わずに、これからもグランディアの兵を率いて、まだ指揮官として至らない部分のある私を、導いてくれ」

 ユウェインは驚きに満ちた表情で王女を見上げ、それから、さらに低く頭を垂れた。

「イリス王女、この半年程の間に、随分と成長なされましたな。私が導く事など、最早ございません。どうかこれからも、連合軍の盟主としてお立ち続けてください」

「姉様、僕も戦うよ!」

「お前は駄目だ。まだ幼い」

 騎士団長の宣言に続いてシフィルが元気良く挙手したのだが、即座に父親に止められ、ぷうと頬を膨らませる。うっかりリディアが「可愛い」と呟いて噴き出してしまったのがさらに機嫌を損ねたか、少年はそっぽを向くと、その場から駆け去ってしまった。

 大人達はそれきりシフィルには構わず、話を続ける。

「ではイリス様、グランディア王位継承者の証として、これをお受け取りください」

 ユウェインは、後から来た部下に持たせていた、何か長い包みを受け取り、王女の前に差し出す。布が取り払われ、中から現れた装飾に見覚えがあって、イリスは息を呑んだ。

 鞘に収まっていても、竜の意匠が施された特徴的な柄には、見覚えがある。

「四英雄がひとり、竜王ヌァザの血族のみが扱える竜王剣、ドラゴンロードにございます。アガートラム脱出の際、これだけはアースガルズに奪われてはならぬと、女王陛下より託されました」

 イリスは恐る恐る、臣下から竜王剣を受け取った。丁度ガルドで、愛用の剣を失ってしまったところだ。新しく調達した品は、どうにも手に馴染まない。

 手の中に収まった竜王剣が、呼びかけるように熱を持ってうずく。早く鞘から抜いてくれ、四英雄としての真価を示せ、とばかりに。

『どちらを継ぐんだろうな』

 不意に、いつか記憶の彼方で父が呟いた言葉が、脳裏をかすめた。

 自分は母と同じ、竜王ヌァザの力を継いだ者なのだろうか。確かめたい気持ちが湧いて出る。しかし期待以上に、抜きたくない、万一抜いて、四英雄である証の輝きを放たなかった場合、周囲の人間をどれだけ落胆させるだろうか、という恐怖が先立って、イリスは、この場で剣を解き放つ事ができなかった。

 だから。

「ありがとう。持っておく」

 騎士団長にそれだけを言い、竜王剣を腰にたばさむのが、精一杯であった。

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