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アルファズル戦記  作者: たつみ暁
第二部:神への挑戦者イリス
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第3章:死の黒騎士(4)

 戦闘後、市長室にアステアを訪ねたイリスは、洩れ聞こえて来る言い争いの声に、足を止めてしまった。

「あの魔獣騎士グリフォンナイトの攻撃で負傷者が大勢出たわ。何故、彼らの救助より、攻撃を優先したの」

「戦場だ。勝てる戦いを、落伍者の為に負け戦にするつもりだったのか」

「そんなつもりは無い。でも、見捨ててはアースガルズと一緒でしょう。私がそんな戦い方をしたくないと、貴方は良く知っているはずよ、マキシム!」

 アステアの口から飛び出した意外な人物の名に、イリスは思わず扉の陰に隠れ、様子をうかがう。異大陸の傭兵がロックキャニオン市長と一対一で語っている。それだけでも驚きだと言うのに、更にアステアは彼に対して、公の場では見せなかった激情をぶつけている。

「私は私のやり方で、このロックキャニオンを、この都市の人々を守りたいの。ただふらふらと世界を流浪しているだけの貴方には、自信を持って守りたいと言えるものが無いから、そう言えるのでしょう!?」

 瞬間、マキシムの横顔が冷たくこわばるのがわかった。

「マキシム。私は貴方を優秀な戦士だと尊敬しているし、義勇兵の中でも、特に信頼をおける相手だと思っています。貴方が持ってきた、戦死者への礼の尽くし方は素晴らしい流儀だと思うし、シャングリアでも見習うべき文化でしょう。だけど、貴方は最も大切な事を、貴方の故郷に置いて来たのではなくて?」

 語気を荒げたまま、アステアはたたみかける。

「貴方の許せない所。それは、貴方が戦死者には敬意を払えても、生きている人間には敬意を払わない事よ!」

 出て行って止めるべきだろうか。イリスは逡巡したが、マキシムの方が先に、それ以上の口論は無駄と判断したか、溜息ひとつつき、アステアに背を向けた。

「甘いぞ。いつか自身が命を落とす」

「何とでもおっしゃい。死など恐れない」

 捨て台詞じみた忠告にも、ロックキャニオンの女市長は怯まない。マキシムは再度嘆息し、部屋を出て――その際にばっちりイリスと目が合ってしまったのだが、身をすくめる王女に対して特に何も言わずに、ついと顔を逸らすと、足早に去って行った。


「すまない」

 銃士と入れ違いに入ってきた王女がいきなり詫びたので、ロックキャニオン市長は、あからさまに怪訝そうな表情を浮かべた。

「あの魔獣騎士は、私の従兄ユリシスだ」

 その言葉に、予想通りアステアは驚きに目をみはった。ただ、イリスが思っていたほど極端な感情の変化は無かった為、逆に申し訳無さが増す。

「貴女の従兄殿が、何故アースガルズに?」

「私にもわからない。ただ、あいつは昔からああなんだ。物事を、考えている振りをして、実は何も考えてなくて、周りに流されやすくて!」

 身振り手振りまで交えて、イリスは必死に弁解を重ねる。

「今回もきっと、アースガルズに囚われた後、何か情に絆されるような事態に遭ったんだ。それであんな馬鹿な真似を!」

「彼の事を、良くわかってらっしゃるのね」

 アステアがくすりと笑ったので、いつの間にか、従兄を精一杯擁護する発言になっていた事に気づき、イリスは真っ赤になった。

「情に絆された、と貴女が感じたのなら、それだけ心根の優しい方だという事でしょう。だから、身内を悪く言うのはおよしなさい」

 イリスには身内でも、アステアには関係の無い、しかも自軍に多大な損害を与えた敵兵だ。そんな男の肩を持ったら怒って当然なのに、彼女は不快感を示すどころか、イリスが彼を馬鹿と言ったのをやんわりと咎めたのだ。

 恐らくこの、時折見せる優しさが、彼女が市民に慕われる最大の理由なのだろう。決まり悪くなって、王女がますます紅潮すると、アステアはごく温和な笑みをたたえる。が、やがてそれを消すと、普段の毅然とした口調に戻って告げた。

「それならば尚、憎むべきは彼ではない。彼の良心を悪用し、尖兵として差し向けた、アースガルズの狡猾さを憎むべきだわ」


「ユリシス! 貴様、どういうつもりだ!」

 魔獣騎士が、崩れかけた敵陣にとどめを刺さず引き上げてきたので、コルダックは憤慨して、その丸っこい身体を揺らしながら詰め寄った。しかしユリシスは、聞こえていないふうにゆっくり額の汗をぬぐうと、そこで初めて気づいたように、魔獣の背から相手を半眼で見下ろす。

「言われただけの事はやったさ。敵に損害を与えて、撹乱させただろう」

 皮肉ぽく言い放つと、ユリシスはアースガルズ宰相の眼前で魔獣を再度羽ばたかせ、飛び立つ。砂塵が遠慮無く舞い上がり、コルダックの目と口にしこたま入った。

「うおおおっ!? 前線に戻れたと思ったら早速これだぜビル!」

「実は俺達って踏んだり蹴ったり不幸じゃないか、ジョン?」

 巻き添えをくらった兵士達がぺっぺと砂を吐き出し、コルダックは怒りを抑えきれずにぎりぎり歯がみして、地団駄を踏む。

 アティルトが転移魔法陣を用いてその場に悠然と姿を現したのは、そんな頃だった。

「いやいや。僕の姫君は、なかなかどうして手強いようだ」

 妖魔は、有利だった戦闘が一時撤退を余儀無くされた失態を咎める様子も無い。むしろこの状況を待ち望んでいたように嬉々としている。

「これはそろそろ、僕の切り札をお披露目する頃合いかな?」

 その唇が笑みの形に吊り上がる。無論、コルダックを筆頭とするアースガルズの兵達は、彼の脳裏に描かれた、これから始まる残酷な宴の様を予想する事さえ、かなわなかったのだが。

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