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episode.96 きっと、そうやって

 プレシラは気が進まないが、オーディアスに言われると拒否することはできず、彼に同行することとなっていた。


 突き進むロクマティスの軍勢には、ただ一人、キャロレシア人が混じっている。


 そう、元王妃のメルティアである。


 戦いが起き、娘の身に危険が及ぶことを恐れた彼女は、ロクマティスを何とか鎮めようと賭けに出た。元王妃である自分の身を隠さず、戦争ではなく交渉に持ち込もうとしたのだ。だが、彼女の提案を採用するほど、オーディアスは優しくはなくて。彼女と共にロクマティスへ赴いた者は殺められ、利用価値があった彼女は、殺められはしなかったものの拘束されてしまった。


 夜間も、ロクマティス王族を乗せた自動車は進む。


 プレシラに与えられた場所はオーディアスの隣ではなく、メルティアを乗せている自動車の車内であった。


 外は漆黒。すべてを飲み込んでしまいそうな闇が、何もかもを覆い隠す。木々も人の姿も、今はまともに目にすることができない。いつか自分も塗り潰されて消えてしまうのでは、と不安になりそうなくらい、夜の闇は深い。


 ただ、明るい気分にはなれないプレシラにも、救いがないわけではなかった。

 ムーヴァーが同行しているのである。


「プレシラ王女、お疲れではないですか?」

「まさか。この程度で疲れたりはしないわ」

「嘘ですね! 疲れていない人がそんな顔をなさるわけがありません」

「……疲れたなんて言っている場合じゃないのよ」


 父親からの『同行しろ』という命令を拒否する権利はプレシラにはなかった。オーディアスは実娘に対してでも容赦ない。下手に逆らえば、身内であっても処刑されるだろう。プレシラとてそのことを理解していないわけではないから、命令に従わない道を選ぶことはできなかった。が、幸い「ムーヴァーを連れていきたい」というプレシラの希望は認められた。


「悪かったわね。急に一緒に来いなんて言ってしまって」

「いえ! 構いませんよ!」

「ありがとう。……信じているわ、ムーヴァー。どうか、もしもの時には力を貸して」

「そりゃもちろんです!」


 ムーヴァーのことは年を重ねる前から知っている。そして、今もまだ、昔と変わらず真っ直ぐで忠実でいてくれている。だからこそ、プレシラは彼を信頼することができているのだ。誰のことも無条件に信じられる心を持たないプレシラにとって、ムーヴァーの存在はとても大きなものなのである。


「そういえば、この自動車にはキャロレシアの元王妃が乗っているらしいですね」

「えぇ、そう聞いたわ」

「そんな人を連れて、何に使うんでしょうね?」

「盾にするのよ」


 プレシラがきっぱり答えたことを受けて、ムーヴァーは瞳を揺らした。


「そんな……」


 ムーヴァーの表情が暗く変化したことに気づかないプレシラではない。だが、プレシラはそれに影響を受けることはなく、どこでもないところをじっと見つめ続ける。


「おかしいのよ。ロクマティスは」


 プレシラはぽつりと呟く。


「でも、それを言ってはならない。それを言ってしまったら、国にはいられなくなってしまう」

「プレシラ王女……」

「きっと、そうやって、今のロクマティスが出来上がったのだわ」


 ムーヴァーは何か言いたげにプレシラの整った横顔を見つめる。


「誰かが言わなくてはならないのかもしれない。今のロクマティスは正しくない、って」


 いつの間にか、夜空を雲が覆い尽くし、星の一つさえ見えなくなっていた。



 ◆



 その日の晩はまだ普段通り眠ることができた。そうして朝を迎え、私は、ロクマティスの手の者が国境付近で騒ぎを起こしたという知らせを受けた。聞いた話によれば、国境付近で何度も爆発を起こしたらしい。キャロレシア軍の一部は、今は、その対応に追われているそうだ。


「朝から落ち着きませんね」


 報告を受けた直後、近くにいたファンデンベルクはそんなことを言った。


「本当よ。不安しかないわ」


 ファンデンベルクの発言には同意しかない。

 一夜でこんなに進展しているなんて。想定できなかったことではないが、それにしても驚きである。こんな調子では、今日明日のうちにここがどうなるかすら分からない。


「侵攻してきているというだけでも困った問題だったというのに、また新手とは、厄介です」

「まさにそれ……」

「戦力を分散させざるを得ない状態にし、国防力を下げるのが目的でしょうか」

「そうかもしれないわね」


 ロクマティスの軍勢がまだここまで到達していないということは、キャロレシアの軍もそこそこ頑張ってくれてはいるのだろう。でもそれもいつまで続けられるか分からない。別の厄介ごとが起きているならなおさらだ。


「しかし、キャロレシアはそれほど弱い国ではありません。心配なさる必要はあまりないかと」

「安心させようとしてくれているの? ありがとうファンデンベルク」

「いえ。事実、キャロレシアはこれまでも、色々な形で戦ってきたではありませんか。ですから、僕は、それほど弱くはないだろうと考えているのです」


 そうだ、キャロレシアはこれまでも戦ってきた。周囲にちょっかいを出されたりすることは少なくなかったけれど、それでも、自力で懸命に生き抜いてきたのだ。


「……でも、それは頼れる王がいたからよ」


 私の国が強かったわけじゃない。

 武人のような王がいたから、強かったのだ。


「貴女も本当は弱くはないはずです」

「まさか! 私には戦いの才能はないわ」


 私がそう言った直後、ファンデンベルクは静かにこちらを凝視してきた。


「その手の力を使えばいい」


 胸を貫かれたみたいだった。


「貴女には前の王にはなかった能力があるのです。万が一の時には、それを使えば良いのです」

「……そうね」


 ファンデンベルクが言っていることは分かる。

 自分のため、自国のため、この力を使えば良いーー彼が言っているのは、そんな簡単なことだ。


「そうするしかないのかもしれないわね」

「嫌なのですか?」

「できればこの力は使いたくない。それが本心よ。でも、貴方が言うことも、分からないわけではないわ。……きっと貴方が正しいのでしょう」


 父親はかつて言っていた。『王の血を引く者には、この国を護る使命がある。セルヴィアもこの国のために生きなさい』と。それに従うなら、たとえこの力を使ってでも、私は国を護らなくてはならない。何も知らない王女だなんて、今さら言えはしないのだから。


「とはいえ。最初に受けた侵攻の情報が本隊のものではなかったとは、驚きですね」

「少しでも疲弊させようと色々仕掛けてきていたのね」

「ロクマティスは何かと面倒な輩だと再確認しました」

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