表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/146

episode.86 余計なことは言わないに限る

 何というか、非常に残念な気分だ。


 あれが人なのか。あんな思いやりのない者が、平然とこの城に出入りしているのか。そう思うたび、上手く言い表せないような複雑な気持ちになる。


 ファンデンベルクを悪魔のように見る。そして、ただ少しすれ違ったと言うだけで、あのような酷い言い方をする。また、この城の主に近い母親のことも、何の躊躇いもなく貶める。


 本人たちからすれば、ちょっとした冗談のつもりなのだろう。

 でも、それでも、言って良いことと悪いことというのがあるのではないか。


「元気がありませんわね、セルヴィア様」


 結局、誰にも正体を察されないまま、王の間へ戻ってくることができた。

 騒ぎに発展せずに済んだこと、それは幸運なことだったと思う。

 ただ、人間の綺麗でない面を見てしまったから、どうも明るい気持ちにはなれなくて。いまだに疲労感が消えない。


「ええ……」

「何かありましたの? ま、まさか! ファンデンベルクが無礼を!?」

「まさか。違うのよリーツェル」

「違うんですの?」

「人の汚い部分を見てしまって、少し憂鬱なの」


 他者のことを勝手に汚いもの扱いするのは間違っている——それは分かっている。けれど、今はあの人たちを許す気にはなれない。根拠もない噂ばかり話す人たちを悪く思わないでいられるほどの寛容さは、私にはないのだ。


「ファンデンベルクへの態度と嫌み、根拠もない噂を大声で話す……とても受け入れられないわ」


 リーツェルが淹れてくれたお茶は今日もとても美味しい。けれども、苛立ちと不快感がへばりついた心を洗いきるほどの力はない。


「汚いものを見てしまわれたのですわね」

「何なのかしら、あれは。酷いとしか言い様がないわ」


 私が良く思われていなかったのは分かる。この手の不気味な力、という、良く思われない要素が存在していたから。けれど、ファンデンベルクには、そのような要素は存在しないはず。性格が悪いわけではないし、周囲を傷つける力を持っているわけでもないし。


「お気持ちは……察せますわ。けれど、ファンデンベルクが好かれないのは、出身上仕方のないこと……。皆、誰かを見下したいんですの」


 皆が穏やかに過ごせる世界。罪なき誰もが傷つけられることのない社会。そんなものは所詮幻でしかないのだろうか、なんて考えて、少しばかり寂しくなる。


 綺麗なものは所詮作り物でしかない——そう突きつけられたようで、切ない。



「先ほど情報が入りましたので連絡に参りました! 女王陛下のお母様の件ですが、どうやら、ロクマティスへ赴いていらっしゃったようです!」


 連絡係からそう告げられたのは、窓の外が暗くなり始めた頃だった。


「ロクマティスへ? なぜですか」


 母親が言っていた『用事』とはそれのことだったのかもしれない。それなら話はおかしくない。けれど、そんな大きなことをする時に、わざわざ『用事』なんて言い方をするものなのか。行動を知られないようにするためだろうか。


「どうやら、戦いを止めるよう交渉するために行かれたようです」

「そうですか……分かりました」


 やはりあの時止めるべきだったのしれない。そうすれば、止めはできずとも、あちらへ行く理由くらいは聞けたかもしれなかったのに。


「しかし、ロクマティス側の動きは止まっていません! 引き返す気もないようです! そこがよく分からないところです。調査不足で申し訳ありません!」

「いえ。有益な情報をありがとう」

「そ、そんな……! ありがとう、なんて……恐縮です! で、では、これにて失礼致します!」


 連絡係はそそくさと出ていった。

 人が減るなり、ファンデンベルクが口を開く。


「そういうことでしたか」


 彼の肩には黒い鳥がちょこんと乗っかっている。


「できることはあまりなさそうですね」

「母が自ら赴いたなら、救出に行く、というわけにもいかないものね」


 なんて無茶なことをするのか。

 帰ってきたら絶対に注意してやろう、と、小さな決意を固めた。


 国のために何かしようと考えたのかもしれないけれど、誰にも伝えずこんな急な動きをすれば、皆が混乱するだけだ。それが分からない母親ではなかっただろうに。


 その時、勢いよく扉が開いた。

 立っていたのはブルーグレーの長い髪が可憐なリトナ。


「ちょっと! 聞いてびっくりしたんだけど! メルティアさんがいなくなったって、ホントなの!?」


 リトナがまだこの辺りにいたことが驚きだが、今はそこに突っ込みを入れている場合ではないだろう。


「事実よ」

「えーっ! もう! どうして!」

「落ち着いて」

「むー。心配してあげてるのにー」


 心配してあげてるのに、て。

 とにかくリトナらしい。

 でも、リトナが母親のことを心配してくれているというのは、ある意味では嬉しいことだ。

 ロクマティスの人間である彼女がキャロレシアの人間である母親の身を案じてくれている、これは良い傾向と言えるだろう。


「でもでも、メルティアさん、いきなりどうしちゃったのー? 家出?」


 リトナはその場でくるくると回転しながら尋ねてくる。


「ロクマティスに行ったみたいなの」

「えー! ロクマティスに!? リトナですらだいぶ帰ってないのにー!」


 さりげなく嫌みを入れ込んでくる辺りがリトナらしい。

 だが、リトナがもうしばらくロクマティスへ帰っていないことは事実だ。


「この国を護るため……そういうつもりなのかもしれないわ」


 これはあくまで想像である。つまり、母親がロクマティスへ行った理由が本当にそれなのかどうかは、まだ判明していない。ただ、戦いを止めるために赴いたそうだから、この理由が近いのではないかと考えている。


「ふーん。そうなんだー」


 リトナはあまり興味がなさそうに返してきた。


「まぁ、本人に聞いたわけではないけれどね」

「へー。そういうのって、リトナ、よく分かんなーい」


 リトナは「ふんふんふーん」と突然鼻歌を歌い出す。

 その意図は不明だ。


「そんな感じがするわ。リトナ王女はとても自由奔放だものね」

「……何それ、嫌み?」

「いいえ。褒めているのよ」

「ウソ! そんなの褒めてるように聞こえないから!」


 リトナは一瞬だけ調子を強めた。

 しかし、すぐに軽い笑みを浮かべ「ま、冗談だけどー」と続ける。


 調子を強めた瞬間は真剣な表情に見えたので、冗談と言われてもいまいち信じられない。ただ、それを口にすると逆に怒られてしまいそうなので、口にしないでおくことに決めた。余計なことは言わないに限る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ