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episode.80 お友達?

 リトナとのお茶会は比較的上手く進行していた。が、ファンデンベルクうんぬんになってから、場の空気は一気に悪くなっていってしまっている。ファンデンベルクは従者としての務めを果たしているだけだから、彼に罪はないのだけれど、このまま変な空気になっていってしまったら惜しい。そう思うから、私はファンデンベルクに向けて言葉を放つ。


「ファンデンベルク、あまり刺激しちゃ駄目よ。怒らせてしまうわ」


 私がそう言っても、ファンデンベルクは動じない。

 淡々と口を動かすのみ。


「僕は真実を述べたまでです」

「そうね、真実……って、そうじゃなくて! なるべく優しく接してほしいの」

「しかし彼女は敵国の王女。油断はできません」

「だから、今はそういうことを言っちゃ駄目なの」

「ですが事実です」

「あぁもう……いい加減にして……」


 言いたいことは色々あるが、ファンデンベルクがあまりに動じないものだから言う気すら起こらなくなってきてしまう。こんなに堂々としている人を、どうやって動かせば良いというのか。


 私が困っている間も、リトナはミカンの皮のお菓子を口にし続けている。

 やや湿った唇がチョコレートを挟んでいるところは妙に大人びていて、色っぽさすら感じられるような気がした。


「セルヴィアさんったら、従者にも言うこと聞いてもらえないのね! おもしろーい!」


 リトナは手のひらで口もとを隠しながら馬鹿にしているかのようにケラケラと笑う。

 でも、この程度の挑発には乗らない。馬鹿にされることは何度も経験してきたから、今はもう、ちょっとやそっとで怒る気にはならないのだ。馬鹿にされても余裕を持っていられる。


 これもまた成長? ……なのだろうか。


 何にせよ、リトナとの交流に慣れてきているということは事実だ。


 彼女と関わりたいならプライドなど投げ捨てるべき。プライドなどを持っていては、馬鹿にされ嘲笑われて、傷つくばかりである。そんなものは投げ捨てて笑われても気にしないくらいの気持ちでいなければ、彼女とは付き合えない。


「えぇ。彼は自分を持っている人だから。……でも、尊敬はしているのよ」


 その言葉に偽りはない。


 ファンデンベルクの頑固さには時折苦労させられる。でも、彼のことを嫌いになったりはしない。もちろん、少し面倒臭いと感じることはあるけれど、それはファンデンベルクを嫌いになるほどのことではないと思っている。


「ホントにー?」

「私は自分を貫く能力が高くないわ」

「確かに確かに! 周りに流されてそうー」

「えぇ。だから、彼のことは尊敬しているのよ。己を貫けるって凄いことよね」


 馬鹿にされても相手にしない。いちいち真剣に受け取らない。一見良くないことのようだが、そういった技術も時には必要なのだと最近気づいた。常に真面目であることだけが正義ではない。真面目だけで生きていると自分も疲れるから、自分のためにもある程度余裕を持つ必要がある。


 これはリトナと出会って学んだことだ。


 人との出会い、人生、そのすべてに学びがありそのすべてが勉強である——それも間違いではないのだと、改めて気づかされる。


 その時、誰かがノックしてきた。


 訪ねてくる人に心当たりはない。誰かが訪問してくるという予定はなかったはずだ。急用ということなら考えられないわけではないが。でも、そんなことはよくあることではないから、可能性としては高くないように思うし。


「誰か来る予定だったのっ?」


 目をぱちぱちさせながらリトナが問いを放ってくる。


「いいえ」

「でもでもー、今、誰かノックしてなかったー?」

「していたわね」

「じゃあ誰か来たんじゃないの? 違うの?」


 リトナが言うことは的を得ている。

 だが、誰が来たのか分からないだけに、速やかには対応することができない。


「見てきましょうか、王女」


 提案してくれたのはファンデンベルク。


「構わない?」

「はい。では確認して参ります」


 私が動くのも変なので、取り敢えず彼に頼むことにしておいた。


 彼ならば信頼できる。きちんとそれなりの対応をしてくれるだろう、と。だから、迷うことなく任せられる。いや、むしろ、私が出るより彼が出る方がまだ良さそうだ。


 ファンデンベルクは軽く一礼してから、扉の方へと歩き出す。


「あーいやいや、むさ苦しすぎるーっ」

「急にどうしたの? リトナ王女」

「あの男見てたら、何だかイライラしてくるーって感じで!」

「相性が悪いのかしらね」


 人と人には相性というものがある。それは誰もが知るところだ。そして、相性が良い人と相性が悪い人がいるというのも、また真実である。もっとも、相性の良し悪しなど誰にでもあるものなので、当人が悪いわけではないのだが。


「それそれ! そーんな感じ!」


 リトナは明るい表情を浮かべながら何度も頷く。

 楽しそうだ。


「仲良くはなれそうにないわね……」

「ホントそれっ。リトナ、セルヴィアさんのことはわりと嫌いじゃないけど、あの男は嫌い!」


 嫌い、と断言してしまえるのは、ある意味凄い。それも、目の前にいる相手の知り合いのことを言えるのだから、なおさら凄い。普通なら、遠慮して言葉を選んでしまうだろう。


 そんな風にしてリトナと話していると、扉が開いた。

 入ってきたのは母親。


「タイミングが悪かったわね、セルヴィア。ごめんなさいー」

「母さん!」


 目覚めてからしばらく経ち、母親も少しは元気になってきたのだろうか。少なくとも、目覚めた日よりかは元気そうになっている気がする。紺のマーメイドラインのドレスがよく似合っていた。


「少し話をしようと思ってきたの。でも邪魔してしまったわね? 一旦帰ることにするわ」


 遠慮がちに言う母親の後ろには、ファンデンベルクが佇んでいる。


「話って何? べつに話せないことはないけれど」

「いいのよ。セルヴィアは、お友達との時間を大切にしてちょうだい」


 お友達、か……って、まさかリトナのこと!?


 私としてはまだそんなつもりはなかったけれど、母親にはそう見えているのだろう。それは喜ばしいことだ。ただ、少し恥ずかしいような気もする。

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