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episode.79 ミカンの皮のお菓子

 あれ以来、リトナは城に居座るようになった。


 噂によれば、牢の代表と取引をし、外界へ出ることを許されたのだとか。もっとも、侍女たちの噂話を耳にしただけなので、信ぴょう性は高くはないのだけれど。けれども、多分、完全に嘘というわけではないのだろう。出られないはずなのに出てきた、それは事実なのだから。


 ちなみに今は、そのリトナとお茶をしている。


 本日出されたお茶は彼女が好んでいるキャロレシアブレンド。リーツェルが淹れてきてくれたものだ。そして、茶菓子として出されたのは、ミカンの皮にチョコレートを付着させたもの。橙色と茶色がそれぞれ輝いていて、見るだけでも楽しい一品である。


「このミカンの皮、貰っていいのー?」


 リトナが牢を出てここへ来てからというもの、こんな風にお茶を嗜む時間が増えた。その時間は、私の仕事時間を多少圧迫する。けれども、息抜きになるという意味では、私にとっても悪いことばかりでもない。


「どうぞ。ぜひ食べてみて」

「やったー! リトナ、食べてみたーい」


 チョコレートがかけられたミカンの皮は、ひと欠片ずつ、丸く平らな白色の皿の上に置かれている。そのうちの一つへ、リトナは迷わず手を伸ばしてゆく。


「はーっ、これ、美味しそうっ」


 つまんだひと欠片を顔の正面へ持ってくると、リトナは嬉しそうに微笑む。

 その表情はとても自然なもの。悪さなんて少しも感じ取れない。どこにでもいるような年頃の少女、といった印象だ。

 リトナは暫し目で楽しんでいた。が、その後に、ひと欠片を口の中へと放り込む。数回顎を動かして、右手の手のひらを右頬に当てる。


「うんうんっ! 美味ー!」


 なぜ彼女はこんなにも自然に振る舞えるのだろう? ここは敵地だというのに。普通、味方がいないところへ放り込まれたりしたら、弱気になってしまうものではないのだろうか?


「ん? セルヴィアさん、何?」

「え。あ……」

「何その反応、おっもしろーい! コミュニケーション力低ーい!」


 どさくさに紛れて嫌みのようなことを言ってくるところは相変わらずだ。でも、きっと、深い意図があっての発言ではないのだろう。彼女は多分、私の反応を楽しんでいるだけだ。


「えぇ、その通りだわ。私、正直、他人と関わるのは得意じゃないの」

「……ふーん」


 リトナは面白くなさそう。読み通りである。私はリトナが面白くなくなるような反応をするよう心がけ、行動している。つまり、彼女の態度は、私の作戦が成功しているということを証明しているのだ。


「私、これまでずっと、広く関わりを持つことはしてこなかった。だからコミュニケーション力が低いのよ」

「べっつにー。そんな話はどうでもいいしー」

「リトナ王女はとても鋭いのね、凄いわ。よく他人を見ているのね」


 直後、リトナはらしくなく、恥じらうような表情を見せた。が、すぐにいつものような無難な顔つきへ戻る。


「ま、リトナ賢いからっ」


 何の迷いもなく自分を「賢い」と言ってのけることができるというのは、一種の才能だろう。


「でもー。リトナも苦労はしてきたからー。ま、もしかしたら、意外と仲良くなれたりするかもー?」


 そう言って、リトナはさらにミカンの皮を食べた。

 今日のお菓子はどうやら気に入ってもらえたみたいだ。良かった。


「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「何ならリトナが色々教えてあげてもいいけどー。おしゃれとかっ」

「ありがとう」

「お茶のお礼って意味だけだから」

「ふふ。そうね」


 私の右斜め後ろに立っているファンデンベルクは警戒したような顔をしているまま。けれど、私はもう、彼女を脅威とはそれほど感じていない。


「リトナ王女はとても可憐だものね、見習わなくちゃ」

「でしょー? でしょでしょー! ふふん、分っかるー?」


 自慢げに慎ましい胸を張るリトナは無垢な少女のようでもあって愛らしい。

 いつまでもこんな風に穏やかな関係でいられたら、きっととても幸せだろう——そう思わずにはいられなかった。


 でも、この幸福が続く保証はどこにもない。


 私はキャロレシア王家の人間、彼女はロクマティス王家の人間、それは今さら変えようのないことだ。私たちの国が手を取り合うことができないのなら、私たちもまた永久に穏やかには過ごせないかもしれない。


 ただ、それでも今は希望を見つめていたい。


 もしかしたらあるかもしれない望みに近い道を探す。簡単なことではないだろうけど、それでも、望む道を求め続ける。微かに存在する明るい未来を見据え、できるなら手を伸ばしたい。


「ところでセルヴィアさん」

「何かしら」

「後ろの彼、睨んできて鬱陶しいんだけどっ?」


 ファンデンベルクのことか……。


「えっと……彼のことはあまり気にしないでもらえる?」

「嫌! 気になるものは気になるから!」


 あり得ないくらいの即答だった。


「リトナ、セルヴィアさんのことは嫌いじゃないけど、セルヴィアさんの周りの男の人は嫌い!」

「まぁまぁ、そう言わないで……」

「ホントのことだから! リトナ、嘘とかつけないし」


 ファンデンベルクもカンパニュラも、人当たりが良い方ではない。癖の強さがあるし、関わりづらさもある。二人とも、悪人ではないのだが、自分というものが強いのだ。

 自分の意見を通したいタイプのリトナからすれば、あまり関わりたくない相手かもしれない。


「僕は貴女を睨んでなどいません」


 それまでは人形のように立っているだけだったファンデンベルクが、唐突に口を開いた。


「勘違いなさらないで下さい。勘違いで王女に迷惑をかけないで下さい」

「ずーいぶん生意気ね」

「僕はべつに貴女を攻撃する気はありませんので、誤解のないように」


 ファンデンベルクは躊躇なく言葉を発する。


「貴女が王女を攻撃しないのであれば、僕も何もしません」

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