episode.68 羨ましいという感情
その後、私を含む三人は、お茶をすることになった。
細やかなお茶会、その開催場所は、リトナが入れられている部屋の中。広くはないが品のある内装で、ムードだけなら何の問題もない。それどころか、完璧過ぎるくらいだ。
ただし、周囲が牢屋であるということを思い出すと、少々不思議な気分にもなるのだが。
「まっさか、こーんなことになるなんてー」
お茶会が始まって、最初に口を開いたのはリトナ。
「もう。そんなこと言わないのよ、リトナ」
「姉様ったら、まっじめー」
運び込まれてきた紅茶からは、嗅いだことのない甘い香りが漂っている。
こんな形でリトナやプレシラと共に過ごすことになるとは夢にも思わなかった。けれど、いざこうして三人で集まると、未来に希望を抱ける気がして不快ではない。
ちなみに、付き添いのカンパニュラは扉の内側で見張ってくれている。
万が一に備えて、だ。
もっとも、そんな万が一は起きないだろう。リトナもプレシラも、今は私に敵意を向けてきてはいない。それゆえ、間違いが起こりそうな雰囲気ではない。
「あ! このお茶好きー!」
ティーカップを傾け、液体を口に注いだリトナが、そんなことを述べた。
リトナは以前もお茶を気に入ってくれていたように思う。それを考えると、リトナはそもそもお茶を飲むのが好きなのかもしれない。お茶自体が美味しいから、という理由ももちろんあるだろう。ただ、リトナがそもそもお茶好き、ということもあるのかもしれない。
「駄目よリトナ、そんなに騒いじゃ。品がないと誤解されるわ」
そんなことを言うだけあって、プレシラは確かに上品だ。容姿はもちろんだが、お茶を飲む小さな仕草からだけでも品が感じられる。
「えーっ? いちいち気にしすぎだってー」
「リトナはもう……相変わらずね……」
プレシラは王女という身分に恥じない振る舞いをしようと意識するタイプ。
リトナは身分をさほど気にせず自由奔放に生きるタイプ。
二人は姉妹だが、性格の方向性はかなり大きく異なっているようだ。
私はどちらに近いだろう? などと考えつつティーカップの端を唇につけ、飛び上がる。中に入っている液体が信じられないくらい熱かったからだ。一瞬で口を離したから火傷は何とか防げた。しかし間一髪だった。危うく、うっかりで唇を焼いてしまうところだ。
何とか助かりホッとしていた時。
「あー! セルヴィアさんったら、面白ーい!」
リトナが突然絡んできた。
それも、かなり面倒臭そうな感じで。
「へ?」
「リトナ見ーちゃったー! 今、お茶が熱くて狼狽えてたでしょー?」
楽しくはあるが、これは少し厄介なことになりそうな気がする。もしここで否定したとしても、余計に押し込まれるだけだろう。それならば、もういっそ、否定せず受け入れる方向で進める。その方が結果的に効率が良いだろうの思うから。
「……バレた?」
「バレバレ! 分かりやすすぎ、面白ーいっ」
調子に乗ってそんなことを言い放つリトナを、プレシラは叱る。
「コラ! リトナ、駄目よ! そんなこと言わないの」
リトナを叱るプレシラは、姉というより母のように見える気がする。
もちろん、年齢的には姉妹の方が相応しいのだけれど。
「姉様には関係ないからー。黙っててー」
「関係ない、ですって!?」
「だってそうでしょ? 姉様はリトナより偉いわけじゃないしー」
「まぁ、何てことを言い出すの!」
仲良く喧嘩しているリトナとプレシラを眺めていたら、切ないような温かいような不思議な気持ちになってくる。
私とフライには、彼女たちのような交流はなかった。だからこんな複雑な心境になるのかもしれない。もっとも、それは想像に過ぎなくて、根拠なんてものは存在しないのだけれど。
……もしかしたら、私たちにもこんな未来が存在したのだろうか?
ふとそんなことを考えて、心の中で首を横に振る。
すべてはもう過ぎ去ったこと。フライはもうこの世にいないし、彼には二度と会うことができない。それは決して変わることのない事実だ。
だから、『もし』なんて考えても、意味はない。
過去にすがりつくことで生まれる幸せなどありはしない。私が生きているのは現在。だから、現在を見つめなくてはならないのだ。あったかもしれない過去など、過去ですらなく、起こらなかったことでしかないのだから。
「プレシラ王女は、リトナ王女と仲良しなのですね」
私は思わずそんなこと口にしてしまう。
「……セルヴィア女王?」
プレシラがおかしなものを見たような顔でこちらを見た。
「ごめんなさい。ただ少し……羨ましい気がして」
なぜだろう、自然と本心を口にしてしまう。
こんなことを言うべきではないはずなのに。
「羨ましい?」
「私もそんな風に仲良い人が欲しかったな、なんて……時折、思ったりするんです」
プレシラはリトナのことを非常に心配していた。そんな風に想われているリトナに対して、羨望に似た感情を抱いてしまう。
逆に、プレシラはリトナのためなら何でもできるような人だ。敵国の女王を脅してでも救い出そうという強い想いを抱けるプレシラに対しても、羨ましさを感じる。
「えー? 何それ嫉妬? ダッサーイ」
リトナは冗談混じりにそんなことを言う。
彼女は相変わらず遠慮がない。でも、彼女が言っていることもあながち間違ではないと思うから、何も言い返せなかった。私より彼女の方が正しいのだ、言い返せるはずもない。
「コラ! リトナは余計なこと言わないの!」
「姉様はいちいちうるさいからー」
「失礼でしょう!? いきなりそんなことを言って!」
「えー。でもでも、本当のことだしー」
リトナと言い合いつつ、プレシラはこちらへ視線を向けてくる。
「ごめんなさい。リトナが失礼なことばかり」
プレシラは謝罪してくれるが、この状況だと謝罪してもらえてもあまり嬉しくない。それどころか、申し訳なさばかりが膨らんでしまう。
悪くもないのに謝らせてしまった、という罪悪感。
それは意外と大きい。
「えっ。いえいえ! そんな!」
「この子、本当は悪い子ではないんです。でも、少し気遣いが足りなくて……」
「いえ、私がおかしなことを言い出したのが問題です。ですから、どうか、気にしないで下さい」
そろそろ少しは冷めてきたであろうお茶が入っているティーカップを持ち上げ、その端を唇に当てる。持ち手を上げ、僅かに傾けると、口腔内に液体が流れ込んできた。ほどよい温度になっている。




