episode.64 レーシア
本人の髪と衣服についている毛の色が違う。ただそれだけのことなのに、なぜか妙に引っかかる。それに、やや青みがかった毛を目にすると思い出してしまうのだ。ロクマティス王族のことを。リトナの髪の色を。
「では簡単に自己紹介を頼む」
「はい。それでは改めて、名乗らせていただきます。私はレーシアといいます。よろしくお願い致します」
気にしすぎだろう。
こんなところにロクマティス王族が来るわけがない。
「少し質問をしてもよろしいでしょうか?」
意外なことに、ファンデンベルクが口を挟んだ。
基本鳥と戯れているだけの彼が積極的に問いを投げかけるというのは、実に珍しい状況だ。何か考えていることでもあるのだろうか。
「はい。どのような質問でしょう」
レーシアは両手を腹の前で合わせたポーズのまま淑やかに対応する。指先までぴんと伸びていて、育ちが良さそうだ。
私より両家のお嬢様のように見える……。
「詮索するようで申し訳ないのですが、出身はどちらで?」
「実は、私はキャロレシア人ではありません。ここからずっと離れた、遠い国から来ました。……貴方はマルスベルクの方ですね。キャロレシアは開かれた国で、素晴らしいと思います」
長文を話されたファンデンベルクは怪訝な顔をしていた。
「では、貴女はこの辺りの出身の方ではないのですね」
「はい」
レーシアはいつも作り物のような笑い方をする。彼女の笑顔は、完璧なのにうすら怖い。いや、もしかしたら、完璧に見えるからこそ怖さがあるのかもしれない。人間誰しも完璧ではない。だからこそ、隙のない笑みに不気味さを感じてしまうのだろう。
「なのにマルスベルクのことはご存知なのですね」
ファンデンベルクは意外とぐいぐい突っ込んでいく。
「はい、本で読みました。しかし……マルスベルクの方に実際にお会いしたのは、これが初めてです」
何の迷いも躊躇いもなく、レーシアははっきり答えた。
「そうですか。分かりました」
「質問はまだ何かありましたでしょうか?」
「いえ。僕からはもう結構です」
ファンデンベルクは案外あっさりと話を終わらせる。もう少し粘るだろうと想像していただけに意外だった。だが、彼が納得したのならば、取り敢えずそれでいい。
「で、女王を護るほどの技術があるのかどうかだが」
「その点は心配していただかずとも、問題ないと思います」
「なるほど。かなり自信があるらしいな」
佇み方さえ私よりずっとお上品に思えるレーシアが武術を得意としているとは思えない。繊細なガラス細工のような女性だ、戦いなんて似合わない。いや、むしろ、イメージを壊さないためにも戦わないでほしいくらいだ。
「実技試験も本日行われるのですか?」
レーシアは両手を腹の前で合わせたまま尋ねる。それも、微かに笑みを浮かべて。
「あぁ、いや。べつにそういうわけではない。確認しただけだ」
「証明した方がよろしいでしょうか……」
彼女は一体何者なのだろう? と思わずにはいられない。
ただ、興味はあるのだが、知ってはならないような不気味さを感じてしまって。そのせいで、あまり深く突っ込めない。得体の知れない恐ろしさが僅かに見えてしまって。
「べつに証明せずとも構わないが、見せたいほどの技術があるのか? それなら見ても構わないが」
「いえ。ただ、ここにいる方々を皆倒すことが試験なのかと思いまして」
「待て待て。いきなり物騒だな。さすがにそんなことはしない。それに、ここにいる者の中でまともに戦えるのは私だけだ」
それを言っちゃうの!? と叫びたい衝動に駆られたが、ひとまず唇は閉ざしておく。
いきなり大声で参加するのはまずいだろう。
「それでは、これにて失礼致します」
レーシアは微笑んでそんなことを言った。
これまでとは別のパターンだ。
これまでの候補者は、皆、居残ろうとしながらも追い出されていた。だが、レーシアは逆。レーシアは何も言われていないのに自ら退室しようとしている。
「あ、あの!」
体の前側を扉へ向けかけていたレーシアに向かって、私は声を放つ。
「待っていただけませんか!」
「えっと……何かご用でしたでしょうか」
出ていきかけていたレーシアが振り返る。
視線を真っ直ぐに向けられると言葉を発せなくなりそうになる。でも、その程度では諦めない。私は勇気を絞り出して発言を続ける。
「深い意味はありません。ただ、もう少しお話ししてみたくて」
それらしい嘘なんて即座には思いつかない。そんな器用さは私にはない。だから、もういっそ、本当の意味で本当のことだけを言う。それでもしおかしいと思われたとしても、それが本当なのだから仕方ないのだ。
「興味を持っていただけたのですね。……嬉しいです」
渋い顔をされるかと不安だったが、レーシアは意外と乗り気だった。
「レーシアさん、もう少し時間をいただけないでしょうか? 色々と話したいので」
「……ありがとうございます! 構いません。そういうことであれば、ここへ残ります」
レーシアの整った顔に、それまでとは違った、少しばかり自然な雰囲気の笑みが浮かぶ。
万が一鬱陶しがられていたら、というのは、杞憂だったみたいだ。
取り敢えず安心。
「妙に乗り気だな、王女」
そんな声をかけてきたのはカンパニュラ。
「……まずかったですか?」
「いや。好きにすればいい。べつに悪いとは言わん」
予定を狂わせてしまっただろうか?と少しばかり心配だったが、案外問題はなかったようだ。
少なくともカンパニュラは怒っていない様子。
「勝手を許してくださって、ありがとうございます」
「最低限の条件はあるが、王女の好きなようにすれば良い。女王なのだから」
「助かります……!」
カンパニュラの許可を得られれば、もう怖いものはない。私を止めようとする者はいないということだ。それはつまり、私の好きなようにできるということ。
「レーシアさん、もし良ければ、貴女の故郷のことを聞かせてくださいませんか?」
「私の……故郷のこと、ですか」
「あっ。もし何か問題があったならごめんなさい!」
「……いえ。いいえ、構わないのです。ただ、私の故郷には、誇れるようなものはあまりなくて……」
気分を害したわけではないようだ。けれども安心するにはまだ早い。一応、様子を見ながら話を進めるようにしなくては。
「あの……よろしければ、二人でお話は、いかがでしょうか?」
「えっ」




