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episode.59 鳥の帰還

 数日後、獣医の女性に連れられてファンデンベルクの鳥は帰ってきた。

 戻ってきた時、鳥は草を編んだようなカゴの中で寝ていた。穏やかな雰囲気をまといながら。


「これでもう安心していただいて問題ないと思いますよ」

「本当に、ありがとうございます。お世話になりました」

「いいえ。命を救うのが私たちのような者の役割です。気になさらないで」

「感謝します」


 落命することなく戻ってきた黒い鳥を見て、ファンデンベルクは非常に喜んでいるようだ。また、鳥の命を救ってくれた獣医の女性にも、心の底から感謝しているようである。


 こうして、ようやく平穏が戻ってきた。

 鉱物を見ることは叶わなかったけれど、でも、皆が無事ならそれでいい。


「鳥さんが戻ってきて良かったわね、ファンデンベルク」

「はい……!」


 カゴを持ちながら、ファンデンベルクは嬉しそうな顔をする。

 そんな彼を見ていたら、なぜか、自然とこちらまで嬉しいような気分になってきた。心の中に立ち込めていた霧が一気に晴れてゆくような、そんな感じがする。


「ようやく、ですわね! まったく。ここのところのアンタは見ていられませんでしたわ!」


 心なしか棘のある声質で言い放つのはリーツェル。

 両手をそれぞれ腰に当て、胸を張り、威張ったような体勢で言葉を発する。

 でも私には分かる。リーツェルは本当はファンデンベルクのことを心配していたのだと。放つ言葉は棘のあるものだが、それはあくまで本心を包み隠すための鎧のようなもの。彼女の言葉は本心そのものではない。


「迷惑お掛けしました、王女」


 ファンデンベルクが視線を向けたのは、リーツェルではなく私。直前にリーツェルが発言していたものだから、彼の選択は少し意外だった。リーツェルに対して何か返すものだと、勝手に思い込んでいたから。


「気にしないで。元気になってくれれば嬉しいわ」


 ファンデンベルクは元よりはっちゃけているようなタイプの人間ではない。ただ、それでも、日頃の彼と落ち込んでいる彼とでは漂わせている雰囲気がまったく違っていた。落ち着いているのと落ち込んでいるのとでは違う、ということなのだろう。


「これからはまたきちんと働きます」

「ありがとう。これからもよろしく頼むわね」



 ◆



 ロクマティシスの夜は音がない。そして、光を作り出す技術は発達しているというのに、そこには恐ろしいほどの暗闇が存在している。時折吹き抜けるのは、不気味なほどに静かな風。


「プレシラ王女! 出ていかれるというのは本当だったのですか!?」


 直方体の鞄を一つだけ持ち自室から出ていこうとするプレシラに、ムーヴァーが声をかけた。


「……ムーヴァー」


 こっそり抜け出そうとしていたプレシラは、追いかけつつ声をかけてきたムーヴァーを見て、はぁと溜め息を漏らす。鬱陶しい人に出会ってしまった時のような顔をしている。


「キャロレシアへ行かれるのですか!?」


 走り走り、何とかプレシラの近くにまでたどり着けたムーヴァーは、息を荒らげつつ尋ねた。


「ムーヴァーは、どうしてこんなところに?」

「噂を聞いて! 気になって!」

「……そう」

「キャロレシアへ行くって、本気ですか!?」


 ムーヴァーは勢い余ってプレシラの服を掴みそうになる。が、その手をプレシラはさらりと払いのける。まるで何事もなかったかのように。


「それが……貴方が聞いた噂?」


 プレシラはどことなく切なげに微笑む。


「ムーヴァー、帰りなさい。もう夜よ」

「何でですか! いきなり! もう子どもじゃないんですよ!?」


 ムーヴァーは両手両足すべてを別々に動かし、あり得ないくらいバタバタさせながら、自分の意見を主張する。それも、夜には相応しくないような大声で。


 誰もいない夜の中では、声がよく響く。

 音を吸収する物や人が存在していないからかもしれない。


「プレシラ王女が行くなら、僕も行きます!」


 ムーヴァーは勢いよく言い放つ。

 それに対し、プレシラは怪訝な顔。


「な……何を言っているの?」

「同行します!」

「二人揃って抜け出すなんて、誤解されかねないわ。止めてちょうだい」


 夜の闇の中、プレシラは困り顔になる。

 遠くの灯りを照り返すブルーグレーの髪はしっとりと輝いていた。


「王女様を一人で行かせるわけにはいきません!」


 強く言われたムーヴァーは言葉を詰まらせた。

 肩を縮め、プレシラの顔色を窺っている。


「ごめんなさい。気遣いは嬉しいけれど、私、もう行くわね。もたもたしていられないの。見つかったら大変だから……」


 プレシラはそう言って、ムーヴァーに背を向けて歩き出す。前方からの風にコートの裾や髪を揺らされながら歩く彼女は、一切振り返らない。ムーヴァーが「待って下さい!」と叫んでも、彼女の心が揺らぐことはない。彼女は鞄一つだけを持ち、夜の道を歩き続ける。


「どうしてプレシラ王女が……王女様が……こっそり行動しなくてはならないんだ……!」


 ムーヴァーはプレシラを追い続けることはしなかった。今は足を止め、ただじっと彼女の背中を見つめている。何か言いたいけれど言えない、というような顔つきで、道の中央に立ち止まっている。


「おかしいだろ……! こんなの……!」


 冷たく乾いた夜空の下、ムーヴァーはきゅっと拳を握る。


「何で誰も王女を護らないんだよ……。こんなことになっているのはキャロレシアのせいなのか……? いや、本当にそうなのか? 諸悪の根源は……」


 もし誰かが今のムーヴァーを目撃したら、少しおかしな人だと勘違いするかもしれない。独り言を言い続けていることに驚きを隠せなくなったことだろう。

 ただ、ムーヴァー本人はそんなところにまで思考が及んでいないみたいだ。

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