episode.33 相談か命令か
あれから数日が経過したある日の午前、リトナが都に移送されたという話を耳にした。
彼女がこの近くに来るなら、一度会ってみたい。敵としてではなく、王女という身分にあった者同士として、関わってみたい。私はそんな風に考えていた。
けれども、ファンデンベルクはそれに大反対で、理解してくれなかった。
彼は日頃は意見を強く主張することはしない。多少考えを述べることはあっても、基本的には静かに見ていてくれるような質だ。だが、今回だけはそうではなくて。リトナと会うことに反対である、という意見を、強く持ち続けていた。
「ちょっと出掛けてこようかしら」
王の間にある椅子から立ち上がりつつ述べる。
刹那、ファンデンベルクが私の進行方向に立ち塞がってくる。
「駄目です」
彼は最近いつもこんな様子だ。
少し外出しようとすれば、すぐに邪魔してくる。
「どういうことよ、ファンデンベルク」
「リトナに会いに行く約束をしに行かれるのでしょう? それは許可できません」
日頃は静かで慎ましいわりに、こんな時に限ってただならぬ圧を放ってくるから、ファンデンベルクのことはなかなか理解しきれない。
「ただ散歩してくるだけよ」
私はほんの少し笑みを浮かべつつ言う。
だが、次の瞬間、肌に痛みを感じるような問いが来た。
「それは本当のことですか?」
彼の問いにはただならぬ力を感じる。それは、人の域を超越した何かのような力。そんな得体の知れないものをはらんだ問い方をされると、すべてを見透かされているような気がして、嘘で返すことはできない。
「貴方には関係ないでしょう」
「関係ならあります」
ファンデンベルクの目つきは鋭い。何も言えなくなりそうなくらい。
「……そんな目をして、何のつもり?」
「ロクマティスの人間に近づくべきではありません」
ここまで言われたら、さすがに引かざるを得ない。
「まぁ……それはそうね。私だって死にたいわけではないわ、無茶なことをする気はないわよ」
身分では優位に立っていても、今のファンデンベルクには勝てる気がしない。これ以上彼を本気にさせたらと思うと、恐怖さえ感じる。彼と戦うべきではない、と、本能的に感じた。
「ご理解感謝します」
「ただ、一旦ここからは出るから。カンパニュラさんに話があるの」
「……部屋へ呼べば良いのでは?」
「彼と二人でしたい話があるの。だから無理なの」
その時、突如甲高い声が乱入してきた。
「セルヴィア様! まさか恋ですの!?」
直前まで話に参加してきていなかったリーツェルが、いきなり話に入ってきたのだった。
なぜ今さら参加してきたのか。
「止めた方が良いですわ! あの男! 母にしか興味ありませんわよ!」
リーツェルは凄まじい勢いで言葉を投げてくる。明らかに誤解されているが、誤解だと告げるタイミングがない。それゆえ、誤解されたまま話が進んでいきそうになっている。
「待ってリーツェル。そういう話じゃないのよ」
ようやくそう言えたのは、リーツェルが騒ぎ出してから数十秒が経った頃だった。
「……そうでしたの?」
きょとんとした顔をするリーツェル。
「恋ではないの。用事よ」
「そっ、そうでしたのっ……! ……それはお恥ずかしいことを」
「では行ってくるわね」
「あの男は嫌なやつですわ。お気をつけて」
ファンデンベルクに話しても止められる。それゆえ、リーツェルにそう告げて、扉の方へと向かうことにした。この際、ファンデンベルクのことは気にしない。彼を意識の中に入れることはしない、今やそれが最善。
「王女……!」
「大丈夫。すぐそこまでだから」
王の間と外を繋ぐ扉を押し開けて、廊下へ出る。
部屋から出られた瞬間、なぜか妙にホッとしている自分がいた。常に監視されているような息苦しさから解放されたからかもしれない。
だが、心穏やかになれたのもその一瞬だけだった。
カンパニュラが視界に入り、訳もなく全身が強張る。
「出てきたのか」
「あ……はい」
カンパニュラのことは嫌いではないのだけれど、いざ対面するとなぜか緊張してしまう。それは今も変わらない。今でも、顔を合わせた瞬間の緊張感は緩和されていない。
「外出か何かか」
さらりと声をかけてくるということは、向こうは何とも思っていないのだろう。だが、向こうは何とも思っていなくても、こちらも同じと決まっているわけではない。こちらは顔を合わせるたびそれなりに緊張している。
「いえ。貴方に話が」
「私?」
「リトナという、ロクマティスの王女様のことなんですけど……」
「あぁ。都へ移送されたそうだな」
少しの間でさえ、息苦しさを感じずにはいられない。
「その方に……会えないかなって、実は……考えているんです」
たった一文を述べるだけでもすんなりとはいかない。どうしても、途中で詰まってしまう。普段はここまで酷い状態にはならないのだが。これもすべて苦手意識のせいだろうか。
「ロクマティスの王女に?」
「はい。でも……ファンデンベルクは反対のようで」
「なぜそんなことを望む?」
「……考えたんです。何か……変えられるんじゃないかって」
王女と関わることで何かが変わるのではないか。もしリトナと親しくなれたなら、キャロレシアとロクマティスの関係も多少は改善するのではないか。そんな風に考えるのは、幼稚過ぎるだろうか。
「国のために、か」
少しばかり呆れたような顔をされてしまった。
やはり、私の思考は馬鹿げたものでしかないのか。
「私は戦えません。でも、何か一つでも私にできることがあるなら、やってみようと思うんです」
「止めておけ。リスクが高い」
「リスクがあっても……逃げているだけでは何も改善しないって……そう思うので」
「はぁ。あくまで心は決まっているということか」
呆れ顔に続けて、溜め息をつかれてしまった。
わざわざそこまでする必要があるのだろうか? と疑問に思わずにはいられない。でも、もしかしたらそのくらい馬鹿なことを言ってしまっているのかもしれないから、「彼が悪い」と一概には言えない。
「なら相談するな。命令しろ」
「え?」
「答えを持っている者に相談されるというのは、一番厄介なことだ。そんな面倒事に付き合う気はない」




