黄金の鑑賞会
コスプレイヤーに宛がわれた控え室の中で、姿見の前に立つ一人の男性がいる。装いは黄金を象徴する様な超絶の美少女。若干黒味のかかる部屋の中でその碧の眼はより一層映える。だけど男。__雄なのだ。
「うぅぅ......緊張してきた」
思えばなんでこんな事になったのだろうと無数に脳内を反覆する。初めての野外部活動で気が緩んでいたのもあったのだろうか?まさか仮初めとはいえ女性に変化するとは夢にも思わなかった。
(みんな元気にやっているかな......)
みんなというのは勿論部員達のこと。今頃秋葉を堪能しているのだろうか?俺自身アニメはそれ程好きではないのだが、誰かと一緒に何かをして楽しむなんて事には憧れを感じている。
「俺......いや私もやることやりますか」
幸運な事に今の自分は誰がどう見ても女性。どれだけ拡散されようが根暗隠キャの瀬徒生真だとは誰も思うまい。
「やっぱ緊張するわ......」
義ちゃんには自信を持てと激励をされたが、時間が経つにつれてその自信も無くなっていく。相手は界隈で一級とされる化物レイヤーさん達。容姿もさることながら一挙手一投足がキャラになりきっている。備え付けられているテレビに映るレイヤーさん達のパフォーマンスを見る都度肩身が迫る思いだ。ポッと出の__それも容姿だけの俺が出て良いところなのだろうか?
____コンコン
深い思考に鈍く響く扉の音で現実に目を覚ます。大方スタッフの方が呼びに来たのだろう。俺の出番は折り返しの中間くらい。思考に溺れていた緊張感が浮上。昼抜きの空腹感が錘となり沈んでいく。ぶっちゃけコンディションは最高だ。
「イックーさーん出番です。よろしくお願いします」
「今行きます」
努めて高い声を出そうとすると返って裏返るので、なるべくナチュラルに、それでいて優しくを意識して声をあげる。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
なるべく所作を淑女っぽく。男っ気を完全に消す事に意識をシフト。淑女のロールモデルは白金の女性、ソフィー。同じクラスの花崎というエセお嬢様と比べるのも烏滸がましいほどの淑女然とした女性だ。軟らかな笑みを浮かべスタッフさんの目と目の間、鼻根をみる。
「......」
「__?あ、あの?」
「ひゃ、ひゃい!」
途端に顔を真っ赤にして俯くスタッフさん。ここで熱でもあるのだろうか?と鈍感特有の戯言は言わない。あぁ__この人見惚れちゃったのか。対象が女性でもどうやら危ないらしい。流石は超一流のスタイリストさんによる化粧だ。
「あ、あのそろそろ出番......です。付いて来てください」
「は、はい」
「......」
非常に気まずい中歩く、先頭ではスタッフの女性がチラホラとこちらを見てくる。目的地に着くまでの道のりがひどく長く、断頭台に赴く罪人の様に足が重かった。それは気まずさ故か緊張故かはわからない。
「こちらで待機お願いしましゅ!」
「落ち着いて、大丈夫ですから......」
「ふぅふぅ......落ち着きました。えとえと司会の方が名前を呼びますので、その時にあちらの方から__」
『__イックーさんです!』
「「え!?」」
高校生くらいのアルバイトさんに案内され、詳しい説明を受ける最中に呼ばれる名前。チグハグな二人が初めて感情を共にした瞬間でもあったがそんなコトに感動する遑も無い。唐突に司会に名を呼ばれた訳、それは__
「__頑張ってください!ゲートはあちらです!」
「え!?嘘でしょ!?」
「が、頑張ってください!イックーさん!」
「ちょっ......どんだけー!!」
狼狽する俺に対して彼女は満面の笑みを、それに最後とんでもないことを言っていた気も......後ろ髪引かれる思いで熱気溢れる会場に足を踏み入れる。出迎えるは万雷の拍手、そして厚ぼったいカーテンがご開帳。
舞台は3000は入る中規模な会場、ここに入れるのは関係者か倍率が年々十倍はある抽選で勝ち取った者のみ、まわり舞台を中心とした、大きさはそれほど無いものの充分機能するであろう造りだ。360度確認できるようになっている。そして中心に黄金の薔薇が今、添えられる__
「__何これ」
司会によって登場を促されて出て来たのは良いのだが、さっきまでの熱気は何処に行ったのやら。瀬徒が登場すると一気に小鳥の囀りすら聞こえそうな程の閑静な場所へと完成する。まわり舞台の上に立つは先刻までのレイヤーとは一線も二線もかすような、まるでアニメの世界から来たような美少女。そんな姿をに目を奪われ、それでいて心すらその美貌で一瞬にして虜へ。数分間の沈黙が会場を支配する。
『......っ!?し、失礼しました。あ、あまりの美しさに言葉を失っていました......』
『す、凄いですね......これ程までの美貌やスタイルを持ち合わせているレイヤーさんなんて過去にいましたか?今まで無名だったのが全く信じられませんよ......』
口をあんぐりと開けていた司会者も流石は大手の大会を任されるだけあってか素早く立ち直す。そしてそれに感化されて審査員も一人二人と忌憚無い感想を吐露する。お昼過ぎの日輪が主役を優しく照らすのも相まってか神秘性まで感じる始末。
(出だしは上々なのか__?後はパフォーマンスをしなきゃいけないのだが......)
段々と熱を取り戻していく会場の中で、どんな演技をするのか思案。義ちゃん曰く、立っているだけでも優勝を狙えるが、どうせなら伝説を作りましょうという謎の理論によって半ば無理やり急拵えのパフォーマンスを叩き込まれる。
(殆どが心ここに在らずって感じ......パフォーマンスも見てくれなさそう?)
観客達の殆どが呆然とこちらを見続けている。首にかけている一眼レフが音ならさずにぶらんぶらんとしているだけ。中には何回も目を擦ったり、頰を抓ったりとあり来たりな行動をするものまで現れている。
『真珠のように美しい美肌が漆黒のワンピースを最高級の布地と思わせるほどに......』
『いやいや特質する点はサファイアの様な瞳でしょう!』
『彼女自身が芸術......ですな』
『彼女は神に愛されている!!』
『是非ともうちの芸能部門に来て欲しいものだな』
『いいえ!私達の化粧会社が彼女を頂きます!』
講評そっちのけで語り合う審査員たち。イレギュラーな出現によってイレギュラーな状況へ。これには百戦錬磨の司会者も頭を抱えてしまう。頼りの運営からは音沙汰なし。ついつい意識を向けてしまうのを鋼の理性で制御。
『えっと......そのコスプレは......』
「リ、リリアナです......」
『で、ですよね!本人と見間違えるほどですよ!』
もはや審査員は放置、相手にするだけ無駄と言わんばかりに瀬徒と司会者だけの世界を展開。熱を灯す観客からは感嘆の声が聞こえる。
『結構で、デカイですね......』
「180以上あるんで......」
『実はモデルとかだったり?』
「ただの一般人です......」
うっかり「学生です」と漏らしそうになる。司会者の顔にはこんな一般人いてたまるかと言った風貌すら感じられる。成る可くボロを出さないように神経を集中、そして司会者の一字一句に集中する。
『それで趣味は__』
当たり障りのない質問から回答へ、脳内では完成された台本がある。用意してきたアンサーだと思われないよう時折考えるそぶりも忘れずに。 蚊帳の外では未だに審査員が審査から議論、そして奪い合いまでしている。それを余所に。
__無事に終わるのか? という疑問が再燃する。
そろっとコスプレ編終わりにさせます。




