301.魚心水心
さて、表が騒がしくなってきた。
どうやら皆戻って来たらしい。
悪代官代理のガナドルがメイドと居た。
獲物だ。
これから俺は釣りをするのだ、魚紳さんが乗り移った心算で慎重に仕掛けを抛る
「やあ、代官代理殿、お仕事は終わったのか?」
「は?はい、オットー様。我が町は楽しんでもらえましたか?」
回廊での立ち話だ。
女中が来て頭を下げたまま伝える。
「申し訳ありません未だ食事と入浴の準備は終わっておりません。」
「そうか…。まあ良いだろう、未だ時間が早い待とう。どうだガナドル、ワインを持って来ている。ソコラで話をしないか?」
「は、はい。では、小部屋があります。そこで」
きょどるガナドル…。何か隠しているのだろう。
もしくは報告を聞いているのだろう。
「摘む物をご用意させます。」
「ああ、そうだな。準備してくれ。」
女中が下がる。
ガナドルを先頭に小部屋に入る。
小部屋の中は数人が座れるテーブルと椅子だ。
金の掛った作りだ。
金ぴかが多い。
「さてとあまり飲み食いすると夕食が食えなくなるから軽く食べよう。」
収納から水差しに入ったワインをだす。
「はい、そうですね…。」
目が泳ぐガナドル。
女中が一礼してコップと焼き菓子。水を持って来た。
テーブルの上の準備が整う。
水差しのワインを注ぐ女中。
「さあ、始めようか。」
「はい、では乾杯。」
「乾杯。」
うん、柄の悪い酒場で買ったワインだが味は良い。
「ほう、良いワインですな。」
「ああそうだろう。王都で買った樽から出たばかりだ。」
「それはすばらしい。この町ではワインも作っているのですが酸っぱいので…。南の葡萄で作るワインはすばらしいですね。」
どうやらコイツは酒が好きの様子だ。
「ああ、未だ在るから呑んでくれ。」
追加の水差しをだす。
「はい、では遠慮なく。」
飲み干し嬉しそうな顔のガナドル。
女中達は立ったままだ。
よし良いだろう。
「知っていると思うが今日は冒険者ギルドと、教会と町を歩き。北の廃坑に向った。」
杯の持つ手が止まるガナドル。
「はい。そうでしたか…。」
腹芸は出来ないタイプらしい。
やはり配下の者に俺の後を付けさせていたのだろう。
途中、冒険者達と別れて分散させたと思ったがかなりの人数を裂いた様子だ。
「特に問題は無かった…。街道に出た魔物は倒した。」
「はい、ありがとうございます。最近の魔物の活性化には住民一同、大変頭を悩ませております。」
なるほど…。
「問題はその魔物だが…。ミノタウロスでどうやら廃坑に住み着いている様だ。」
「そうなのですか?」
「ああ、入り口の木の柵が破壊されていた。数匹は居たが何せ深い坑道だ。奥にドレだけいるか不明だ。」
「ソレは…。困りました。」
困った顔のガナドル。
本当に困っているようだ。
「入り口を柵で塞いだが他に入口は有るのか?」
「うーむ、記録を調べないと解かりませんが…。大概は垂直に空気穴が開けてある物です。大型の魔物では出られないと思いますが。」
「そうか…。頑丈なモノにしたが…。他に出口が有るなら…。あの廃坑の所有者は誰だ?権利者も全てだ。」
「あの山の所有者と権利者は鉱山ギルドの所有物になっております。他の出口と空気穴は調べさせます。」
「そうか…。破壊したほうが良いと思っているのだが…。」
「破壊は困ります。」
「まあ、そうだろう、そう思ってしなかった。但し…。巨人の攻撃にも耐えられる様な柵を作って置いた。」
「はっ、ありがとうございます。」
「ところでガナドル…。しばらくあの坑道を借りるコトは出来ないのか?」
「はあ?」
「恐らく、あの中では魔法的な何らかの力が働いているとしか思えない。そうでないとミノタウロスが巣にする理由が無い。」
「元々、あの坑道は水晶や宝石を掘っていました。そういう穴を好む魔物も居ます、その為入り口や坑道を少なく小さく作るのが穴掘り達の伝統です。」
そうか?その割にはデカイ穴だったぞ?
「そうか…。要は中で実験調査を行いたいのだ。その為に坑道の一部が…。最悪全部が破壊されるかもしれない。」
「オットー様。学問の為は解かるのですが…。」
「その為、出来れば買取がしたい。山毎全てだ。」
「いや、ソレは…。鉱山ギルドの物を売り払うコトは出来ません。」
「無論タダとは言わない。金は無いがコレで支払おう。」
一枚1Kgの純金の延棒をテーブルの上に置く。
両目を見開くガナドル。
「あ、あ、あ、ゴホン。お前達、下がりなさい。」
女中たちが一礼して下がる。
部屋を出て遠ざかるのを待つガナドル。
しかし。テーブルの上の金属から目を離さない。
「ホ、ホンモノなのでしょうか?」
「さあな。触れてみろ。」
「では…。」
震える手で持ち上げるガナドル。
叩いたり臭いを嗅いだりしている。
あ、舐めやがった。ばっちいな。
「ほ、ホンモノだ…。」
「そうだな。幾ら俺が魔法使いでも金を作り出すコトは出来ない。金を稼ぐコトは出来るが…。」
「では、この金はドコから?」
「ソレは詮索しない事だ、お互いの為だろう。祭が有れば。おこぼれもある…。そいうコトだ。」
「それは…。あの。」
合点が入った様子のガナドル。
誤解だが恐らくハイデッカー家が。戦争の略奪で溜め込んだ物が有ってもおかしくないだろう。そう思っているようだ。
元々実家は金ぴかに無頓着だ。
装飾品を嫌い、資質剛健と実用品主義だ。
唯単に兵を維持するのに金が掛るので節約しているだけだと思うが。
「潰して固めれば元が何かは関係ないだろう。」
そうだ、元は銅だからな。
「そうですが…。」
「何枚必要だ?誰に何を渡すかは貴様の仕事にしてやる。」
2枚3枚と積み上げる。
「え?ああの…。」
「こんな真鍮のコップで無く本物の金のコップで呑む酒は美味いだろう。」
「ソレは…。」
「さあ、何が要る?言ってみろ。俺はあの廃坑を手に入れる為に何をすれば良い?表向きは俺の名前で無くても良いのだ。」
6枚目で手を止める。
「はい、では…。」
偉そうな俺の黄金色の菓子12枚で代官代理は完全に落ちた。
流石に貴族が王国所有地の鉱山を手に入れるのには問題が有ったので。
別の自由民、”遊び人の金さん”と言う架空の人間を書類上作って鉱山ギルドに加入させた。
この町での俺の偽名は”遊び人の金さん”だ。
全ての書類上のコトは代官代理に任せた。
他の役員への説得もだ。
表向きは廃坑のままだ、税金も発生しない。
ただ、”遊び人の金さん”が個人的に魔法使いに貸し出しているダケ。
誰も文句は言えないだろう。
鉱山ギルドも鉱山として書類上の名前が有れば王宮の代官は何も言わない。
全ては金に目のくらんだ悪代官代理が遊び人の金さんに忖度を計るのだ…。
何か違ったかな?
まあ良い。12kgの金塊を抱えた代官代理は”急な仕事が出来たので失礼ですがコレで…。”と断わりすっ飛んで行った。
飯は喰わない様子だ。
仕事熱心だな。
俺も一仕事終えて風呂に向う。
皆も既に風呂に入っている様子だ。
流石に二回目はないだろう。
「アッー!」「アッー!」
浴室の木霊はよく響く。




