Memory64
「クロの今の状態、ですか」
「そうよ。彼女のことを独占したがってる貴方なら、知りたいかと思ってね」
灰色の髪を持つ少女・親元愛と悪の組織の女幹部・ルサールカは、2人で話を交わしていた。
「それで、どんな状態なんです?」
「彼女は今、アストリッドに大切な妹を殺されたことで、魔族へ恨みを持っているでしょう?」
「ええ、まあ、そうですけど………」
愛はルサールカの言葉に、相槌を打つが、どこか納得行かなそうな表情をしている。
それは彼女が、クロが魔族への恨みを持っている、という部分に疑問を感じているから………………………。
ではなく。
彼女は、ユカリがクロにとって大切な存在であると、認めたくはないのだ。
クロにとって大切なのは自分だけでいい。他の奴に見向きしないで欲しい。そんな、醜い独占欲が、嫉妬が、彼女が素直にルサールカの言葉に同意できなかった要因だ。
しかしどうやら、そんな彼女の様子を気にすることもなく、ルサールカは話を続けるつもりのようだ。
「だから、魔族のこと、特にアストリッドのことは、クロは殺したくて仕方がないでしょうね。でも、残念ながら彼女にそれはできないの。だって、彼女には、何かの命を奪う覚悟とか、決意とか、そんなものがないもの。きっと、アストリッドを追い詰めたって、また再び逆転されておしまいでしょうね。だから、クロはどう頑張っても報われないの。このままいけば、破滅ってところかしら? でも、貴方としては、そういうわけにはいかないでしょう?」
「ですね。僕はクロを独占したいです。クロに消えられては、僕の生きる意味がなくなります」
「そうね。だから貴方はクロが破滅しないように、ちゃんと立ち回る必要があるわ」
「どうやって?」
「さぁ? そこまで教えてしまってもつまらないじゃない。もしかしたら、貴方でもクロの破滅を防ぐことはできないのかもしれないし、防ぐことができるのかもしれない。それは私にも分からないわ。だから面白いのよ、人間って」
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「失礼しまーす。せんぱーい! 居ますかー?」
「いますかー!!!!」
真野尾美鈴は、自身の先輩である、桃色の髪を伸ばした少女、百山櫻の家にやってきていた。
彼女の隣には、フードを深く被って顔を隠している、長袖長ズボンの9歳くらいの少女がいた。
「どうしたの? 美鈴ちゃん」
「いやーちょっとですね。この子、なんか訳ありみたいで」
「うん、わけありみたい」
美鈴の言葉を、反復して言う少女。
家出か、もしくは迷子だろうか、まだ話を聞いていないので、定かではないが。
「とりあえず、家に入って。立ったまま話すのも、何だかあれだし」
櫻はそうやって、美鈴と9歳の少女を家に上げる。
「櫻さんの家だー!」
「わーい! おうちおうちー!」
美鈴と少女の2人は、櫻の家に入った途端、幼児のようにはしゃぎだす。
バタバタと跳ねてジャンプしていたせいか、いつの間にか9歳の少女のフードは、彼女の頭を隠しておらず………‥。
「…………ツノ?」
櫻がつぶやく。
9歳の少女の頭には、昔話に出てくる鬼のツノのようなものが、生えていた。
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「えーと、つまり、君は鬼の子ってことでいいのかな?」
「うん。わたしのパパは、人間じゃないの。ママは人間なんだけどね」
「ね? 訳ありでしょ? いやー死神の次は鬼かー。意外とこの世界ってファンタジーに満ちてるんですねぇ……。って、魔法少女がいる時点でもうファンタジーですよね。あははっ」
どうやら、9歳の少女は鬼と人のハーフの子らしい。
「君のお名前は?」
「龍宮メナだよー」
「鬼じゃなくて龍なんだ……」
しかし、こんなツノが生えているようでは、普通の人間の暮らしはできないだろう。今まで一体、どうやって過ごしてきたのだろうか。
「メナちゃんは、今までどうやって過ごしてきたの?」
「えーと。朝起きたらご飯食べて、パパに修行してもらって、体を鍛える! その後は、ママとお勉強して、その日の分が終わったら、遊びの時間。でも、最近パパが全然家に帰ってこなくなって………。それで、ママもパパを探して、どこかに行っちゃったの」
どうやら、今まで人間の学校には通わずに、親に面倒を見てもらって過ごしてきていたようだ。
しかし、父親が行方をくらませたことで、その日常は狂ってしまったようだ。
「それで、この子、魔法少女の子に襲われてたんで、私が助けてあげたってところです」
「ちょっと待って。魔法少女に襲われてたの?」
「はい。こう、短めの金髪で、なんか周囲がバチバチ!! ってしててビリビリ言ってそうな、不良の子に襲われてました」
わかりにくい表現をする美鈴だが、おそらく雷属性の魔法少女の使い手が、自身の周囲で電撃を放っている様子を表しているのだろう。
「それで、倒したの?」
「いやー……。無理そうだったんで、メナちゃん連れて逃げてきたんですよ。多分もう直ぐ来ますよ。あのヤンキーちゃん」
ピンポーンっ。
インターホンが鳴り響く。
どうやら、美鈴が言った通りに、メナのことを襲っていた魔法少女が、櫻の家にやってきたらしい。
「バレないように入って欲しかったな………」
「いや、なんか、静電気飛ばしてGPSみたく私達の位置がわかるようにしてるみたいなんで、意味ないですよ」
ますますヤバそうな奴だなと、そう考えながらも櫻は玄関を開ける。
無防備だと思うかもしれないが、魔法少女の中で櫻に敵う者など、存在しないのだ。
櫻はこの2年で、どんな魔法少女よりも強くなった。
仮に彼女に匹敵する存在がいるとしたら、魔法少女の枠で考えれば、雷属性の魔法の使い手の少女、朝霧 来夏くらいだろう。
だからこそ、櫻は何の警戒もなく玄関のドアを開けたのだ。
ガチャリと、ドアが開く。
そこに立っていたのは……。
「よぉ。久しぶりだな、櫻」
櫻と肩を並べれる程の実力者、朝霧来夏だった。
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櫻は、美鈴から聞いた話から、メナを襲った魔法少女が来夏である可能性を考慮するべきだったと、猛反省するが、もう遅い。
どちらにせよ、来夏の魔法で位置がバレているのだから、出ても出なくても変わらなかっただろう。櫻はそう結論付け、来夏と対面する。
「久しぶりだね、来夏ちゃん。何しにきたの?」
「とぼけんな。匿ってんだろ、魔族のガキを」
やはり、来夏はメナのことを狙っているらしい。
2年前、アストリッドの手により、クロが操られ、自らの手でユカリを殺したあの光景を見ていた来夏は、クロと同様に、魔族への恨みを募らせていたらしい。
クロのことを助けようとした彼女だからこそ、あの仕打ちは許せなかったのかもしれない。
また、これまで何度も魔族に敗北していることから、元々魔族への印象が良くなかったことも関係しているだろう。
櫻自身、来夏の気持ちは分からないでもない。だが…。
「魔族だから。そんな理由で、何の罪のないメナちゃんを襲うのは、間違ってるよ」
「櫻、お前は、あの時あの場にいなかったからそう言えるんだ。魔族にロクな奴なんていねぇ。少なくとも私の出会ってきた魔族は全員自己中で、傲慢で、クズばっかだった。メナとかいうガキも、そのうちそうなるに決まってる。だから、今の内に殺さなきゃいけない。誰かが犠牲になる前に!」
「来夏ちゃん、違うよ。魔族だって、人間と同じなんだよ……。悪い魔族もいっぱいいるけど、でも、いい魔族もきっといる」
「私はそんなの信じられないな」
「それなら……。それなら、私がそれを証明してみせる。魔族も人間と同じなんだって。魔族と人間は、分かり合えるんだって。実際に、メナちゃんは人間と魔族のハーフだよ。少なくとも、メナちゃんのお父さんとお母さんは、分かり合ってた」
「……まあいい。お前なら、寝首をかかれることもなさそうだしな。ただ、もしメナとかいうガキの魔族が、アストリッドみたいな魔族と同じような魔族になるようなら、その時はお前の手で殺せ。いいな?」
「うん。分かってる。私が責任を取るよ。美鈴ちゃんもいるしね」
来夏はその言葉を聞きながら、櫻の家から去っていく。どうやら本当に、メナのことは見逃す気らしい。
2人は、それぞれ別の道を歩み出す。
1人は、魔族と人間の共存を。
もう1人は、魔族の殲滅を。




