Memory38
「あの!!」
「誰?」
八重は突然後ろから全く知らない人間から声をかけられる。もしかしたら過去に出会ったことのある子かもしれないと、八重は自身の脳内の記憶から声をかけてきた少女の容姿と一致する人物を探そうとするが、いくら探してもその少女の顔には全く見覚えがなかった。
「蒼井八重さん…………魔法少女の方………ですよね? 実は、助けて欲しいんです」
そしてどうやら、本当に知り合いでもなんでもないようだ。相手が単に知っているだけだったということが、少女の言葉から読み取れる。
「そう? なら他を当たって。あいにく、私はこれからやることが多いの」
八重としては、はやく魔族の存在について探っていきたい。守るべき大切な妹が3人もいることが分かったのだ。時間は無駄にできない。
「そこをなんとか……!」
しかし、少女も食い下がらない。なんとしてでも八重に頼みたいことがあるようだ。
「………はぁ。何?」
少女の雰囲気的に、諦める予感がなかったからか、八重は少女の要求を一応聞き入れることにした。
「それが…………少し手を出してもらえますか?」
「?……はい、どうぞ」
プスリっと、八重の腕に何かが刺される。
その瞬間から、八重の視界は段々とぼやけていく。
(まさかこれ………睡眠薬……?)
ぼやけていく中で、八重が見たのは、満面の笑みで注射器を握っている少女の姿だった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「クロ!!」
「わっ」
突如後ろからやってきた少年、広島辰樹が突然ハグしてきたことによって、クロはバランスを崩して砂浜に倒れ込んでしまう。
「わ〜、大胆なボーイフレンドだね〜」
「はっ、ははわはあっわはぐ!?」
辰樹の大胆な行動に対し、褐色ギャルの少女、美希は感心し、おさげの少女、笑深李はその純粋さゆえか、奇妙な声を出しながら辰樹の行動に動揺している。
「わっ! ご、ごめん。でも、無事だったんだな! よかった………」
そう言って辰樹は申し訳なさそうにしているが、どこか嬉しそうだ。
クロが無事だったということがわかったからだろう。
(皆、心配してたんだ…………)
クロは、意外にも自分のことを好いてくれている人間が多いことに気づく。
そのことに対して、嬉しさは感じるものの、しかし。
(駄目だ………仲良くしたら………どうせ寿命は残り僅かなのに…………)
クロには残り寿命が少ない。
だから。
(もうこれ以上…………関わっちゃ駄目なんだ………)
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八重が目を覚ますと、先程八重に注射器で睡眠薬を打った少女と、その少女がまるで心酔しているかのように見つめているプラチナブロンドの髪に深紅の瞳を持った、歯が牙のように鋭く尖った少女がいた。
「アストリッド様。アストリッド様が眷属にする候補に挙げていた魔法少女を連れて参りました」
「ふーん。中々良い感じじゃない」
「あ、ありがとうございます!」
少女はアストリッドに褒められたのかと思い、感謝を述べる。
「は? 貴方のことを言ったわけじゃないんだけど。てか、お前誰? 鬱陶しいから下がっててくれる?」
しかし、アストリッドは別に少女のことを一切褒めていない。ただ、八重のことを言っただけなのだ。
勘違いした少女は、恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。
(こいつ……何者? まさか………)
八重はアストリッドという少女が何者なのか、自身の脳内から答えを導き出していく。
「はじめまして。魔法少女マジカレイドブルー。いや、これは借りた名義だったか。まあ、どうでもいい。私はアストリッド。吸血鬼を束ねる王、『吸血姫』。そして、君のご主人様になる存在、かな」
(そうか……こいつが……魔族っ!!)
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「まさか、お前が生きていたとはな………」
「オレは不死身だ。あの戦いで失ったのは、この右目だけなんだからな」
アスモデウスはアイスクリームを片手に持ちながら、別のグループと勝手に意気投合してビーチバレーをしている相方を横目に、青色の髪に、右目に眼帯をしている魔族の男と対面していた。
アイスクリームを持ちながらビーチバレーをするとか正気の沙汰ではないと思うのだが…………。
「で、要件はなんだ?」
「単純だ。このビーチでは騒ぎを起こさないでほしい」
アスモデウスのその言葉を聞いて、眼帯の男は鼻で笑う。
「ふんっ。甘くなったな。一匹の魔法少女に入れ込むなんて。だが生憎、オレはここで決着をつけるつもりだ。オレの今の名前、知ってるか? ………オーディンだよ。オーディン。今のオレにピッタリな名前だと思わないか?」
オーディンと、そう名乗った男は自慢気にそう告げている。
「どうでもいい。本当にここで騒ぎを起こすというのなら、容赦はしない」
「言っておくが、お前はオレに命令できる立場じゃないぞ?」
「……どういう意味だ?」
「お前らの組織の情報は、全部握らせて貰ってるんだよ。あぁそう。グレードアップした怪人の情報も、それから、グレードアップに必要なアイテムも、な」
「お前、まさか………」
「そうだ。お前らの組織の技術は全部盗ませてもらった。嘘だと思うならそれでもいい。どうせすぐに分かる。それに暴れるのはオレじゃあない」
眼帯の男がそう言った瞬間、平和なビーチが、突如悲鳴で溢れかえる。
見ると、海が荒れている。
海面のそこら中に渦巻きが発生しており、鯨のような大きな怪物が、海上に鎮座している。
「これは…………」
「お前の要求、飲んでやるよ。“オレ”はここでは騒ぎを起こさない。だが、“アレ”はそうは行くかな?」
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「ブォォォォオオオォォォォォオオオ!!!!!!!!」
鯨型の怪物が、咆哮する。
「ありゃ、何っすか!?アレ!」
「…………アスモデウスのとこの怪人………かしら。怪人というより怪物って感じだけれど。それがどうして、ここに………」
クロコとリリスはどちらも鯨型の巨大な怪物に目を向けている。
一方で、束は2人とは別の方向を見ていた。
「随分と大所帯じゃないですか。やっぱり、弱いと群れるみたいですね」
「束こそ、魔族と手を組むなんて、やっぱり、魔族が怖かったんじゃないの? それに、私は力で負けても、心で負けるつもりはないわ」
束と茜、両者は互いに煽り合う、が、すぐに鯨型の怪物へと視線を向け直す。
互いに、あの怪物が1番危険だと、そう判断しているからだ。
「ユカリ、とりあえず私達はここから離れ……いっ!」
「クロも一緒に戦ってもらうから。途中下車はできないよ」
クロはどさくさに紛れてその場から逃げようとするも、シロに腕を再び掴まれてしまう。
「突撃ー!!!!」
「笑深李、無理そうやったらうちらだけで行くけど、大丈夫そう?」
「私は…………変わりたい………いつまでも皆の……焔ちゃん達の足を引っ張りたくないの……だから、私も行く」
魔法少女3人組も、それぞれ臨戦体制に入る。
「鯨型の怪物よりも、魔族の方が櫻達が相手にするのは難しそうか。しかし、魔族達の注意はあの怪物に向いている。それならば私は………」
去夏はそう言って、櫻達がいるビーチから離れていく。
(私は、この騒動の大元を叩きに行かねばな)
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ガチャリ
「出ろ」
政府が秘密裏に所持していた地下牢、そこで、赤みがかった茶髪を持つ青年が、1人の竜人を牢から解放していた。
「いいのか? 国家反逆と見做されるぞ」
「政府は俺との約束を破って、櫻達を巻き込んだんだ。今更俺が政府の思い通りに動く理由なんてない」
「そうか。しかし、久しぶりの外かぁ。嬉しいのぉ。ところで、わしを解放したということは、何か要件があるんだろう? どれ、言ってみろ」
「特に何も。強いていうなら、櫻達がなるべく戦いに巻き込まれないようにしてほしいっていうのはあるが、無理強いはしない。あんたは好きに動いてくれ」
「わしは一応魔族なんだが」
「人間も魔族も関係ない。皆命あるものなんだからな」
「それもそうか」
「それじゃあな、戦友」
「うむ、ではわしも自由に動かさせてもらうぞ、人間」




