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94 プレゼン


( ――!―― )



 俺のすぐれた嗅覚が、もうかりそうなニオイをキャッチした。



「よいよい、侘びがわりじゃ~。遠慮は無用ぞ~!」


 営業用極上スマイルでニッコリ。


 周囲からもれくる♡成分たっぷりのため息と、熱い衆目。


 

 ほれほれ、キタキター!

 ガッポガッポの風がー!



「その方ら、まことに運がよいのう!」


 俺の意をくんだ大野も、周囲に聞こえるよう声を張る。


「江戸ではこれをあがなうため、みな二刻(四時間)以上行列するのだぞ」


「「「二刻以上の行列?」」」



 衆人どもは騒然となり、


「それはここでも売っているのですか?」

「どこに行けば?」

「ぜひわれらも」

「わたしも」

「欲しい」

「ぜひとも!」


 周囲は瞬時にパニック状態に。


「静まれ、静まれ!」


 コワモテイケメンが群集を一喝する。


「われらはこれより大事な御用がある。なれど、申の刻(およそ十六時)にはもどるゆえ、購入希望者は宿舎の正福寺で待つがよい」


「「「正福寺にございますね!?」」」


「なお、一両以上買いもとめた者には、殿御手ずから書かれた短冊が下賜される!」


「「「直筆の短冊が!?」」」


「さよう。一両・二両・三両各々別ものぞ。六両で全種入手可能じゃ~!」


 プライスレスな超美微笑つき猛アピール。


「「「おおおーーーっ!!!」」」


「六両以上のまとめ買いには、割引きもあるぞ!」


 好青年浅田が人垣にむかって叫ぶ。


「お得な『べこコボセット』は、赤べこ(小)、起きあがりこぼし五個、吊紐ストラップ・手ぬぐい・扇子各二、そろいの会津塗夫婦椀・箸つきで、なんとたったの二分だ!」


 森はそう言って、会津木綿製の巾着袋を高くかかげる。


 二分は一両の半分で、約五万円相当だ。


「こたびは、わが殿初の外遊記念として特別に、本来ならば一般使用を禁じられておる会津松平家定小紋さだめこもんの期間限定柄巾着つきだ。 

 色は、小粋な臙脂えんじと、格調高い橡色つるばみいろの二色。限定数は百である!」


 バツグンのコンビネーションによる、ジャパネ●ト高田風プレゼン。


 ちなみに、定小紋とは、別名『留柄』ともいい、大名家ごとに決められた裃に使用する小紋柄のことだ。

 一般使用は禁止されているので、今回、模様を大きめにアレンジして、裃とかぶらない色で製造している。



「「「期間限定? 数量限定!」」」


 あっという間に人の輪がくずれて、一目散に走りだす群衆。



 いひひひ、ウハウ………………ん、待てよ。



 長崎ファーストステージでこれじゃあ、在庫はだいじょうぶだろうか?


 今回、べこコボグッズ海外展開のため、船荷でかなりな量を持ってきたが、あの感じだと全然足りなくなるんじゃ……。

 でも、ここで在庫が尽きたら、せっかくの商機が!



 うわ、ピンチ!


 すぐ江戸と国許に連絡して、あるだけ全部取り寄せたうえに、大至急製造依頼しなきゃ!



 空輸なんてないこの時代、高速の樽廻船にしても、長崎まで二十日以上はかかる。


 そのうえ、うちのグッズは一個一個心をこめた手づくり生産だから、急激な需要拡大には対応できず、これでは欠品だらけになる日も近い!


 家臣たちの家内工業に頼るのは、もうそろそろ限界なのか?



 となると、領内に工場でもおっ建てて、ガンガン大量生産できる体制整えておかなきゃ、


「会津のカワイイを世界に発信!」

「会津ブランドで外貨獲得!」


 ―― なんて夢のまた夢だ。


 いくら亡命するにしても、あとに残った藩士やつらが生活に困らないよう手を打っておくのは殿様トップとしての義務。

『立つ鳥、あとを濁さず』! 



 俺が、遠大な藩営マニファクチュア計画に浸っていると、


「まことにございまするか?」


 お奉行さまが血走った目でグイグイ。


「ま、まこととは?」


「さきほどの、『べこコボなんちゃらを持たざれば人にあらず』『通人の(マス)なんちゃら』という言にござる!」


「あぁ、あれか? うむ、まことだが?」


「江戸を離れておる間に、さような事態になっていようとは……帰府した折に、とんだ恥をかくところであったわ」


 水野は青い空を見あげて、なにやらブツブツ。



「いま江戸では、『べこコボグッズなしに吉原大門はくぐれぬ』とまで言われておりまする」


 不敵な笑みで腰につけたストラップを示す大野。


「お、大門を!?」


「いかにも。己の収集品コレクションを披露せねば、三会目以降も床入りできぬそうにございます」


「また、殿の錦絵はたいそう評判がよく、摺師すりしが三交代で摺りあげても、摺ったそばから売り切れるありさまにて」


 浅田も先輩にならい、ここぞとばかりに煽りまくる。


「聞くところによりますと、遊女への手土産に、発売四半時で完売した『新板七変化 御公儀一之美丈夫 会津中将御姿』の初版を持っていったある御仁は、吉原一の呼出と二会目で床入りを果たしたとか」


 ウワサの錦絵は、容さんに六種類の衣装を装着できる紙製着せかえ人形で、ホントいうと北斎先生作『新板七へんけ 三階伊達の姿見 市川八百蔵』のパクリだったりする。


 このアイテムは、いまやあのプリクラを押さえて、ブロマイド部門堂々の一位に躍りでたメガヒット商品だ。



 ちなみに、『呼出』とは、このころの最高ランクの遊女のこと。


 上級遊女の場合、登楼してもすぐに床入りはできず、三度通ってようやくイチャコラできるらしい。

 しかも、床入りできなかった一会目・二会目もすべて同じ料金を取られるひどいシステムなんだとか。

 オトコの悲しい(さが)を利用したあこぎな商売だ。



「に、二会目で床入りっ!?」


 過呼吸になりかかる水野。


「さような話、ついぞ聞いたこともない!」


「ふふふ、これさえあれば、丸山町でもモテモテまちがいなしじゃのぅ」


 丸山町は、長崎の遊廓街だ。


「モテモ……それがしにも、十ばかりゆずっていただきたいっ!!!」


「そなたは有料じゃぞ?」


「む、むろん、かまいませぬ!」


 勢いこんで財布を取り出す中年旗本。


 長崎奉行は、役得だらけのウハウハポスト。

 そんな金持ちにタダでくれてやるほど、会津(俺たち)に余裕はない。


「じつは、なにを隠そう、流行の仕掛け人はここにおられる大野殿にございまして」


 クメちゃんは、藩内屈指の実力者を抜け目なくヨイショする。


「粂之介、会津武士たる者が追従などを」とか言いつつ、表情筋をピクつかせる大野。


「なんの、そなたは会津の知恵袋じゃ~」


 俺の激賞に、大野も思わずニンマリ。


 加増はおいそれとできないけど、リップサービスならいくらでも!


「殿まで、さような世辞を~」


「世辞ではないぞ~。まことじゃぞ~」


「も~、お上手な~」


「いやいや、ほんに身も心もそなたの虜じゃ~」


(……あれ?)


「ぐふぐふ、おかわゆいことを」


(あれあれ?)


「今宵も、のぅ ♡?」


(あれあれあれ?)


「御意♡」


(あれあれあれあれ!?)



 な、なんで勝手に出てくるの、容さん?


 それに、そーゆー誤解を生むような発言は、やめてもらえる?


 森くんが(あ、やっぱり)な目で見てるでしょうが。



「婿君……かようなをのこ……好み……それがし……真逆……口惜し……」


 なぜか背後の壁が、ボソボソ不気味なひとり言。


(――――)



 ……えーっと、なんだっけ? 

 なんの話だっけ?



 あ、そうそう!



 上得意さまの奥女中が大奥解体で失業しちゃって、次なる販路を開拓する必要に迫られた会津&Co.(ボクたち)だったが、先日の恩賜休暇中の経営会議において、


「奥女中にかわる新たな顧客ターゲットとして、吉原の遊女はどうか」と提案したのがこの男だった。


 なにしろ、吉原の遊女はこの時代のファッションリーダー的存在で、人気遊女の錦絵は、男だけではなく堅気かたぎのオネーサマがたも注目しており、ここで流行った髪形・衣装はまたたく間にブームになるという。


 つまり、ここで会津ブランドが認められたら、その影響力は絶大!


 そして、これにはもうひとつ期待できる効果があった。


 それは、ズバリ『衆道疑惑の払拭』!



 俺がちょくちょく遊里に足を運べば、


「あら、会津侯が吉原に!」

「ホントは女の方が?」

「なんだ、ふつーの男じゃん!」

「じゃあ、アレはデマなのね?」


 ――となるはずだ。


 てなことで、会議翌日からアプローチ開始。


 とはいえ、妓楼に上がって遊ぶと、金もかかるしビョーキも怖いので、ヒマを見つけて足をはこぶものの、まがき(遊廓の格子戸)越しのひやかしオンリー ―― いわゆる『素見すけん』だけにしておいた。


 せっせと吉原通いを行った結果、容さんの超絶ビジュアルは吉原でも注目の的 → 人気沸騰 → ファン急増 → グッズ売り上げ拡大!


 ―― だったのだが、


「一度も揚屋みせに上がらないって、どういうこと?」

「やっぱ、ガチのホモだわ!」

「「「うわー、そうなんだー!」」」


 と、ホモ疑惑消失どころか、がっつり補強するハメになってしまった。


 思惑が完全に裏目に!



 い、いいんだもん、どうせ、亡命するし。

 グッズさえ売れりゃ、日本のみなさんにどう思われようと、もう関係ないもん!



 こうして俺は、しっかり上書きされたホモ認定のもと、アメリカ領事館に駆けこむその日まで、地道な営業活動にいそしむことと相なったのである。



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