90 辞令
「く、公方さま……?」
先に覚醒したのは塩大福。
「いま、なんと仰せに?」
「む? 肥後を清につかわすと申しただけだが?」
……『だけ』……
「その方が暇でおらぬ間、予ひとりで考えたのだ」
いかにも誉めてほしそうな、エッヘン顔のサダっち。
「米・蘭二国と和親条約をむすんでより、他国からも好をもとめる書簡が絶えぬ。
なれど、しばしば近海に異国船があらわれては民心も落ちつかぬゆえ、外つ国にてまとめて交渉いたせばよいと思うたのだ」
ぉ、おぃ……あんた、わかってんのか?
たしかに和親条約は締結したけど、過激攘夷派だらけの水戸藩あたりを刺激しないよう、
「通商はまだみとめてないから、国を開いたわけじゃないんじゃないかな~? えへっ ♡」
なんて詭弁を弄して、国内的にはあいまいな感じにしとこうって、みんなで決めたじゃん。
なのに、幕閣トップが堂々と海外出張?
かなりマズいんじゃないの、それーっ!?
「「…………」」
「こたび、肥後にはわが邦の外交交渉における全権を委任いたす。現地にて必要とあらば、清・英・仏以外との条約締結もその方の判断でおこなってよい」
ま、まぁ、ね、どうせ歴史的必然で列強各国との条約締結がさけられないなら、こっちから上海あたりに出張ってさくさくやっちまった方がいい ―― とは思うよ?
それに、
「今後、極東情勢のキモは清国だから、だれか派遣して日清条約をむすび、領事館設置した方がいんじゃね?」的なアドバイスをした気もするけど。
だからって、なんで、いまなの?
しかも、なんで、それが俺なの?
……な気配が伝わったのか、
「全権特使となれば、予の代理がつとまるほどの要職にある者でなくてはのう?」
(やっぱ、御召は鬼門だったわ)
みごとに予感的中で、抵抗する気力も喪失。
そこへ、
「それがしは承服いたしかねまする!」
沈黙する俺のとなりで、突如、炸裂する咆哮。
意外なやつの、意外な反抗。
「いま清国は列強諸国の草刈場と化し、いかなる事態が生じるか予想もつきませぬ!
さような所に肥後守をおつかわしになり、万が一にもその身になにかあったら、いかがなさいます!」
「伊勢、その方……?」
公方さまも唖然とする大剣幕。
(し、塩……?)
「肥後守ほどの俊才は、いわばこの邦の宝。あたら若き英主を異境にてムダ死にさせるおつもりかっ!」
だ、だいふ……いや、阿部さん、俺をかばって、将軍に盾つくなんて。
ヘタしたら自分が罷免、もっと悪けりゃ減封・改易だってありうるのに……。
ぁ、ありがとう。あんた、案外、いい人だったんだな。
なのに、塩大福とかモチモチとか、失礼なことばっか……ホント、すいませんでした。
「くわえて、肥後守は、幕府歩兵部隊(いや、CRCだって)・新撰組(そっちは、ぜひ農民隊と)の錬成等重大なお役目をいくつもかかえており、長期にわたる不在は兵制改革にも支障をきたします!」
「その儀なれば心配はいらぬ」
おだやかに笑う公方さま。
「幕府歩兵部隊は講武所に調練をまかせ、新撰組は韮山代官があとを引き継ぐことと相なった」
「「江川太郎左衛門が?」」
「うむ。農兵の儀は以前より韮山代官からも献策があったのだ。
ゆえに、江川も新撰組にはなみなみならぬ関心をもっておってのう。
その方が留守のあいだ、よろこんで預かると申しておる」
「「い、いつのまに……」」
俺にないしょで、勝手に話つけやがってーっ!
「もとより多摩は韮山代官の支配地。心置きなく任せるがよい」
「……ぅ……」
多摩は江川の管轄地。
それを言われると……。
「江川は合同演習が楽しみでならぬそうだ。会津兵に負けぬよう調練いたすゆえ、懸念なきようにと託っておる。よかったのう」
(……全然よくねーよ……)
講武所は、今夏新設された幕府の武芸訓練所。
数度におよぶ異国船来航で、幕府内に急速に高まった国防意識を受け、発足したのが講武所。
最初は堀田備中守の中屋敷を接収し、築地に置こうと計画されたが、
「ここ、海に近いし、海軍伝習所の方がよくね?」的俺のひとことで、場所を神田小川町に変更して開所することになった。
幕臣の子弟を対象に剣・槍・柔の武道プラス砲術・兵学などを教える、某体育大プラス防衛大学校みたいなもだ。
CRCメンバーの中にはこっちとカケモチしてるやつも多く、吹上での朝練を終えると、ぞろぞろ連れだって神田方面に流れていく。
その講武所では、最近洋式調練もはじめたが、指導者はなぜかCRCの村田監督。
なんでも、監督就任直後から、「これ、遠足の訓練つーより、軍事調練じゃね?」という声が絶えないカリスマ監督オリジナルトレーニングメニューを、「これなら歩兵部隊の調練として転用できるかも」なクチコミがきっかけで、幕府からオファーがきたらしい。
(指導者がいっしょなら、反対できないじゃん)
そして、徳川農民隊の方は―― 俺は全然知らなかったけど ――江川さんが考えていた農兵とは、まさに新撰組ぽいものだったらしい。
そのうえ、多摩・湘南の天領は韮山代官の管轄。
なのに、太郎左衛門さんに相談もなく農民隊つくったのは、俺のミスで……。
完璧にもってかれたーっ!
失意のあまり、がっくりぐったり。
「じつはのう」
そんな俺をいたわるかのように、やさしくのたまう家定公。
「清国行き、まことは肥後のためなのだぞ?」
「わたくしの?」
「肥後守の?」
イミフすぎる発言に、目をおよがせる部下ふたり。
「うむ。こたび清国にはふた月ほどの滞在となろう。さすれば、交渉のあいまに数か国語の習得ができるではないか?」
「「す、数か国、とは?」」
「メリケン来航の折、たまさか中浜万次郎という師がおったゆえ、肥後も英語を習得できたと聞きおよぶ。
しかし、わが邦におってはさような僥倖はなかなかに望めぬ」
「「…………」」
「いまや清には欧米各国の領事館もできはじめ、語学の師には不自由せぬ。
ゆえに、かの地にて、異国語を思うさま学んできてはどうか、と思うたのだ」
「「そ、それは……いかなる御意にて?」」
「ん?」
一点のくもりもない純度百パーセントの善人面が、
「英語を十日あまりで身につけたその方ならば、ふた月もおれば数か国語を容易く習得できるであろうと申したのだが?」
最高に残酷なムチャぶりをかます。
「礼にはおよばぬぞ」
「「…………」」
「なれど、年頭祝儀に間に合うよう、年内にはもどってまいれ」
つ、つまり、
「十九世紀半ば、タテマエ上は鎖国中の日本から海外出張し、たった二か月のあいだに、ひとりで対琉球・対ロシア・対イギリス・対フランス・対清和親条約をむすんだうえ、最低三か国語程度マスターして帰国しろ」
―― ってことですか?
しかも、コレ、俺の語学留学がメインで条約交渉はオマケ……らしい。
ぉ……おかしいからーーーっっっ!!!
言ってること、絶対おかしいからーーーっっっ!!!
たしかに、日米交渉のときに林さんたちに突っこまれて、苦しまぎれに「必死にスピードラーニング!」って言ったけど、ふつうウソだってわかるだろう!?
それに、なんなの、その「好きなだけ勉強してきなさい」的厚意全開な態度は?
(――――)
はぁ。もう……限界。
こんなムチャブリだらけのパワハラ上司、これ以上耐えられない。
超合金製のメンタルだって、ボッキリ折れるわ!
「……そうであったか」
哀れみにみちた視線を、そっとむける阿部。
「侯が長らく暗愚をよそおったは、今日あるを予見してか。なまじ才あるがため、かような憂き目に……」
ヒソヒソささやくオヤジの横で、しだいに冷えていく心。
「御意のままに……」
わななく口唇でかろうじて答え、叩頭。
「まことによろしいのか!?」
驚倒するオッサン。
「むろん」
ひっそりほほえむ俺を見、はげしくおののく阿部。
(たしか…………清国にはオリバーがいたはず)
なら、好都合。
琉球・ロシア・イギリス・フランス・清と条約締結した直後、アメリカ領事館に駆けこんで、亡命してやるーーーっっっ!!!
徳川幕府終焉(予定)の十四年前、松平容保は悲愴な決意を固めていた。




