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89 御召


「来たか」


 御座之間上段からあふれでる歓迎オーラ。


「待ちかねたぞ」



 が、


「伊勢……もか?」


 俺の背後を見て、微妙な表情にかわる公方さま。


「肥後守より、『ぜひに』と申されまして」


 言ってねー、言ってねー! んなこと、ひとことも言ってねー!


「……さようか」


 釈然としないようすで着座をうながす家定公。


 一方、主君の顔色などガン無視でサクッと座につく大福と、しぶしぶそれにならう俺。



「本日その方を召したは、ほかでもない」


 気を取りなおし、切りだすサダっち。


「琉球の儀、その方の思うままいたすがよい」


「はっ」


(あぁ、あの件ね?)


 平伏しながら、安堵のため息。


(よかった。もっとヤバい御召かと思った)



「琉球とは?」


 うさんくさげに問う阿部。


「先日、琉球支配につき、肥後より具申があってな」


「肥後守が……?」


 抜身の刀さながらのするどい怒気が、横から噴出する。


「これだから目をはなすと……」


 上司()をにらみながら、不穏な口調でブツブツ。


「もそっと話をつめてから諮るつもりであったのだ。肥後をせめるな」


 公方さまは、懸命に阿部を慰撫する。


「だが、こたびその方を伴ったは、伊勢にも聞かせたいと思うてのことであろう」


 だから、伴ってませんってば!


「……御意……」


 なおもほとばしる憤激に、となりの俺はビクビク。


「ならば肥後、伊勢にも申し聞かせよ」


 たちこめる緊迫感をものともせず、家定はのほほんと指示を出す。


「き、近年増加する異国船接近にそなえ、琉球支配は公儀が直接行うべきかと思料いたし、具申を……」


 ビキビキ青筋をたてるオッサン相手にビビりまくる俺。


「薩摩から、琉球を取り上げると申されまするか!?」


 敏腕老中も愕然。


「さような幕命、薩摩が素直にしたがいましょうや?」


(な? こいつなら、絶対そう言うと思ったんだ)




 密貿易で稼ぎまくっている薩摩藩にとって、琉球は資金調達の重要拠点。

 ここを手放した瞬間、薩摩の財政は行きづまる。

 よって、ナリさんはじめ、藩をあげての抵抗は必至だろう。


 とはいえ、だからこそ、いまやらなきゃいけないのだ。

 まだ幕権が地に落ちる前の、諸大名が命令をないがしろにできない、いまこのときに!



 現段階で島津家やつらの収入源をつぶしておけば、軍備の近代化・増強は必ず停滞する。

 となれば、今後の倒幕のながれは、あっちとはガラっと変わってくるはずだ。


 つまり、会津戦争回避!東北諸藩の不幸な近代史も書きかえられる……と思ったんだが。



 一番のネックは、老中首座・阿部正弘。


 こいつは島津斉彬とは盟友ともいうべき間柄で、薩摩藩経済封鎖策なんかブチあげたら、真っ向から反対してくるのはあきらかだ。


 だから、拒否権発動する余地もないくらい煮詰めてから公表しようと思ったのに、こんなに早くバレるとは!


 だが、知られちまった以上は仕方ない。


 会津うちの将来にもかかわってくるし、ここは絶対ゆずれない!


 阿部さえクリアすれば、ほかの幕閣は反対しないだろう。


 だったら、なんとしてでもこいつをねじ伏せなきゃ。



(……なんかいい口実は……?)



 ピコーン!



 よしっ! こいつがカンちがいしてるアレを使ったろ!



 即座に論法を組みたて、ひとつ大きく深呼吸。


 めいっぱい虚勢をはって、大法螺ハッタリ開始スタート――



「先ほどそなたは、わたしの目指すところは己と同じ、と申しておったな?」


「はっ」


「わたしが、いずれ薩摩守らを幕閣にむかえるつもりであろう、とも」


「いかにも」


 バリバリ警戒する塩大福。


「ならば話は早い。この儀、薩摩守がその任にふさわしき者かをはかる試金石なのだ」


「試金石?」


「わからぬか? 閣老ともなれば、一身の繁栄のみを願うせまい料簡ではつとまらぬ。

 自領の利と国益が相反するとき、幕政をつかさどる者ならば、自己犠牲をもいとわぬ気概がなくては困るではないか?」


「しかし……」


「薩摩が琉球を通じて密貿易をつづけておるのは、いわば公然の秘事。

 だが、こののちわが邦が開国し、みなが自由に交易をはじめれば、薩摩もふたたび貿易を行うことができよう。

 ならば、しばし交易が止まることなど、さして痛手にはなるまい?」


「とは申せ……」


 ナリさんの代弁者は、まだブツクサほざいている。


「一方、琉球だが」


 不承不承のオヤジをスルーし、たたみかける俺。


「かの地は戦略上の要所。ここを他国にうばわれるは、わが邦の国土防衛上あってはならぬ一大痛恨事。ゆえに、この要害を薩摩一藩にまかせてはおくわけにはゆかぬのだ」


「仰せのとおりではございますが……」


 ほれ、反論できねーだろ?



 沖縄が極東において軍事上重要なのは、戦後七十年たったいまもアメリカ軍が居座りつづけ、海洋進出をはかる中国海軍が沖縄近海で領海侵犯を繰り返していることでもわかる。


 ペリーだって、ひそかに琉球占領をたくらんでいたし、いまも昔も軍事的要所は同じ。


 国防上直轄化が必要と言えば、塩大福も抗弁できないはずだ。



「どうだ、得心いたしたか?」


「……は……」


 言い返せずモヤモヤするオッサンと、テンション上昇アゲアゲな俺。


「聞くところによると、そなたは薩摩守と昵懇だとか。

 なれば、かの者への下命、そなたに一任しよう。とくと申し聞かせよ!」


「し、承知つかまつりました」


 苦渋の表情で平伏する阿部。


 幕末一のやり手老中、完敗!


 さっきの仕返しだー! 

 ざまーみろ!


 しかも、琉球召し上げ・薩摩藩経済封鎖はいいアイディアだけど、「説得工作、めんどくさ~」だったんだよね。


 でも、こいつにやらせりゃ、ノープロブレム。

 ムリヤリくっついてきた塩大福が悪いんだもん!


 くっくっく、してやったりー!



 ところが、


「ときに、肥後」


 ウキウキ気分に水をさすサダっち。


「その方をよんだは、まさにこの儀」


「……は?」


「直接支配とは申せ、琉球は形のうえでは他国。ゆえに、その方にはかの地に渡り、話をつけてもらいたい」


「「りゅ、琉球へっ!?」」


 塩大福との初ハモり。


「な、なれど、大船建造は解禁になったばかり。大海のかなたまで無事航行できるほどの船、わが邦にはまだ……」


 老中首座阿部正弘、開闢以来初・親藩大名出張命令に仰天。


「案ずるにはおよばぬ。折よく品川沖にオランダの黒船がおり、すでに乗船許可も取ってある」


 無邪気な笑顔で即答する将軍さま。


「「蘭船っ!?」」


(なに? その手回しのよさは?)


 日蘭和親条約で同盟関係になったオランダは、海軍創設・先進技術導入でのバックアップを約束した。


 そして、現在、横浜に居留地をつくるための上水道施設・地盤強化工事などのインフラ整備を請け負ったオランダの船が、資材搬入のため、ちょくちょく江戸湾に入港しているのだ。



 つーても、こんな時代に沖縄出張!?


 ありえねぇだろ、ふつう?


 どこまで壊れてんだ、ここの幕末史はっ!



 だけど、琉球直轄化は俺の発案。

 言いだしっぺとしての責任がある。



 うーん、しゃーないか?


 なんといっても、会津のためだし。


 それに、蒸気船なら江戸から琉球まで三、四日の航程。

 たまにはのんびり太平洋クルーズも悪くない。



「しかと承りましてございます」


「肥後守っ!?」


 まさかの受諾に、テンパるオッサン。


 平成人と江戸人では、琉球までの距離感覚もちがう。


「よいのだ。邦のため、よろこんで赴こう」


 あったかい沖縄でのバカンス ♡


 それがなんと公務で、旅費はもちろんタダ~。



「……肥後守……」


 うかれる俺とはうらはらに、いつもシニカルなオッサンは、めずらしく言葉をつまらせてウルウル。


「あっぱれに、ございまする」


 ハイスペック老中、まさかの落涙。


「これぞ三百諸侯一の忠臣、将軍家の藩屏たる会津松平家の忠義っ!」


 はじめて注がれる尊敬と信頼にみちたまなざし。


「それがし、衷心より感服つかまつりました」


 勝手に美化し、称賛をつづける大は涙目のまま、俺を凝視する。


「よさぬか、なにを大げさに申すのじゃ」



 と、


「これこれ、話はまだ終わってはおらぬぞ」


 いいムードをブチこわす無粋なニイチャンがひとり。


「「……は……?」」


「蘭船はひとたび長崎に寄港する。よって、その方には、出島に滞在するロシア使節との条約交渉も頼みたい」


「「た、対露交渉までもっ!?」」


 な、なにぃーっ!?


 日本史上それなりに重要な日露和親条約を?


 琉球行きのついでに?


 チャチャッとやってこい?


 ――だと!?



 どんだけ人づかい荒い職場なんだ、ここは!?



「メリケン・オランダの条約(もの)と同様で良いからのう」


 固まる部下に、シレッと命じる第十三代将軍。



(いっしょだから、手間がない、とでも!?)



 っざけんなっ!!!


 対米・対蘭交渉だって、必死こいて相当綿密に考えたんだぞ!



(それを、いとも簡単に……)



 怒りにふるえる俺と、傍らで虚脱する大福。



 だが、これで終わりかと思いきや。


「どうせ、琉球までゆくのであれば」


 ためらうことなくつづける武家の棟梁。


「長崎で補給を終えた蘭船は琉球経由で上海にむかう。ゆえに、その方は琉球との話をまとめ、そのまま清国に渡り、かの地でイギリス・フランス・清国と交渉し、条約をむすんでまいれ」


「「――――」」



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