82 毒害
それにしても、
「なにゆえ教えてくれなんだ!?」
そんなヤバイものを、なんの警告もなく渡しやがって!
奥小姓連中、俺のことガチで殺す気だったんじゃねぇか?
「いえ、退出後、御小姓が申しあげたそうにございまするが?」
(う、うそ……)
「なれど、心ここにあらずといった風情で、いささか心もとないゆえ、念のためようすを見てきてほしいと頼まれ、それがしがこちらへ」
(あっ!)
いわれてみれば、御前を辞して、御納戸口にむかっているとき、案内係の小姓が横でなんかゴチャゴチャ言ってたような気もするな。
じつはあのとき、新しい商売を思いついちゃって、そっちにガッツリ意識を持ってかれてて、全然聞いてなかったかも~。
で、その商売っていうのが、
『公方さま特製菓子の予約頒布事業』
家定さんは作るの大好き。
だけど、もらい手がいなくて困ってる。
「じゃあ、それ、売りゃーいいじゃん!」とひらめいた賢いボク。
余った菓子を、会津藩が仲介して豪商あたりに売りさばけば、サダっちは処分先を気にせずいくらでも作りたい放題。
豪商たち富裕層は、プライスレスな(もちろん、しっかり払ってもらうが)大樹公御手製をゲットできる。
そして、俺たちは、元手ゼロ・高額仲介料でガッポガッポ。
一挙両得どころか、もう一個オマケつきのウィンウィンウィン!
(俺って、天才じゃね?)みたいなことを考えながら退出したねー!
「やはり、お聞きになっていらっしゃらなかったのですね?」
又一の眼に哀愁がただよう。
「うむ、まったく!」
「「「……殿……」」」
家臣たちは、メンタルぼっきり。
「小栗さま、数々の非礼、ひらにご容赦くださりませ!」
がばっとひれ伏す小姓頭。
「いえ、大野殿に非はござらぬ」
苦笑いの小栗くん。
「大野に非はない」ってことは、悪いのは俺みたいじゃないかよ。
どっちかっていったら、俺は被害者だよね?
ホント、大奥解体といい、今回といい、サダっちにかかわると、ロクなことないな。
ますます辞めたくなってきたんだけど、大政参与!
「お待ちくだされ」
なんとなく決着がつきそうなムードに逆らい、横山が突如、口をはさむ。
「その儀、奇怪千万にはございますれど、人払いまでするほどの秘事にございましょうや?」
「うっ……」
又一の秀麗な顔が思いきり引きつった。
「「たしかに!」」
じいと俺のステキなハーモニー。
「小栗さま、まだなにかあるのですか?」
平謝りから一転、取調官面にもどる大野。
「もしや、それにて命を落とした貴人でもいらっしゃるのでは?」
「ぁ、あ、そ、それは……い、いや、その……」
うわ~、ビンゴ!?
「……ん?」
(ま、まさか……)
あることに思いいたり、ザザーッと血の気が引いた。
「もしや、前田家御守殿さまの死となにか関係が?」
「「「げっ」」」
刹那、全員、白目に。
先日、将軍継嗣問題のレクチャーを受けたとき、アニキと池田の母ちゃんに毒殺の疑いがあると聞いた瞬間、容さんがつよく反応した。
(あれは、ひょっとすると……)
「……やはり、そうであったか」
「「「御守殿さまを害されたのですか!?」」」
「い、いえ、それはちがいまするっ!」
又一の声は、不自然すぎるほどデカかった。
「公方さま ―― 当時はまだ『西之丸さま』でございましたが、叔母君が病を得たとお聞きになられ、御手づから見舞いの菓子をつくられて御持参し、その場にてごいっしょに召しあがっただけで、けっして謀殺などでは……」
あ、言っちゃった。
にしても、体力の落ちていたところに劇物投与?
そりゃ、イチコロだわ。
となると、将軍継嗣問題に決着をつけたのは家定本人ってこと?
だって、聞くところによると、家定とアニキの継嗣問題は、将軍家斉の娘だったアニキ生母が亡くなったことで、兄・家慶や大奥への裏面工作が困難になったため、アニキは後継者レースから脱落したらしいじゃないか。
家定、「将軍位なんかいらねー」とか言ってたけど、無自覚とはいえ、自分で敵の中心人物を消してたんじゃねーか!
やだ~、コワ~イ。
(……む!?)
ってことは、まさかまさか?
「公方さまが、ほかの御兄弟に菓子をたまわったことは?」
「……ぅぐぐ……」
一気にながれだす飛泉。
「まことに他意などおありでは……真にご好意からで……当時はまだ、西之丸さまの菓子で、さような惨事がおきていようとは、だれひとり気づかず、うかつにも……あれは事故としか……なれど……不運にも……」
テンパりまくった弁明に場が凍る。
(そっちのライバル候補も殺ってたのかよ!)
大奥内での子どもの不審死に謀殺の疑いをもち、『義憤にかられて』大奥解体を決意した家定。
だが、夭折の真相は、家慶子女二十七人のうち、数(十?)パーセントはサダっち自身が葬っていた……?
しかも、純粋な親愛の情からのおすそ分けという、自分のメンタルダメージはゼロで。
(じ、じゃあ、もしかすると、もしかして……?)
「昨年身罷られた慎徳院(家慶)さま、本寿院(家定生母)さまは、いかに?」
十二代将軍ヨッシーは去年六月に、サダっちママ本寿院は年末に亡くなっている。
大野の問いに、又一ははげしく身震い。
「ち、ちがうっ! お二方ともすでに病篤く、公方さまの粥がもとではなく!」
あらら、またバラしちゃった。
親思いのやさしいサダっちは、病臥する両親に自ら粥を調理し提供した。
具合が悪かったふたりは、コレであっけなくトドメをさされたもよう。
やはりこれは、例の毒物情報を共有していなかったことでの悲劇だろう。
家定を傷つけないよう事実を隠ぺいしつづけたせいで、警報が本丸サイドにうまく伝わっていなかったため、毒粥を阻止できなかったのだ。
(……あれ?)
だとすると、まさか……まさかまさか???
「よもや、わが父の死にも、公方さまが……?」
「「「お、大殿までもがっ!?」」」
「ぶ、武士の情けにございます! これ以上はご容赦を!」
幕末一の俊才も全壊。
「先の会津侯は……菓子で体調をくずしたところに、折悪しく感冒が流行し、惜しくも御命を落とされたやに、もれうけたまわり……(ううっ)……」
「「「な、なんと……」」」
汚菓子によるはげしい中毒症状でボロボロフラフラだったところに、インフルエンザかなんかが大流行して、弱った身体を直撃?
そりゃ、致命的だわ。
でもさ、
「なにゆえ、父上が公方さまの菓子を?」
だって、松平容敬はただの溜詰だったはず。
俺みたいに大政参与ってわけでもなかったのに、なんでサダっちの毒牙に?
「じつは、侯の御父君は、内々に西之丸さまの相談役のごとき御役目をなさっておられて……」
え、容パパがサダっちの相談役を?
つまり、正式に任命されていなかったものの、大政参与みたいなことをすでにやっていたってこと?
「それで、親しく茶菓をふるまわれたのか?」
「さように……ござりまする」
あ、思いだした!
大政参与として初登城した日、任命式のあと、奥で家定との喫茶中、なぜか、容さん危篤の話になって、
「その方もとうとう」
「あの世で先の会津中将に会わせる顔がない」
「中将になりかわり、その方を守ると誓った」
とか、イミフなことばっか言ってたサダっち。
ようするに、将軍世子の個人的ブレーンだった容パパは、サダっち特製激マズ毒菓子がもとで他界したが、家定は、
「予の腹心ゆえ、暗殺されたのじゃな!?」
「さては、権力争いの犠牲になったか!」
「許せん! ならば、せめて残された息子は、予が責任をもって見守ろう!」
と、あさって方向に覚醒しちゃって、ずっと容さんを見守りつづけた……みたいな流れ?
(やれやれ)
やっぱ、サダっちにはかかわらないほうがいいかも。
≪家定公被害者リスト≫
○十二代将軍・徳川家慶(実父)―― 安楽死幇助
○家慶側室・本寿院(実母)―― 安楽死幇助
○最大外様前田家正室(家定叔母)―― 毒殺
○家慶実子・家定兄弟(特定不能・複数人)―― 毒殺
○前会津藩主・松平容敬 ―― 中毒後病死
○大奥・奥女中 ―― 冤罪による不当解雇
○現会津藩主・松平容保 ―― 毒殺未遂・家庭崩壊・ホモおよび殺人鬼の風評被害・顧客喪失・新規事業構想撤回
又一たちが必死に隠そうとするのもムリはない、トップシークレット級の暗黒じゃねぇかよ。
大政参与就任から約二か月半。
松平容保は、早くもこの役職に限界を感じていた。
家定生母・本寿院さまは史実では明治期まで、前田家御守殿さまは慶応四年まで生存しています。ここ、パラレルワールドなので
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