48 遠謀
翌朝、本陣居室に、同宿の男たちを招喚する。
「……岩崎……?」
(おまえは呼んでねーだろーが!)
「わたしだけ仲間はずれにしないでください!」
すでにうっすら泣き目。
だが、その訴えももっともなこと。
部屋に呼んだのは、岩崎以外の黒船見学ツアー参加者たち ―― 岩崎が連れてきた蘭学者ふたりと吉田虎次郎、そして弟子の金子だ。
(んもう、お子ちゃまなんだからぁ! このあと横浜でも一仕事あるってーのに、ったくよー)
「冬馬!」
無言でうなずいた側近は、尚ちゃんをつまみあげて、ポイ。
「大儀」
(もう。尚ちゃんはダメなんだって、尚ちゃんは)
さっくり切りかえ、残ったやつらに向きあう。
「こたび、そなたらを呼んだのは……」
いきなり畳に手をつき、頭をさげる。
「「「ひ、肥後守、さまーっ!?」」」
思いがけない行動に、全員パニック。
「邦のため、その命、わたしに預からせてはもらえまいか?」
「「「邦の?」」」
「そなたらには、在米領事随員としてメリケンに赴いてほしい」
「メリケンッ!?」
奇想天外すぎる要請に、愕然とする男たち。
だが、吉田と金子は平静を保ったまま。
(やっぱ、にらんだとおりだ)
「領事とは?」
そこで、領事についてざっくり説明。
「われらのお役目はメリケンにおける留守居役のようなものにございますな?」
吉田くん、任務をあっさり把握。
「さよう。ゆえに随員はみな直参に取り立てられる。士分の者は旗本に、それ以外の者は御家人となる」
「旗本に?」
これにはさすがの松陰先生もビックリ。
(旗本つーても、財政難の折から、せいぜい家禄五十俵程度っすけどね)
「働きしだいでは、今後ご加増もありうる。存分に力をつくせ」
(……の、可能性もなくはないが、期待薄です)
「わ、わたしが御直参に?」
商家出身の金子くんは瞳孔全開。
(御家人……けっこう生活はキツキツみたいよ。みんな、内職三昧だってさ)
ややあって、
「お受けいたします」
吉田が意を決したように宣言。
「先生がいらっしゃるなら、わたしも!」
金子もあっさり受諾。
「そうか? 行ってくれるか? 礼を言うぞっ!」
くくくく……やっっったぁーーーっっっ!
これで会津は助かるっ!
在米日本領事館開設は、吉田松陰がここに現れたときから、ひそかに練りあげてきた遠大な計画なんだもん。
なにしろ、「領事館設置は外交のため」ってのはまるっきりタテマエで、真の目的は、『吉田松陰日本隔離策』だったのだ!
討幕派攘夷志士養成学校・松下村塾――もとは吉田の叔父が開いた私塾だが、のちに松陰が引き継ぎ、実質的主催者になる。
その起となったのが、嘉永七年ペリー再来航の際おきた『松陰密航未遂事件』だ。
『日米和親条約』といわれる条約は、正確にいうと、まずこの横浜で『神奈川条約』を、つぎに下田に交渉の場をうつし、細則『下田条約』を取り決め、ふたつ合わせて『日米和親条約』とよばれている。
俺の世界の吉田松陰は、横浜ではなく、下田でアメリカ艦隊に密航をこころみるものの失敗。
吉田は、日本人の海外渡航を禁じた『海禁』違反で、伝馬町に投獄され、その後、長州に檻送され、実家で幽閉処分となる。
その敷地内で開いたのが松下村塾なのだ。
だから、密航が失敗しなきゃいいんだ。
そうすりゃ塾を開いて討幕人材育成することもないわけで。
長州系攘夷志士がいなけりゃ、当然、幕末の騒乱も全然ちがってくるだろう。
そう、キーマン・吉田寅次郎を合法的に渡米させるだけで、会津藩の未来はがらりとかわってくるのだ。
とりあえず心配なのは、吉田の企図がペリー暗殺だったとき。
だが、ここ数日観察し、さっきの反応を見たかぎりでは大丈夫そうだ。
ってことは、やはり密航狙いだったんだろう。
それなら、話は早い。
家定から与えられた職権で、領事館設置を決め、その随員に吉田くんをもぐりこませれば、これにて一件落着!
松陰先生は堂々と渡米できるうえ、半ニート状態 → 旗本に、夢のジョブチェンジ!
一方、こっちは将来への不安が激減。
絵にかいたようなウィンウィン!
もうサイコーっすよっ!
てなことで、最後にもう一押し。
「吉田」
「はっ」
「そなた、佐久間塾で舎密学(理化学)を学んだそうだな?」
「いえ、それほど深くは」
「いや、多少なりとそうした学問に通じている者が必要なのでな」
「と、おっしゃられますと?」
「領事館業務のかたわら、あることについて調べてほしい。これはそなただけに与える密旨だ」
「……密旨……?」
なにやら意味深な単語にとまどう吉田くん。
「メリケンで水力発電の仕組みを、くわしく調べてきてほしいのだ」
「水力……発電?」
「いま動力の主流は石炭を燃やし発生させる蒸気。だが、メリケンにおいては水力発電の仕組みを研究しているらしい。わが国土は水資源が豊富。この水力を動力として利用できれば、殖産興業の大いなる礎となろう」
すいません、ウソです。
アメリカにいるとき聞いた話では、アメリカで発電需要がうまれたのは、1878年エジソンの白熱電球発明以降――つまり、十九世紀後期だ。
まぁ、発電機の仕組み自体は、十九世紀前半にフランスあたりでできてたみたいだけど、アメリカで発電機の動力に水力を利用するのは、1881年ナイアガラの滝近くに水力発電所ができてから。いまから約三十年後だ。
じつは、この命令の真の狙いは、熱くなるとなにシデカスかわからない吉田くんに、困難な特別任務を与え、できるだけ長期にわたって帰国させないようにすること。
たっぷりお時間かけて勉強してから帰国してもらえば、幕末動乱もかるく乗りきったあと、最新技術をたずさえた吉田松陰先生ご指導のもと、本当に殖産興業もできるって未来図だ。
「なんと」
「列強諸国に伍する力を持ってこそ、攘夷がなるとは思わぬか?」
(そのためにもあと三十年くらいあっち行っててね。君がいると長州の優秀な人材が、いっぱい徒死しちゃいそうなんで)
「わが師・佐久間象山先生は、常々『夷の術を以って夷を制す』と申されております。侯のお考えもまさにそれかと!」
「(……ちょ、なに言ってるかよくわからないんですけど?)そのとおりじゃ! やってくれるか、吉田?」
「よろこんで!」
「真に頼もしき漢よ! そなたが発電技術の第一人者として帰国する日を楽しみにしておるぞ!」
「おまかせください!」
ふたりで顔を見あわせニッコリ。
「そして、金子。そなたにも特別な任務がある」
「わ、わたしに?」
「うむ。先日の即売会での働き、じつに見事であった!」
いや、マジで。
吉田くんなんかより、よっぽど戦力になったよ。
松陰先生、接客業はまったくダメだし、バックヤードの方もイマイチで……ホントに……。
「そなたは商人の出と聞く。武士では気づかぬ、かの地の商いの実態、異国で珍重される品、金銀の相場など、そなたにしかわからぬことも多かろう。まこと得がたき人材! 大いに期待しておるっ!」
「もったいないお言葉っ!」
雲上人からの予想外の激賞。
超感激した青年、はげしく落涙。
「折々に文をくれ。頼むぞ、金子っ!」
「はっ!」
金子くん、俺、ガチで期待してるんだよ?
数年後、各国との通商がはじまったら、海外からのビジネス情報は絶対必要だ。
商家出身の金子はきっと独特の感性をフルに活用し、武士にはできないイイ仕事をしてくれるにちがいない。
「肥後守さま、われらもお受けいたします!」
蘭学者ふたりも、吉田たちにつられてつぎつぎに挙手。
「そうか。ではそなたらは、水力発電以外の最先端技術を根こそぎ拾ってまいれ。これはこの邦にとってなによりも重要なお役目ぞ!」
(君たちは早めに帰国してもいいんだよ。有益なお土産、どっさり持ち帰ってね)
「ははっ!」
さて、まずはひとつめのハードルクリア、っと。




