34 書状
いい汗かいて屋敷に帰ると、前田家からのお客さまがきていた。
風ちゃんは御厩の者にあずけ、さくっと着替えて書院之間でオッサンと対面。
相手は、加賀藩江戸家老の某さんと、てんこ盛りのプレゼントの山&庭師数名。
庭師???
「前田家より、心ばかりの品にございます」
そう言って差し出された目録は一メートルはあろうかという超ロングサイズ。
コメ、現ナマ(小判)、加賀友禅の反物と帯地、九谷焼の壺、高そうな茶器、金箔ピカピカの屏風、馬一頭と鷹一羽。
鷹…………コレ、どーすりゃいいの? 食えるの?
それに、こんなにいっぱい……破格すぎだろ、前田さん!
「伯父上のお心づかい、まことにありがたく存ずる」
前田家は容ママのご実家。
なんでも加賀守こと現当主・前田斉恭さんとママは同母兄妹なんだとか。
「して、あの職人らは?」
さっきから、すげー気になってんだけどあの庭師軍団。
いったい、なんなの?
「めずらしき異国のリンゴの苗木を持ってまいりました。こちらにも接ぎ木してさしあげよ、との仰せで。あのものらはその作業のため連れてまいりました」
「ほぅ……それは、かたじけない」
なんか、よくわかんないけど、礼だけ言っとこ。
「こたびは、ご公儀の重職におつきあそばされた由、祝着至極に存じあげまする」
オッサンはうやうやしく平伏。
(全然祝着じゃねーよ)
「わが殿も、御甥君の誉れを、ことのほかおよろこびにございます」
「いたみいる」
(なに言ってんの、あんた? もれなく切腹つきだよ? こっちはよろこぶどころか、泣きたいよ)
「ときに、ご家老さま」
ふいに、同席していた大野が口をひらいた。
「加賀守さまは、洋書などお持ちではありませぬか?」
へ!?
堀田と井伊から、読みきれないほど借りてるだろ?
いまさら、前田さんの洋書なんて要らないでしょ?
「さよう……数冊ほどお持ちかと」
ほらー、たった数冊だって。
ムダだよ、ムダムダ!
「差しつかえなければ、それらをお借りできませぬか? 当家では、お役目拝命直後より、異国の事情を独自に調べております。作業が終わりしだい、すみやかにお返しいたしますゆえ、その旨、加賀守さまにお取次願いとう存じまする」
まじめぶった顔で叩頭する小姓頭。
どういうつもりだ?
「承知いたした。殿にはそのようにお伝えいたそう」
オッサンは、にこやかに了承。
「よしなにお取り計らいくださいませ。ご家老さまのご厚情に甘え、いまひとつお願いしたき儀がございます」
「なんなりと」
なぜかオッサン受けする大野くん。
ご家老のハートもガッチリつかんだもよう
「わが主は、伯父君の御前に伺候し、こたびの御礼を直に言上したいと強く望んでおります。
近々、お目通りがかないますよう、お力添えいただけませぬか?」
おい、なに勝手にアポ取ってんだよ?
やることいっぱいで、前田さん家に行ってるヒマなんてないぞ!
「相わかった。帰りしだい、わが殿の御意をうかがい、日取りなど追ってお知らせいたそう」
「お骨折り、かたじけのう存じまする」
大野は深々と一礼したあと、オッサンを見つめてにっこり。
(こいつ、なんか、たくらんでんな?)
もやもやした疑いが、急速にひろがっていった。
オッサンが辞去し、外出するため俺も立ちあがる。
「どこへ行かれるのですか?」
大野のするどい声がとぶ。
「芝の江川塾だが?」
昨日、俺は芝口にある江川太郎左衛門の私塾に行ってみた。
そこで、ジョン万次郎が英語の講師をしているからだ。
この交渉における最大の不安材料、すなわち『ブラック万次郎疑惑』解明のため、表向きは、「ぼくにも英語教えて~!」なフリをしながら江川塾に入りこみ、潜入捜査を開始したのだ。
残念ながら、まだこれといった収穫はなく、真相究明にはいたっていないのだが。
ところが、
「その前に、こちらの仕事をしていただきますっ!」
あろうことか、大野は主君の俺を藩主御座之間に強制連行。
そこでは、宿直あけの三人をのぞく全小姓組メンバーが事務作業に追われていた。
山ほど届いたファンレターの仕わけと、礼状作成業務らしい。
数個の大行李に『未』『既』『済』の札をはって分類。
意外にも、効率のいいやり方をしている。
へ~、けっこうやるじゃん。
感心してながめていると、手の中にどさどさと書状が落とされた。
「この三件は、殿に担当していただきます!」きっっぱりっ!
俺には拒否権すらないようだ。
(え~!? 風ちゃんに乗ってお出かけしたかったのにぃ!)
喉もとまで出かかったが、大野の眼光が強烈だったので、だまって働くことにする。
書状チェック、一件目は、と。
『宇和島藩主・伊達宗城』?
げぇぇぇーー!?
『四賢侯』の、あの伊達さんーっ?
四賢侯とは、幕末政局の中心的大名四人のこと。
そのメンツは諸説あるが、一番ポピュラーなところでは、
越前藩主・松平慶永(春嶽)
宇和島藩主・伊達宗城、
土佐藩主・山内豊信(容堂)
薩摩藩・島津久光――の四人。
ただし、この四番目は久光ではなく、異母兄・斉彬だという人もいる。
しかし、俺は断言できる!
四賢侯が容さんのお友達であるはずがない!
キャラ的に絶対ありえない!
ダテさんは宇和島の特産品が入ったふるさと小包とともに、分厚い手紙を送ってきた。
え~、なになに?
『邦を守るため、お命を捨てられる覚悟とか。あなたの、武士魂に感動いたしました。
かつて私の祖父も、公方さまの奢侈をお諫め申しあげるため腹を切り……うんぬんかんぬん(中略)……
そういう人、嫌いじゃありません♡』
ど、どーゆーことっすか?
ちょっ…………ヤバくねーですか?
男らしい墨痕あざやかな力強い筆跡。
それとはうらはらな、文面から匂いたつ、えもいわれぬアヤシゲな香り。
も、もしや、そっち系の人?
ムリムリムリムリ!!!
あなたのご要望には、お応えいたしかねますっ!
拉致未遂将軍といい、キレイな男大好物発言のジジイといい、なんなの、いったい!?
とにかく、油断できない時代だなっ!
気を取り直して、二件目。
うわっっっ!!!
こっちもかよーっ!?
幕末の超ビッグネーム、薩摩藩主・島津斉彬っ!?
斉彬公は、本当なら文句なく四賢侯入りしてもいいはずの人だが、明治維新より相当早い時期に亡くなり、政局にはあまりからめなかったせいか、メンバーから外されることも少なくない。
しかし、その先見性はまちがいなく賢侯中の賢侯!
島津のナリさんがよこしたのは、コワいファンレターではなく、簡単な添書きのみで、
『昨日たまたま国許から届いた品です。ほんのおすそ分け程度なのでお気づかいは無用です』
相手に気を使わせないスマートさで送ってきた品は、豚肉の味噌漬け!
豚肉、あるんだ!?
そういえば、鹿児島の黒豚って有名だよな?
江戸時代から、もう飼育してたのか?
『もしお時間がおありでしたら、わが屋敷にもお運びください。日本の将来について、熱く語りあいましょうっ!』
とも書いてあるが、日本の将来はともかく、養豚技術は教えてほしい!
豚肉の生産は容さんの栄養面だけでなく、これからの産業としてもかなり有望だ。
和親条約が締結されたら、今後、アメリカ船が日本にわんさか寄港するはず。
それに、あっちと同じように、今後、ほかの国々とも条約締結することになるだろう。
いまは食品の長期保存なんかできない時代。航海中の食料品等は、寄港地で調達するしかない。
そんなとき、欧米人の欲しがる食肉を日本で販売したら……バカ売れまちがいなし!
養豚業という新規事業が大当たりしたら、大もうけできるっ!
なにかっちゃー、
「ビンボー神に憑りつかれてるのかもー!」と、クダクダこぼしまくってるじいも、泣いてよろこぶはずだ。
(あ、言っとくけど、憑りついてんのは俺だから)
最高にいい気分になった勢いで、三件目。
次は……『てる』?
誰よ、TERUって?
GL●Yのボーカルの人?
え、許嫁?
な、なにーっ!? そんなのいたのかよ、容さん!?
全然聞いてねーぞ!
婚約者実家からとどいたのは、御役目拝命祝いの寸志のほか、TERU姫手作りグッズと未来の『背の君』に対する熱い想いを詠った達筆の特選和歌十首――と、のたくるようなヒョロヒョロの文字列に、びっしりと朱の入った文一通。
ハンドメイドって……なんか重いよな?
プラス、恋の歌。
うへぇ、なえる。
しかも、なに、この真っ赤な二枚目は?
「前回、殿がTERU姫さまに送られた詠歌でしょう」
超高速プリンターよりすばやく返書をしたためながら、大野が答える。
「TERUさまは、殿の和歌の師でもあられるお方。添削したものが同封されてきたのです」
和歌の師?
聞くところによると、容さんの縁談はずいぶん前に整っていたが、タイミングが悪くてなかなかゴールインできないらしい。
おととし、「そろそろ祝言を」と、相談していた矢先に、容パパが急死。
一年間喪に服したあと、「じゃあ今度こそ」と、思ったら、なんと容ママがこれまた急死。
二年つづけて喪中になってしまい、挙式は延び延びに。
こうしてじいが嘆く「世継ぎどころか、祝言もまだ」状態のできあがり。
にしても、人生初のカノジョが赤ペン先生だなんて……かなしい。
死にたいくらいかなしい。
切腹騒動でこのまま破談になんないかな?




