182 遠慮
「っく、んふ、ぁああ~っ!」
中秋の清やかな涼気をふるわせる淫靡な喘ぎ。
日もまだ高いのに、運営への通報待ったなしレベルの猥雑な空気が重く立ちこめる。
「いっ、いい、そこ、そこじゃ~!」
「お殿さま、もう少々お声をお控えください。みなの気が散りますゆえ」
甘やかな咎めに、背筋がゾクゾクと粟だつ。
「おお、すまぬ。あまりに気持ち良うて、つい」
「ほほほ、それほどよろしゅうございましたか?」
「うむ、相かわらずそなたの手技は宇宙一じゃのう」
「まぁ、お上手な」
「はははは」
「ほほほほ」
ドップリ快楽にひたる俺に、周囲から無数の奴視が突き刺さる。
「……殿」
傍らに座す講武所ヘアが、敵意むきだしで睨めつける。
「いいかげんになさいませ! 休憩時間はとうに過ぎておりますぞ!」
「これ、源吾。お殿さまにさような口をきいてはなりませぬ」
「そうじゃ、そうじゃ。御家訓違反じゃぞ! 『主を重んじ、法を畏るべし』の一条を忘れたか?」
なまいきなガキを毅然とたしなめる佳人に追従して叱責すると、
「殿こそ、さような怠惰なおふるまいは、『もし志を失い、遊楽を好み、馳奢をいたし、土民をしてその所を失わしめば、すなわち何の面目あって封印を戴き、土地を領せんや』との御錠に抵触いたします。また、『婦人女子の言、一切聞くべからず』! お祖母さまもよけいな口出しは無用にございます!」
「……源吾……」
キツイ言葉を投げつけられて涙ぐむ哀れな姿に、全身の血が沸騰する。
「そなた、敬愛すべき祖母に対し、なんということを!」
温かい太ももから身を起こし、反抗期真っただ中のクソガキを一喝。
「お志賀は傷心のわたしをいたわってくれているのじゃ! それのどこがいけない!?」
しかし、相手は主君たる俺を冷ややかに睥睨し、
「なれば、この儀、養父に報告させていただきます。しばらく出入り禁止だった当家へのお運びを養父が解禁したは、殿がお役目を罷免されて以降、あまりに消沈なさっておられたからにございます。その折、殿と養父のあいだで、しかと取り決めが――」
「あー、耳のこそばゆさものうなったし、そろそろ席に戻るかの~」
それ以上言わせないよう、ガキんちょの抗議をぶった切って立ち上がる。
この居心地のいい場所から再度追い出されるわけにはいかないのだ。
「お志賀、大義であった。そなたは神の手を持つ女子じゃ! 下がってよいぞ」
「はい、失礼いたします」
お志賀は魅惑の宝杖を懐にしまうと、一礼して座敷を出て行った。
今春、激怒家主によって、出入り禁止を言い渡された大野の役宅が、ふたたび開放されたのは三ヶ月前。
出張から帰った直後に、大政参与罷免の通告を受けた主君を励ますための温情措置 ―― あの陰険般若にしてはめずらしい気づかいだ。
今回の参与解任については、帰府早々に届いたサダっちからの書状で、その背景が判明した。
ようするに、俺は政争に負けたのだ。
水戸徳川家を中心とした閨閥プラス幕臣連合軍に。
帝との拝謁後、大目付の筒井はさっそく例のウワサの落しまえをつけた。
いうまでもなく、「前の中納言さんが押込になったんは肥後守にまんまとハメられたからや、会津さんはお歳のわりにはしたたかで、将軍さんもその色香の虜、会津中将のお腹の中は備長炭より真っ黒な『よろずにきわどき人』やて、ほうぼうで言われとります」というあの事実無根の誹謗中傷に対する制裁だ。
その結果、ジジイの義弟・鷹司政通は関白解任のうえ、落飾・隠居・慎。
ジジイの甥・二条斉敬も、隠居および慎。
ジジイの息子・慶篤の義父にあたる有栖川宮幟仁親王は、隠居はまぬがれたものの、十日間の慎処分を食らった。
ちなみに『慎』とは外出・人との接見などを禁じる公的な刑罰で、これに対し『遠慮』というものもあって、内容的にはほぼいっしょなのだが、こっちは自主的に引きこもって反省の姿勢を見せるパフォーマンスのこと。
じつは、俺は目下この『遠慮』断行中なのだ。
サダっちの書状によると、筒井は京都所司代に三人の処分を指示して帰府の途についたが、鷹司らは京都にある水戸藩邸に駆けこんで不満をブチまけた。
水戸にしても、ことの発端は自分のところのご隠居だったため、かなりな危機感を抱いて、鷹司らから聞いた顛末を藩主に伝えるべく、江戸に向けて急使を立てた。
そんなこんなで、蒸気船で戻った筒井と水戸の使者はほぼ同時に江戸に着いたらしい。
帰着した筒井は、さっそくこの件をサダっちに報告し、処分に対する追認を受けた。
なにしろ、あのネガティブキャンペーンは、『将軍は会津中将の色香におぼれ、言いなりになっている』と、サダっちまでもがディスられている。
将軍を侮辱するデマを流した罪はけっして許されるものではない。
それも状況的に、家定への侮辱罪で押込になっているはずの斉昭やそのまわりの人間が発信源と思われ、そうなると、水戸側も無傷で済むわけがない。
そもそも、ジジイの押込は幕命ではなく、息子の徳川慶篤が決めたこと。
ということで、この件では監督不行き届きを咎められた水戸家当主に茶器が下賜され、慶篤は藩主の座から降りることになった。
茶器の下賜とは、すなわち隠居勧告なのだ。
後継には、ジジイの七男・松平昭致が宛てられることとなり、通常ならご三家当主に下賜される将軍偏諱 ―― 当代なら『定』の字 ―― は、罰として与えられなかった。
ところが、この峻烈な沙汰に対する抗議の声が、各所から湧き起こったのだ。
まずは、水戸徳川家・有栖川宮家・鷹司家・二條家の姻戚らから。
この中には尾張徳川家、徳島蜂須賀家、下野喜連川家、大坂城代の土屋、彦根井伊家など有力藩ぞろいで、前田家までもオジキの父親 ―― つまり、容さんの祖父の継室が鷹司の姫だったせいで、就任したばかりのアニキの老中格のポストを返上してきた。
そのうえ、幕臣からも俺に対するクレームが上がった。
去年の大奥解体や小栗による組織のスリム化でポジションが激減し、役につけない幕臣が増えたため、その責任者だった会津侯への不満が水面下で高まっていたのだ。
俺とつきあいのある幕臣は、小栗や岩瀬、筒井など直参の中でも飛びぬけて優秀な連中ばかりで、上役と意見が合わずに罷免されても、すぐに別の部署から声がかかる。また、その家禄もそこそこもらっていたから、俺は気づかなかった。
戦国時代が終わり、もはや大兵団は必要ない泰平の世になったとはいえ、天下取りに功のあった家臣をリストラすることなく抱えていくには、ムダな役職を多く設けておかなくてはならなかったことを。
幕初から変わらぬ家禄を補うためには、なんらかの役職について役料をもらわないと困窮する家庭がかなりあったことを。
知らぬ間に、改革に起因する怨嗟が、幕臣たちのあいだに充満していたのだ。
だから、大坂で大番組たちが俺に冷淡な態度を取ったのだろう。
余談だが、大奥は女だけが働いていたわけではない。
大奥には『広敷役人』という多くの男性職員もいて、大奥に関する諸事を管掌していたが、その職場がマルっとなくなってしまい、無役のオサムライさんが急増したのだ。
いままで秘めていた不平不満が、今回の政争を機にオーバーフローし、「水戸や関白といった高位の者を罰するなら、拝謁の際に不遜な態度をとった肥後守にもなんらかの仕置きがあってしかるべき!」という声が老中のもとに殺到し、塩大福はガス抜きのため、俺を切る決断をした。
この「拝謁の際の不遜な態度」というのは、鷹司たちのリークによるものだ。
サダっちは懸命に罷免を阻止しようとしたが、就任からわずか数年の、しかも動揺すると不随意運動と吃音がひどくなる将軍と、十年以上のキャリアがある百戦錬磨の老練な政治家では勝負になるはずがない。
かくして、俺は将軍と幕府への批判をかわすためのスケープゴートに仕立て上げられたのだ。
俺たちが一ヶ月半におよぶ出張から帰った日、江戸に残留していたじいと留守居役たちは、涙ながらに俺に謝罪し、
「ご不在の間にかかる事態となり、面目しだいもございませぬ。このうえは腹を切ってお詫びを!」
血走った目で衣服をくつろげる一同。
それを全力で制止し、
「腹を切るくらいなら、わたしの代わりに学問所に行け! こたびの沙汰を受け、わたしは当分『遠慮』いたす所存。登城も通学も控えるゆえ、そなたらは異国語を学び、それをわたしに伝えるのじゃ!」
サダっちは参与は罷免するが、ほかにペナルティは課さないからふつうに登城し、学問所にも通ってかまわないと言ってくれた。
だが、俺としてはやりたくもない仕事 ―― 将軍専任特命係という損な役まわりを押しつけられたせいで、人からはムダに憎まれて、挙句の果ては家定のおホモだちという屈辱的レッテルまで貼られて……。
なにせ、ちまたでは大奥解体は、俺が念友を女たちに取られたくないから、塩大福に命じて実施させたと言われているそうな。
そして、御所における『不遜な態度』は、もちろん会津の没落を防ぐのが主目的ではあったが、同時に、将来、幕府が朝廷から無理難題をふっかけられないよう前もって予防線を張っておいたんじゃないか。
なのに、なのに……ざけんな!
「だったら、ちょうどいい口実もあることだし、しばらくノンビリしよ~」と思い、『遠慮』しているのだ。
てなことで、この三ヶ月間、俺は和田倉屋敷で自粛生活を満喫しているわけだが、ときどきサダっちから鈴木越後や金沢丹後の高級和菓子(お手製汚菓子ではないことは確認済み)や山海の珍味とともに、「折を見て復帰させてあげるから、腐らずにガンバ!」的メールが届く。
冗談じゃねぇ!
この快適な生活をなげうってまで、あんなブラック職場に戻るかよ!
これからはオッサン同士、塩大福たちと好きなようにやりゃあいいじゃねーかっ!
大野源吾に叱られた俺は、ハラキリ未遂ニイチャンたちから今日の講義ノートを借りて、自宅学習に励んだ。
お志賀のおかげで、聞こえはバッチリ。
ただ、外国人講師と違って、相当発音が怪しいのが難点だ。
ちなみに、じいは学問所通いはせずに、大野の役宅 ―― 俺の勉強部屋を訪ねてくる渡辺らの接待係を務めている。
秋の日脚は速く、気づけば早暮れ六つ間近。
ふいに、薄暗くなりはじめた室内に、伽羅の芳香が漂ってきた。
ノートから目を上げると、二間ぶっ通しの部屋の向こうに複数の人影が。
「御一……伝習所から帰っておったのか」
家屋サイズに対して広すぎる玄関に立っていたのは、娶ってまもない妻とその侍女たち。
約二ヶ月前の七月二十九日、築地に海軍伝習所と医学伝習所が開所し、御一とイネは桜田学問所を退所し、そちらに通いはじめた。
授業はかなり過密で、御一は帰宅後は即自室に戻って復習するので、最近はこの役宅には来ないと聞いていたのだが……なんで御一がここに?
意外な人物の登場に首をひねっていると、
「殿」
なめらかなコントラルトが掃除したばかりの耳朶にしみ入る。
「懐妊いたしました。本日伝習所にて診断されましたゆえ、まちがいないかと」
平板な口調でつむがれた能面妻の告知に、その場に居合わせた全員が石化した。




