175 叫騒
分割したのに、書いていたらまたボリュームが増えてしまって、再度分割するハメに……。
朝廷との丁々発止、まだまだ続きます~ (/ω\)
雷鳴は徐々に遠ざかり、書院内にもしだいに明るさがもどりはじめる。
そんな天候とは対照的に、帝以下廷臣らの顔は沈鬱に陰っていく一方。
「なら、どないしたらええんや?」
鷹司が憮然とした表情で問いかける。
俺は憎悪のまなざしを真っ向から受け止め、
「御上はご親政は望んでおられぬとおおせにございました。これすなわち、徳川の政を肯定なさっているということ。なれば、こののちご叡慮を騙りご政道の障りになる言動をなす不逞の輩は、公儀が徹底的に排除し、ご宸襟を安んじたてまつることをお誓い申しあげまする。みなさまもさよう御心得くだされ」
『てめーら、今後なにかふざけたマネしやがったら、全力でつぶすからな?』な恫喝を酷薄な笑みにのせて繰り出せば、長袖者たちはプルプル震えはじめる。
「よって、『攘夷』等外交にかかわる発言は厳につつしんでいただきたい。万が一、さような言が帝のご叡旨としてちまたに流れれば、跳ね返り者が寄港した異人を襲う事態にもなりかねませぬ。さすれば、異国はこれを奇貨として戦をしかけ、われらの命がけの外交が水泡に帰すこととなりましょう」
討幕派のスローガン『攘夷』
なんとしてでもこれを封印しておかなければ、幕府は……いや、その防御壁として使われるはずの会津は、近い将来滅亡への道をすすむことになる。
「相……わかった」
怒りを押し隠しながら、ジジイが白旗を上げる。
鷹司にしてみれば、完膚なきまでにたたき潰すつもりだった若造に逆にやりこめられて、憤懣マックスだろう。
だが、これでノーサイドだと思ったら大まちがい。
このていどで許してやるほど、俺はやさしい人間じゃねぇ。
売られた喧嘩は、最高値で買ってやるよ。
帝の御前という極めつきのステージでな!
「そういえば、関白殿下、二條さま、有栖川宮さまにおかれましては、わたくしのことをたいそう気にかけていただき、あちこちでよく話題にしてくださっているとか。この場をお借りして御礼申しあげまする」
ゆっくり頭を下げてから二之間にガンを飛ばすと、鷹司とその横のオッサンがピキッと硬直。
おそらくあれが二條斉敬――水戸斉昭の甥にちがいない。
「ときに、お三方はわたくしのことを『よろずにきわどき人』と評していらっしゃるとうかがいましたが、あいにくわたくしは都の事情に疎く、恥ずかしながらその意味するところがようわかりませぬ。せっかくの機会ですので、よろしければご教授いただけませぬか?」
固まったままのふたりにニッコリ笑いながら突っこむと、鷹司のみならず列席した公家全員が気まずそうに黙りこむ。
察するに、ここにいる全員が、鷹司たちのネガティブキャンペーンで大いに盛りあがっていたんだろう。
「おやおや、どうかなさいましたか? みなさま、お顔の色がすぐれませぬが?」
ふと見あげると、最上段の貴人も不自然に視線をさまよわせる。
(……あんたもかい?)
室内に重ーーーい沈黙が落ちる。
ややあって、
「容保殿……そろそろ例の話を……」
隣の義父が、中啓の陰からもどかしそうにうながす。
たしかに、難しい要求を呑ませるなら、こっちが優位に立っている今――俺へのヘイト発言を暴露されたことで、やつらが負い目を感じている今こそ絶好のチャンス!
てなことで、
「かような仕儀に相なったは、京・江戸間での意思の疎通がはかられておらず、さまざまな行き違いがあったように思うのですが、いかがでしょう?」
態度を一変させ、おだやかな口調でそう告げると、
「そ、そのとおりや! われらは徳川にも会津中将にもなにも含むところなどない! 妙なウワサに踊らされただけや!」
針のムシロ状態におちいっていた鷹司は、俺のとりなしに飛びついた。
「さようでございましたか。だとすると、こちらも言葉が過ぎました。申しわけございませぬ」
さぁ、ここからだ。
会津が生き残るための究極の策が受け入れられるか否か、すべて俺のネゴシエーションしだい!
「なれど、世情が揺籃する現在、たびたびこのようなことがあっては困ります。そこで考えたのですが……」
さて、朝廷はどう出るか?
「朝廷と徳川の紐帯を強化するため、わたくしの娘を一の宮に入内させていただいてはどうかと」
「会津の姫を若宮はんに!?」
「不遜な!」
「そないなこと、認められるわけあらしまへんやろ!」
書院内は一転、叫騒のるつぼに。
無理もない。
徳川方から皇妃を出すのは、二百年以上前、後水尾天皇の中宮となった和子以来絶えてなかったこと。
しかも、和子は二代将軍秀忠の娘だったのに対し、今回は一大名にすぎない会津松平家の娘。
その和子でさえ朝廷は屈辱だと憤慨していたのに、このハンパない格落ち感。
プライドの高い公家連中が納得できるはずがない。
でも、そんなのは承知の上だ。
奥羽越の地をクーデター政権に蹂躙されないためには、小栗ら日本の近代化に必要な人財を凶刃から守るためには、これが今考えうる最も有効な手だて。
だから、ここは絶対引くわけにはいかない!
さっきまで周囲を支配していた重苦しい空気は霧散。
俺の口撃に委縮していた公家たちは、一丸となって対峙する構え。
と、
「みなさま~」
緊張が走る場に、そぐわないまのびした声が流れた。
「これなる肥後守は、先日わが一の姫と祝言を挙げたばかり。子はまだ生まれておりませぬ。この儀、今すぐということではなく、『いずれ女子が生まれたら』という仮定の話にございます。また、その暁には、姫は近衛さまの養女として身分を整えて入内させる所存。それについては右大臣さまのご了承も取りつけておりまする。この薩摩守の、尊王の志篤きそれがしの孫娘にございますれば、どうかご懸念なきよう」
オヤジは、ギスギスした空気をものともせず、堂々と婿をフォロー。
さすが天下一の賢侯・島津斉彬!
ツラの皮も、メンタルもまさに超人レベル!
ところが、
「まだ生まれてもいないやて!?」
「朝廷をなめとるんかい?」
「お話になりまへん!」
飛来するすさまじい敵意……完全にシクった。
五摂家のひとつ一條家には、すでに皇子と歳の近い娘がいる。
そんな身分的にも、年齢的にも相応な姫を差し置いて、生まれるかどうかもわからない格下の女児を東宮にあてがおうなんて……たしかに無謀だったかもしれない。
(あ~、こりゃ脈なしか~)
なおもギャンギャン騒ぎつづける公家を前に、半分あきらめの境地におちいっていると、
「では、わたくしの娘を肥後守の養女として、そのうえで近衛家に入れてはいかがでしょうか?」
涼やかな美声が、喧噪に満ちた議場を制した。
「い、犬千代さま?」
「筑前守?」
キラキラのエフェクトをまとった貴公子は、俺とオヤジに向かってまったりとほほえんで見せた。
「まだ生まれていない姫では話にならないというのであれば、とりあえず養女で縁組をまとめておき、実子が誕生した時点で差し替えればよろしいのでは? さいわい当家には昨年生まれた娘がおります。どうぞお役立てください」
とんでも理論をシレっと展開するアニキ。
「なれど、破談前提で縁組された姫はどうなるのですか?」
最初から中継ぎ要員なんて、かわいそうじゃないか!
「いえ、ご懸念にはおよびませぬ。破談となった折には、会津にもらっていただきますゆえ」
「当家に!?」
「会津の嫡男の正室に、ということか」
ナリさんがアニキに不審の目を向ける。
ナリさんにしてみれば、自分が狙っていたポジションを、前田に取られかねないと疑っているのだろう。
とはいえ、娘が生まれていない現在、もし一條の姫が先に入内したら、確実に正妃の座は奪われてしまう。
俺が帝の義父になるという基本構想が潰えたら、朝敵回避の朝廷工作ができなくなる。
……だったら、背に腹は代えられない。
摂関家の姫君入内を阻止するためには、アニキのプランに乗って、いまのうちに婚約者の座を押さえておくべきだ!
「げに! 加賀は徳川宗家につぐ百二万石の大大名。そして、筑前守は先々代さまの孫にて、当代さまの従弟にあたる御方。前田の姫ならば将軍家の姫も同然! また、前田家四代綱紀公は、後桜町院の外曽祖父にございますれば、帝室とも縁深き血筋。そのうえ近衛さまの養女となれば、入内いたすになんら問題はございますまい!」
力いっぱい主張すると、傍らのアニキも優雅にうなずく。
ちなみに、後桜町院ウンヌンのくだりは、オジキの自慢話からの受け売りだ。
その高貴な従兄殿は、居並ぶ殿上人たちを見まわし、
「そもそも肥後守の母君はわが前田の姫。さらに会津松平家と当家は数代にわたって婚姻を結んでおります。そして、藩祖保科正之公は二代将軍台徳院さまの御子。くわえて、肥後守正室は鎌倉以来の名門・薩摩島津家の姫。会津の姫とて、けっして当家に引けを取らぬ貴種にございます。それでも格が気になるのでしたら、入内する際、将軍家猶子としたのち、近衛家に入ればよろしいかと」と、強力に俺をアシスト。
なるほど。
アニキは今の将軍家と近い血筋だけど、俺の娘も一度サダっちの猶子としてもらえば、それなりに身分がつりあうということか。
「こたびのやりとりで公武一和は喫緊の課題と判明いたしました。さすれば、今後ふたたび不幸な行き違いが起こらぬよう、たがいの絆を強固にしておくべきではございませぬか?」
アニキの極上のほほえみに、公家たちはボーっと呆ける。
どうでもいいことだが、アニキと容さん、造形的にはほとんどいっしょなのに、どうして松平容保からは、あのキンキラオーラが出ないんだ?
やっぱ、中に入ってる人間の品性の差なのか?
……クソ。
「なれば、この儀、かように取り計らってよろしゅうございますね?」
アニキがほんわかと確認すると、オッサンたちは陶然とした面持ちで首肯。
今回の上洛の最大のミッションは、鋼の精神をもつ義父とタラシの従兄のふたりに助けられて、なんとかクリア!
じゃあ、ここは一気に……。
「ようやく朝廷と徳川が胸襟を開いて語りあい、双方の誤解も解けたようにございますな」
俺のことをクソミソにコキおろしてたのは、誤解でも錯覚でもないがな!
「できますれば、この良き関係を幾久しく保持いたしたきところですが、不幸にも病で体を損なうようなことがあってはそれもかないませぬ。さような事態にならぬよう、こちらからひとつ提案がございます」
「「「提案?」」」
畳みこむように次の話題に転じれば、公家たちは「はて? なんの話をしてたんだっけ?」と一様に首をかしげる。
すっかりアニキに悩殺されて、さっきの縁談もすっ飛んでいったもよう……しめしめ。
「はい、近々、御上をはじめ宮さま、朝臣のみなさまがたに種痘を実施したいと存じます」
「「「種痘ーっっっ!」」」
高雅な御殿に、本日一番の絶叫がとどろきわたった。




