174 落雷
長くなったので切ったら、公家衆にもほんのり良いことが……な部分は次回となりました。
すいません。
鮮烈な稲妻が天を切り裂き、雷震と猛雨が地を震わせる。
「……おらぬ」
たてつづけに轟く雷鳴のあいまに、か細い声がまぎれこむ。
その音源を察しながら、白雨にけぶる庭園を鑑賞するふりをして、シレっとシカト。
「さてと、そろそろおいとまいたしますかな」
居ずまいを正し、辞去の礼をとる。
「肥後守!」
武家伝奏があせった口調でとがめる。
「なにか?」
「そ、その……御上が……」
刹那、
――バリバリバリバリバリ ドガーン――
「「「ひぃ~」」」
至近への落雷に、震えあがる公家たち。
「ほ~ぅ、神君家康公もお怒りか」
ドンピシャな舞台効果に、内心ほくそ笑む俺。
――ドドーン――
「「「ひゃ~」」」
「かの御方が、菅公(菅原道真)のような祟り神にならぬとよいのですが」
「「「かっ、菅公!!!」」」
菅原道真怨霊伝説のもととなった天災を引き合いに出すと、廷臣たちはガクガクブルブル。
それは道真の死後、朝議中の清涼殿に雷が落ち、道真排除にかかわった公家が複数死亡した『清涼殿落雷事件』。
このとき朝議には醍醐天皇も臨席していたが、天皇は大惨事を目にしたショックで寝こみ、その三か月後に亡くなってしまった。
朝廷にとって『雷』『怒り』『祟り』は最悪の組合せなのだ。
あれ? 醍醐天皇って、王朝黄金期をきずいた人じゃなかった?
学問の神さまをハメるとか……陰険腹黒系?
――カッ!――
すさまじい閃光が周囲を漂白する。
――ドンッ!――
直後にひびく轟音。
「「「ひぇ~~~!」」」
抱き合っておびえる朝臣たち。
そして、一之間の青年の貌にもあきらかに恐怖の色が。
「わっ、朕は……親政など望んではおらぬっ!」
上座から発せられる渾身の訴え。
必死になにかを振り祓うかのような。
(よし、想定どおり!)
――ピカッ、ドゴーン――
闇に沈む書院内が、再度雷光に浮かびあがる。
「「「ぎゃ~~~!!!」」」
天候もイイ感じで盛りあがってきたことだし、ぼちぼち感動のフィナーレとまいりましょうか。
「ご親政は望んではおられぬ? ははは、お戯れを」
恐れ多くも玉音をサラッといなすと、
「ひ、肥後守!」
「なんや、その態度は?」
「不敬やで!」
おしくらまんじゅう状態のオッサンどもから湧き起こる大ブーイング。
「不敬? はて、なんのことやら」
憎悪オーラを放出してくる公家に向かって、かわゆく首をかしげて見せる。
「将軍家名代たるわたくしが御上のご意向にしたがい、神君家康公以来二百五十年間お預かりしてきた大政を奉還すると申しあげたのです。断腸の思いで奏上した決断を、いまさらお望みにならぬとおっしゃられても……」
二世紀半のあいだ、禁中並公家諸法度で禁じられてきた帝および朝廷の政治関与。
政権担当能力もないくせに、幕政にケチをつけたのはそっちだ。
大政奉還の帰結がどうなるか、キッチリ思い知らせてやるよ。
ということで、まずは第一弾。
「ご親政が決まった以上、徳川は本日をもって内裏造営から手を引かせていただきます」
「「「なんやて!?」」」
愕然とする公家たち。
「徳川は一大名になるのです。一大名に内裏造営など、荷が重すぎまする。今後は朝廷みずから資金を調達し、納得のゆくものをお造りください」
冷たく言い放つと、場はフリーズ。
(ざまぁ!)
今回の御所再建には、必要以上に金がかかっている。
今回、というか前回の寛政度内裏再建は、平安内裏の考証を取り入れた復古様式で造られた。
いま造営中のものはこれを踏襲しているのだが、この復古様式というのがクセモノなのだ。
それまでの江戸期の御所には回廊や日華・月華・承明等の内郭諸門はなく、屋根も比較的安価な瓦ぶきだったが、寛政度造営では屋根は値の張る檜皮ぶきに変えられ、飛香舎などかなり前になくなっていた殿舎まで復元させられたため、焼失した宝永度内裏より約千八百坪も増築するハメになった。
ところが、これは平安の古制にならった復元といいながら、紫宸殿の屋根はバカでかく、建物も床も異様に高い――ようは、だれも見たことのない平安チックな建物を、古文書から想像してそれっぽく設計し、強引に造らせたため、千年前にはなかった技術技法が使われ、構造上も外観上も平安時代の建築様式とは大きくかけ離れたものになっているのだ。
寛政度造営時の老中・松平定信は財政難を理由に反対したが、公家たちにうまく言いくるめられ、約八十万両もの大金を使われてしまった。
では、なぜわざわざ建設費がかさむ復古様式で建てたかというと、当時の天皇――今上の祖父・光格天皇のつよい要望があったからだ。
光格天皇は、先帝が生後まもない皇女ひとりを残して急逝してしまったため、四世襲親王家のひとつ・閑院宮家から儲君となり、新帝となった。
ふつうなら、「わーい! 傍系から帝になっちゃった! ラッキー♡」てなもんだが、光格さんは直系ではないことに生涯コンプレックスを抱きつづけた。
そこで、「朕は血統的にはアレだけど、いままでの帝がやれなかったこと――朝廷がサイコーに輝いていた時代の威光を取り戻してやるっ!」と妙な方向に覚醒してしまったのだ。
朝廷が輝いていた時代、すなわち平安時代。
光格さんは、権威回復の手段として、すたれていた平安時代の儀式――新嘗祭やら四方拝やら――を復活させようとしたが、あいにくそれができる場が宝永度内裏にはなかった。
そこで光格さんは、内裏が焼失したのを機に、再建工事に自分の希望をモリモリ盛りこみ、幕府の反対を蹴散らして、平安朝イベントが開催できるハコモノを造らせたのだ。
幕府の金で!
そして、今回の安政度造営も寛政度同様、復古様式で再建させられているわけだが、そもそも大枚はたいて建ててもらった御所が焼失したのは、昨年、仙洞御所で梅の木にたかった毛虫を焼いていたら、うっかり御殿に飛び火してしまい、あれよあれよで内裏はじめ都の半分に燃え広がってしまったからだ。
なので、この大火は『毛虫火事』と呼ばれているそうな。
朝廷の要望を取り入れた、わがまま仕様の内裏を造ってもらっておきながら、なにが攘夷だ!?
しかも、自分たちの過失で、前回造ってやったお高い御所を燃やしたんじゃねーか!
恩知らず!
文句があるなら、自腹で建てやがれ!
ムカついてきたところで、サクサク第二弾。
「また、近々、京都所司代、京都奉行所も廃止いたしますゆえ、都の治安はみなさまがたでよきように」
「「「所司代と奉行所を!?」」」
再度固まるご一同。
「当然ではございませぬか。所司代も奉行所も徳川が置いた機関。しかも、奉行所の役人は徳川の臣。以後は幕領の管理等、家中の仕事に専念させる所存にございます」
徳川は統治権を剥奪されるんだから、一大名が都の治安を維持してやる義務も義理もない。
てなことで、つづけざまに第三弾。
「それにともない、従来幕府が代行してきた年貢米等の取り立ても、これよりは代官なり受領なりを置き、ご自身でやっていただきたい」
皇室・宮家・公家らは総額で約十二万石ほどを支給されている。
そのうち摂関家など知行取りの家もあるが、皇室や多くの公家は幕府が徴税を代行して蔵米を受け取っている。
大政奉還をしたら、一文の得にもならないめんどうな仕事をする必要はない。
「そんな……」
「なにもかも放り投げはるなんて」
「無責任やないか!」
「無責任? 徳川の政に異を唱えたは、朝廷でごさいますぞ? それともなんですか? 政は朝廷がおこなうが、雑用はいままでどおり無償でおこなえと?」
真顔ですごむと、オッサンたちは青ざめたまま沈黙。
「ああ、そうそう。今後外交折衝は京にておこなうと各国にも通達しておきますゆえ、あとはよしなに」
無造作に言い捨てると、
「「「い、異人が都に!?」」」
はげしく取り乱す公家衆。
「容保殿、いいかげんになされよ」
ナリさんがこっそり袖を引く。
「さすがにそこまで……」
アニキも眉をひそめ、非難のまなざしを投げかける。
「ほほぅ? なれば薩摩・加賀両藩は、朝廷の意を汲んで所領を寄進し、藩主以下みなうちそろって平安のころのごとく滝口の武士となり、御所警護におつきになられるのですね?」
「「滝口の武士!?」」
目を点にするふたりに、俺はニヤリとほほえみかける。
「さよう、清涼殿東庭北東の滝口――御所から出る臭い汚水の落ち口に、一日中犬のようにうずくまり、庭の警護を担った滝口の武士。王政復古というは、鎌倉に幕府ができる前の状態――すなわち、武士が力を持たず、帝や朝廷に使役される卑しき存在にもどることではございませぬか」
朝廷の黄金時代は、武士が虐げられていた時代でもある。
尊王を信条とするならば、後醍醐や光格が理想とした時代がどういうものだったかを知るべきだ。
いまの身分や生活を捨ててまで、尊王と叫びつづけられるかどうかを。
「おふたりとも篤き尊王の志をお持ちのようで……ふっ、感服つかまつりました」
俺のイヤミに、気まずそうに顔を見合わせるふたり。
この時代の武士は後醍醐天皇に背いた足利尊氏をボロクソに批判し、尊氏にあらがいつづけた楠木正成をバカみたいに称賛する。
だが、後醍醐の建武の新政が短命に終わったのは、命がけで鎌倉幕府を倒した武士を天皇が軽んじ、自分の取り巻きの廷臣たちを厚く遇したので、武士は新政に失望し離反していったからだ。
明治維新だって、双方血みどろになって闘った武士階級は消滅させられ、戦場に出なかった公家たちは華族となり優遇された。
そんな歴史を知っている俺は、尊皇論を奉じて熱くなるやつらをつい冷めた目で見てしまう。
「……あれは……あれは空言や」
しわがれた声が、硬質化した空気の中にただよう。
「御上は、攘夷などとおっしゃってはおられぬ」
「なんですと?」
帝に一番近い位置に坐する老人に、絶対零度の視線を向ける。
「お、御上は……徳川の政に満足しておいでや。ご親政など望んではおられぬ」
鷹司、全面降伏!
心の中でガッツポーズを取りながらも、俺はあえて渋面を作る。
「合点がゆきませぬ。先ほど関白殿下は、御上はしかたなく勅許を出された、まことは憂慮されていたと、はっきりおっしゃっていたではありませぬか!」
「せやから、あれはわしの考えで……つい御上の名を……」
「ということは、御上の御名を騙ったのですね? 将軍家名代たるわたくしにご自分の考えをあたかもご叡慮であるかのように告げたわけですね!?」
「騙ったやて……そない大げさな……」
鷹司は、俺の攻撃から帝を守るためにひとりで罪をひっかぶる覚悟を決めたらしい。
だが、ある意味ここは倒幕のターニングポイント。
かんたんに「はい、そうですか」と引くわけにはいかない。
「大げさですと? なにをおっしゃられる! 公式拝謁において、かような暴挙がまかりとおるは由々しき事態。ここまで乱れた朝廷ならば、今後どのような偽勅が出されるか知れたものではございませぬ。よってこれよりは、御上から直接おうかがいしたお言葉以外は一切信用せぬことといたします!」
高らかに宣言すると、
「「「んな、アホなっ!」」」
恐慌におちいる廷臣たち。
(よしよし)
あちらさんがおとなしくなったところで、いよいよ本題に入りましょうか?
他人のことを『陰険腹黒』とか評していただれかさん……どの口がソレを、ですわい。




