173 攘夷
テニス肘というのになってしまい、しばらく更新できませんでした。
すいません <(_ _)>
(テニスなんてやってないのにー!)
騒然とする室内に、場ちがいなほどさわやかな風が通っていく。
この状況を創出した元凶には目もくれず、俺は真正面の男をガン見する。
「先ほどから関白殿下より厳しきお言葉を頂戴しておりますが、御上はただ座視なさっておられるのみ。ということは、殿下の発言はご叡慮そのものと解釈してよろしいのでしょうか?」
冷笑とともにブチかませば、騒がしかった中書院内は一気に無音状態に。
口元に笑みを刷きつつ一之間を見やると、今上は白皙の貌を引きつらせて固まっている。
「つまり、御上は公儀の政――ひいては将軍家に非を鳴らしておられるわけですね?」
「容保殿!」
「金之助さま!」
本来発言をゆるされていない随伴のふたりが声をあげる。
儒教思想が浸透したこの時代、至尊の存在である帝を難詰するなどあってはならないことらしい。
だが、俺は知っている。
天皇が神の末裔――現人神ではないことを。
かつては菊のカーテンで隠されていた皇室スキャンダルもネットでかんたんに入手できた平成生まれの俺は、天皇イコール神聖不可侵の存在とは思えず、無条件に尊崇の念を抱くことはできない。
そして、第二次世界大戦では多くの若者が天皇の名のもとに無謀な戦争に駆り出され、あげくのはてには特攻隊や人間魚雷で有為な人財をムダに散華させられた悲劇。
また、天平期の仏像が薪代わりに燃やされ、貴重な仏具が鋳溶かされた廃仏毀釈――これがなければ国宝はいまの三倍はあったといわれる破壊活動および宗教弾圧――が、倒幕後、天皇の権威づけのために謀られた神道国教化の余波で巻き起こったことも知っている。
だから俺は遠慮はしない。
この時代のタブーも俺には関係ない。
「い、いや、これはわしの一存! けっしてご叡慮などではっ!」
鷹司も、さすがに帝に矛先が向くのはまずいと思ったのか、強引に割りこんでくる。
官位も歳も下だと侮っていた若造の予期せぬ反撃に相当テンパっているごようす。
「では、ご叡慮ではないと?」
「当然……や」
急にヘタレる関白殿下。
(おいおい。これくらいでビビッてもらっちゃ困るよ。ちゃんと想定どおりに踊ってくれないと)
「なれど、仄聞するところによりますと、御上は異人に対し、あまりこころよく思われておられぬとか。殿下が攘夷を口にされるは、御上の御意向を代弁なさってのことと愚考いたしましたが?」
俺の描いたシナリオに戻すため、水戸のシンパが食いつきそうなエサをまいてやる。
「さよう、先般は幕府より強くもとめられたため、しかたなく条約承認の勅許を出されたものの、まことはその条約を足がかりに清国のごとく国土を侵されるのではと憂慮されておられるのや!」
案の定、鷹司は食いついた。
しかも、こちらの反抗に動揺しているせいか、おあつらえむきのNGワードまで提供してくれちゃって……。
「なるほど、御上は徳川の外交はまちがっているとおおせか」
満面の笑みで公家どもをねめまわし、
「ようするに、御上はご親政をお望みなのですね?」
爆弾投下。
「「「ご親政っ!?」」」
親政とは、いうまでもなく天皇自ら政治をおこなうこと。
『帝は徳川から政権を取り上げたいんだね?』というきわどい質問に、公家のみならず幕府サイドも戦慄。
ただ、大目付・筒井だけは表情を変えず泰然としている。
「ふふっ、なにもいまさら隠す必要はございますまい? 『王政復古』――これこそ先々帝からつづく朝廷の悲願でございましょう?」
イヤミったらしく一語一語噛んで含めるように言い渡す。
王政復古とは、平安中期(10世紀)の醍醐・村上両天皇の治世(延喜・天暦の治)や、その時代への回帰をめざしてクーデターを起こした後醍醐天皇の建武の新政のような天皇親政復活運動。
とくに醍醐・村上時代は王朝政治・王朝文化の最盛期で、公家にとっては『もう一度あのころに』な古き良き時代なのである。
「寛政のころより大政委任論……天下の政は本来帝の手に帰するものなれど、徳川はこれを委任され、統治をまかされているという説が唱えられるようになりました。ゆえに、御上が奉還を命じたならば、徳川はこの邦を支配する正当性を失う、とおおせなのでしょう?」
大政委任論は今から七十年ほど前、時の老中・松平定信がそのころ台頭しつつあった尊王論を牽制するため提唱したといわれ、統治権は天皇自身が徳川将軍に委任したのだから、朝廷は政治について口出しするなという趣旨。
しかし、これは裏を返せば、徳川が二百五十年にわたって行使してきた権力は本来天皇が有するもので、幕府はそれを代行してきたにすぎないとも解釈できる。
実際あっちの世界では、幕府は黒船来航以降深刻化した内政・外交の混乱を解決できない責を追及されて、政権を天皇に返上するに至ったが、その論拠となったのが大政委任論だ。
『じゃあ、それを前倒しして返してやろうか?』というのが今回のスタンス。
あっちでは、幕府は懸命に政権を維持しようとして失敗した。
朝廷からの揺さぶりと、外国からの砲艦外交の板ばさみになった幕府は、にっちもさっちもいかなくなり、結局ペリー来航の十五年後に大政奉還するはめになった。
幕府を追い詰めた攘夷運動。
その起因となったのは、今上の異人ギライ。
天皇個人の好悪――攘夷願望が幕府批判のスローガンと化し、倒幕機運を高めることになってしまったのだ……彼自身は倒幕などまったく望んでいなかったにもかかわらず。
だったら、安政二年の時点でその芽を摘んでおくべきだろう。
「先ほど関白殿下はわたくしを罵倒なさいましたが、わたくしは公方さまより大政参与の職をたまわっております。そして、こたびの上洛は将軍家名代としてのもの。そのわたくしを辱めるというは、すなわち江戸におられる公方さまを貶めることと同義!」
鷹司め、バックに水戸がついてるからって調子づきやがって。
こっちのバックは水戸よりさらに上位の将軍だ。
幕府ナンバーツーに噛みついたツケはキッチリ払ってもらうからな!
「また、徳川はこの二百五十年のあいだ、武家の棟梁としてこの邦を統治してまいりました。こたびの条約締結も長年蓄積してきた為政者としての経験から、これが最善と判断して決断いたしました。なれど、それがご不満だとおおせになられるは、徳川では心もとない、朝廷は徳川よりもっとうまい手が打てたということにございましょう? 攘夷決行を主張なさるならば、具体的にどのように実行すべきか、この愚物にひとつご教授願えませぬか?」
批判するなら、それなりの案があるんだろう?
だったら、それを聞かせてもらおうじゃないか。
俺らよりはるかに優れた策とやらを。
「そ、それは……」
問いかける俺から視線をそらし、関白は不明瞭にモゴモゴ。
「われらが条約締結を決したは、この日ノ本を護るため。残念ながら、わが邦の軍備は欧米列強にくらべて大きく後れを取っております。それは泰平の世を継続せんと、二百年以上大船の所持・兵器開発を禁じてきたからにございます。ゆえに、武備に劣る状態で攘夷戦をはじめれば、武士のみならず民にも多くの犠牲を出すは必定。政権を預かるものとして、無辜の民が命を落とすような戦は避けるべきと判断したのです」
徳川幕府は内乱を防止するため、さまざまな統制を出した。
そのひとつが大船建造の禁。
慶長十四年(1609年)九月、容さんのご先祖・二代将軍秀忠は西国大名に対し五百石以上の軍船・商船を没収し、諸大名の水軍力を潰した。
ちなみに、去年来航したペリーの旗艦サスケハナ号は2450t。
五百石の軍船はトン数に換算すると、50t相当。
攘夷? なにソレ、おいしいの? な格差だ。
「徳川が考える攘夷とは、とうぶんは異国と友好関係をきずき、欧米から最新の技術を学び、それをもとにわが邦で改良をかさね、他国をしのぐ強力な兵器を持つことで、異人どもが容易に手が出せないようにするというもの。いずこの国とても手ひどい逆撃を被るとあらば、軽々に侵攻しようとはいたしますまい。われらは民を巻きこまずに実行できる方策を採ったつもりですが?」
もはやだれひとり――あの鷹司でさえ――口を開くものはいなかった。
静まり返った対面場にぬるい微風が吹きはじめる。
みるみる翳りゆく空。
遠くで鳴っていた雷鼓がしだいに近づいてくる。
「徳川にご不信をお持ちなら、ご親政をおこなわれ、朝廷にとって都合のいい大名を征夷大将軍なり、征東大将軍なりに任命なさいませ。徳川は一大名となり、邦の一隅からみなさまの手腕を拝見させていただきましょう」
――パラッ――
廂に落ちた雨音が、暗い室内にひびく。
「となれば、つぎはだれを将軍職に任じられますか?」
――バラバラバラバラ、ザーッ――
滝のような降水が庭の池面をはげしく波立たせる。
「関ケ原以来二百五十年もの長きにわたり徳川に恨みをつのらせてきた毛利になさいますか? それとも、敵陣中央突破を成功させて武威を示し、西軍中唯一減封をまぬがれたこの薩摩を後任に据えまするか? はたまた、外様中最大の加賀の前田に大政を委任なさいますか?」
ほがらかにそう提案すると、
「……か、容保殿、いくらなんでも戯言がすぎまするぞ」
名前をあげられた薩摩藩主が裏返った声で抗議。
「文恭院(家斉)さまの姫を娶った父やその息子であるわたくしが、徳川にとって代わるなど……さような恐ろしきことは考えたこともございませぬ。その儀、従弟であられる金之助さまならば、ようご存知のはず」
前田慶泰も美麗な顔を強ばらせて、全力で辞退。
そういえば、ある旗本の子孫が太平洋戦争後に書いた文がウンチク集に載っていたな。
『維新は一時の遊戯であり、王権の復古は七十年で終わった。一九四九年の冬記す』と。
徳川は二百六十年の泰平の世をきずいたが、それを倒した薩長政権はわずか七十余年で日本を滅亡寸前まで追いこんだ。
ということは、ここが分水嶺なのかもしれない。
日本人同士が殺し合う戦を起こさず、上手にソフトランディングさせるための。
薩長&朝廷主導の近代化で、日本がまちがった道に進まないようにするための。
不幸な戦争に突っこんでいく愚かな政府を作らせないための……。
今回は時節柄こんな感じになっちゃったけど……内容がちょっときわどいかのう (;゜Д゜)




