表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/188

172 仮御所

遅くなってすいません。


あれからいろいろありまして、一度お祓いに行ったものの、いまだに不可解な現象が続いております。


江戸散策中に、どこかで何かマズイものを拾ってしまったんでしょうか?

(寺とか牢屋敷とか晒し場とか刑場とか……ヤバい所ばっか行ってるし (◎_◎;) )




 近衛邸の角まで進むと、小路をはさんだ東側に仮御所の桂宮邸正門が見えてきた。



『桂宮』――便宜上そう呼んではいるが、この家は何度か家名が変わっている。


 ここの初代は後陽成天皇の同母弟・智仁親王で、そのころは『八条宮』と称していたが、六代のときに『常磐井ときわい宮』と改称し、つぎの七代で『京極宮』に変わり、十代目以降『桂宮』になった。


 たび重なる改称の理由は、この家系は代々なぜか継嗣にめぐまれないことが多く、その都度、皇室からの養子が新たな宮号をたまわって継承した結果、家名がコロコロ変わることになったらしい。


 しかし、半世紀ほど前に新家名になった桂宮家は、十代・十一代を継いだふたりの皇子がいずれも幼くして亡くなり、天保七年から現在まで約二十年間、当主不在の状態がつづいている。


 そんなわけで、昨年禁裏御所が焼失したあと、空屋敷(あきやしき)になっていたこの邸を仮の御座所にしたようだ。



 

 今出川御門につづく小路を横断し、長塀の中央に建つ四脚門に向かう。


 仮御所の正門を入ると中はひろい空地になっていて、ななめ前方には牛車がそのまま横づけできるよう設計された立派な車寄せが建っていた。 


 牛車を使わず歩いてきた俺たちは、そのまま優美な唐破風屋根の下をくぐり式台へ上がる。



 昇殿した俺とナリさん、アニキの三人は玄関内で供と別れ、中庭に面した廊下を通り、襖に雁の絵が描かれた部屋に案内された。


 見ると、そこにはすでに先客が。



「おお、筒井か。久しいのう」


 そう声をかけると、束帯姿の老人――大目付・筒井政憲は目礼をして、スッと下座に移動した。


「ごぶさたいたしております。長崎以来でございますな」 


「その節は世話になったな。こたびもよろしく頼む」


 俺はゆずられた席に座りながら、周囲に視線を走らせる。


 室内にいるのは俺たち四人だけ。

 だが、ここはいわば敵地。(あし)原を散策するかわゆい雁が描かれた襖の向こうでは、いまもだれかが聞き耳を立てているかもしれない。


 そこで、黙ったままそっと手まねきをすると、筒井はさりげなく膝行し、俺の横に座り直した。

 

 中啓で口元を隠し、昨日近衛から聞いた水戸によるネガティブキャンペーンについて詳細に報告(チクる)


 この話は大野から筒井や京都所司代の脇坂に報告が行っているはずだが、伝聞では正確に伝わらないこともあるだろうし、微妙なニュアンスは直接聞いた本人にしかわからない。



「……というわけだ。よって、こたびの拝謁では、陪席する関白から異国との条約についてなにか横やりを入れられるかもしれぬ。また彼奴(きゃつ)は水戸の縁者。水戸老公の代弁者として、異人ぎらいの主上の御意向と称し、攘夷決行を迫ってくるおそれもある」


「違約攘夷ですか? たしかに主上を盾に、それをもとめられると厄介ですな」


 憂鬱そうに嘆息する筒井。


 官僚歴の長い筒井には今後の展開が容易に予測できるようで、眉間にシワを寄せて考えこむ。


「さよう。主上の御前で攘夷を約束させられてしまったら、これまでみなで取り組んできた外交努力がすべて水泡に帰す。そこで――」


 いっそう声をひそめ、今後のプランを伝える。



 今回の拝謁では、水戸の息がかかった関白たちがおそらく『攘夷』というキーワードを駆使して、こちらを追い詰めようと待ちかまえているはずだ。


 それに対抗する俺の想定問答は、一歩まちがえると改易を喰らう恐れもある過激な内容なので、今回のやりとりであとあと譴責されないよう、事前に大目付の了承を取りつけておきたいのだ。



「会津は立藩以来公方さまに対し、絶対の忠誠を誓っている。拝謁の場でわたしが申すことは、ご公儀が窮地におちいらぬよう、朝廷の無理難題をはねつけるためのいわば方便。多少行きすぎた発言があるやもしれぬが、それはけっして本心からのものではござらぬゆえ、できればお目こぼし願いたい」


 シワに埋もれた怜悧な瞳を見すえ、ガッツリ念を押すと、


「それがしは長崎にて、肥後守さまがこの邦のため、命がけで交渉なさるお姿を目の当たりにいたしました。侯が二心なきことはじゅうぶん承知しておりますゆえ、なさりたいようになさいませ」


 鷹揚にほほえみつつ、頼もしく請けあう大目付。


 筒井は昌平黌を出たあと、目付・長崎奉行・南町奉行・大目付というエリートコースを順調に歩んできた男。

 その一方で、千石の大身旗本ながらよく下情に通じ、状況に応じて臨機応変な判断ができる柔軟さをもつ有能な行政官。


 今回の監察官が筒井だったのは、俺にとってはラッキー…………いや、それとも、サダっちが俺の行動を見越して、あえてそういう人物をお目つけ役に任命したのかもしれない。

  

「では、よしなに」


「あのたそがれの少将(松平定信)でさえ手こずった朝廷との駆け引き。ここはひとつ、韋駄天中将のお手並み拝見とまいりましょうか」


 老人の意味深な激励に、俺は頬を引きつらせてうなずいた。





 ちょうど筒井との打ち合わせが済んだころ、


「(主上の)ご機嫌うるわしゅうございますれば、拝謁をお許しになられるとのこと」


 廊下側から、声がかかった。


「相わかった」 


 筒井がそう答えると、雁の襖が左右にスライドし、中庭のまばゆい光が室内に流れこんできた。


 俺たち四人は、案内役の武家伝奏の後につづいて長い透廊を進み、広大な南庭を望む殿舎に移動した。



 桂宮邸の建坪は、延べ千三百坪以上。

 屋敷の大部分は、弘化年間に桂宮家の添屋敷『石薬師屋敷』から移築されたもので、そのとき御常御殿等いくつかの棟が新たに増築されたという。


 今回俺たちが通されたのは、公式の対面に使われる御中書院。


 御中書院は三室で構成されており、上座である一之間にはすでに帝が着座していた。


 二之間には束帯姿の公家たちが居並び、幕府側の使者は下座の三之間に座るよう指示される。


 指定された場所について、とりあえず平伏。


 その後、ゆるゆる顔を上げると、八メートルほど向こうにいる帝と目が合った。


 至尊の存在である帝との対面。


 おそらく御簾ごしなのかと思っていたら、意外にも最初から御簾は巻き上げられ、一段高い座敷にいる帝――後世『孝明』と諡号されるであろう青年の姿は、三之間からもバッチリ見えた。



 今上は仁孝天皇の第四皇子で、(いみな)統仁おさひと

 弘化三年(1846)、十六歳で践祚し、今年在位九年目。

 そして……大の異人ぎらい!


 ――というウンチク情報が脳裏をかすめる。



 ところが、そのウンチク集に載っていた肖像画と、目の前の人物はかなり印象がちがう。


 ウンチク集のほうは骨太そうなガッチリ体形だったが、実際の帝は色白で線の細い中性タイプ。

 

 これについては、明治天皇すり替え説などで、

「ガッチリの絵は孝明帝と明治天皇に血縁のないことがバレないよう、明治天皇をベースにして孝明さんの肖像画を捏造したんだ!」

「本当の孝明帝は泉涌寺にある絵のような華奢な御方だった!」などと言われているが、真相はよくわからない。



 そんなことをボーっと考えつつ、今日のタテマエ上の奏上(セリフ)――禁裏御所再建の進捗状況と、欧米五か国プラス清国との条約勅許に対するお礼を機械的に述べる。


 御所再建は、塩大福(阿部正弘)総奉行(最高責任者)になっているが、その上司である俺が、やつに代わってそれを報告するという口実で今回の拝謁を申請したのだ。


 また、条約勅許については、アメリカ・オランダは去年、ロシア・イギリス・フランス・清のものは帰国後にOKをもらったので、外交責任者としていちおう謝意を伝えておかなければならないらしい。


 既定の言上が終わると、書院内がシンと静まり返った。 



(……来る……)



 第六感がそう告げた直後、


「肥後守、あんさんに聞きたいことがあるのやが」


 二之間の最上位に座るジイサンが、張りのあるバリトンで沈黙を破った。


 七十ちかい老人とは思えぬ眼力。

 おそらく、こいつが関白の鷹司なのだろう。


「ある筋から、あんさんが異人と通じとるいう報告があってな。それがもしほんまならエライことや。ええ機会やから、一度あんさんの口からことの次第を聞いておきとうてな」 

 

「わたくしが異人と?」



 ―― ピピーッ ――



 心の中で、試合開始のホィッスルが鳴った。



(やはり、そうきたか)


 去年の園遊会で、水戸のジジイは、俺が夷狄に内通し、密約を交わしていると主張していた。

 だとすると、水戸から偏見まみれの報告を受けている鷹司も、当然同じ論調になるはずだ。



「はて、なんのことやら?」


 不敵な笑みであおると、ジイサンのいかつい顔が朱に染まる。


「とぼけてもムダや! 昨年末、露国の黒船が天保山沖でぎょうさん大砲打ったんは、あんさんが指示してやらせたんやろ! それで大坂城代は天保山をけずって、砲台をこしらえたんや!」


(げげっ!)


 背後の筒井がわずかに身じろいだ。


「ロシア……黒船……大砲……」


 たしかに去年、今後の朝廷対策としてプチャーチンに大坂湾で空砲を打ってもらって帝をビビらせようとたくらんだけど……筒井ら三人には作戦の片棒をかつがせて……。


 悪意に満ちた色眼鏡が、はからずも真実を看破っ!



「な、なにを……根拠に?」


 おちつけ、おちつくんだ。テンパったら、敵の思うつぼだ!


「根拠? そないにあわててるんがなによりの証拠や!」


「やくたいもない。あまりのバカバカしさに肝をつぶしただけでございます」


 あるだけの虚勢をかきあつめて、カラリと笑い飛ばす。


「あの()()は日露条約締結記念に対する祝砲。大坂湾でそれをおこなったは、都におわす御上への敬意を表するもの。威嚇射撃でも示威行動でもございませぬ」


「汚らわしい異人どもと気脈を通じる国賊が! そうではないと申すなら、この場にて攘夷決行を誓いなはれ!」


 水戸思想に洗脳された鷹司は、公家の仮面を脱ぎ捨てた。



(よっしゃー!)


 想定内の弾劾に、俺は内心ガッツポーズ。


「汚らわしい? ではおうかがいいたしますが、この邦の民のすべてが清廉だとでも? 廉潔であるはずの和人の中には、わずかな金品や嫉妬のために、主や親兄弟を害する者もおりまする。それに対しロシアのプチャーチン提督は、昨年末の東海大地震の折、自艦もはげしく損傷しているにもかかわらず、津波にさらわれた下田の民をみずからの危険もかえりみず救助いたしました。人種や生活習慣が違うというだけで、単純にどちらか一方が優れ、他方が劣っていると言えるものではございませぬ」

 


 プチャーチンが日本人を救助してくれたというのは実話。

 プーはたまたま寄港していた下田で東海地震に遭遇し、大津波にさらわれた日本人たちを半壊した船で救助してくれたのだ。


 幕府の役人たちは、震災時におけるこの人道的行為と、傍若無人なペリーとは違い、相手国のルールを順守して外交交渉を長崎で待ちつづけたロシア使節団の紳士的態度に好意を抱いた。


 だから、ディアナ号が駿河湾で沈没してしまうと、プーたちを無事に帰国させるため、巨額の代船建造費用を捻出し、伊豆戸田村で西洋式帆船を造ってあげたのだ。



 しかし、

 

「ふん、異人の肩を持ちおって! 夷狄の走狗め!」


 そんな友好秘話を鼻で笑う関白殿下。


「「「鷹司はん、さすがにそれは言いすぎやて……」」」


 ジジイの挑発的な物言いに、青ざめる公家たち。 


 どうやら鷹司は、帝の前で俺を激高させて失言を誘い、そこを突破口に幕府側から攘夷の言質を取るつもりらしい。


 だが、そうはいくか!


 ……じゃあ、そろそろ反撃開始といきますか?



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ