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171 赤絵


 ―― 翌早朝 ――

 

 今日は仮御所での拝謁日。


 とはいえ、そのまえに近衛の屋敷に寄り、参内用装束――束帯に着替えてから御所に入ることになっているため、今日も近衛邸めざして出発。



 帝室の藩屏たる公家は、そのほとんどが禁裏御所の周りに住んでいる。


 だから公家は自宅でTPOに合った装束を身につけて参内できるが、御所ちかくに屋敷を持たない幕府からの使者はそうもいかない。


 では、俺らのようなビジターさんはどうするのかというと、中立売御門内にある施薬院の屋敷を借りて衣を改めることになっている。


 これは慶長元和のころ、家康・秀忠が参内するときには施薬院の邸で着替えていたことに由来する慣例なのだが、施薬院は昨年の大火で焼失し、禁裏御所とともに目下再建中。

 そこで俺とナリさんは、前もって近衛の屋敷を更衣所として使わせてほしいとお願いしておいたのだ。




 昨日と同じ道をたどり、近衛の屋敷を再訪。


 しかし、昨日といっしょなのは寝殿まで。

 今日は広縁を逆まわりに進み、大書院裏手の建物――東西に別々の中庭をのぞむ小御殿に案内された。


 近衛の家臣が、外側の舞良戸を開け、俺たち一行を中に招じ入れる。



 ――と、



「おはようございます。薩摩守、金之助さま、本日はよろしくお願いいたします」


 室内から湧いた美声に、片足を宙に浮かせたまま固まる俺。


「ど、どど、どうして、ここに?」


 想像もしなかった人物の登場に、脳内は一瞬でブリーチ。 

 

「おや、お聞きおよびではなかったのですか?」


 男はムダにエア金粉をまき散らしながらニコニコ。


「その儀、昨晩は殿が夕餉も召しあがらずにお休みになられたため、ご報告いたしておりませぬ」


 俺に代わって、背後からサトリ妖怪が回答。


 たしかに、昨日は屋敷に帰るやいなや布団に押しこまれ、ついそのまま朝まで爆睡しちゃったけど……。


「そうでしたか……じつは、昨夕、大野がわが屋敷にまいり、明日はぜひ近衛邸からごいっしょにと頼まれたのです。こちらとしても、以前から懇意にしていた公家の屋敷が昨年の大火で焼け、着替え場所のアテがなくて困っていたので、本当に助かりました」


 マネキン状態で立つ男は、束帯を着付けられながらタネあかし。


「……いえ、わたくしが驚いているのは、なにゆえ、犬千代さまが京におられるか、ということにございます」


 

「若殿さまは、公方さまより肥後守さまの補佐役として老中格に任じられ、昨日は大目付さまとともに入京、本日はお二方の拝謁に同座なさいます」


 お着替え中の主君(前田慶泰)に代わって、従兄の側近がそう答える。


「ろ、老中格!?」


 その解説に思考はさらに混乱。


 外様の、しかもいまだ世子のアニキが老中格!?


 俺の大政参与といい、池田・浅野両外様の若年寄抜擢といい、島津の海防参与といい、あいつ(家定)、お気軽にポスト与えすぎだろ! 



 思いがけない人事発令に魂を飛ばしていると、


「殿、なにをボケーっとなさっておられるのですか! 早くお仕度を!」


 やる気マンマンの般若に、ものすごい勢いで着衣をはぎ取られる。


 あっという間に下着姿に剝かれ、ひとえと紅白二種類の袴、平絹のあこめ下襲したがさね一尺ほどの長いシッポ()など、クソ暑い夏場にもかかわらず、つぎつぎに装着させられていく。

 

 ちなみに、俺たちの着付けは家臣ではなく、近衛が手配してくれたおおぜいのスタッフがおこなっている。

 なんでも、京都には装束の着付けを家職にしている家が数軒あるらしく、今日は専門職の人たちが応援に来てくれたそうだ。

(応援といっても、当然無償ではない)


 最後に夏用の薄い闕腋袍けってきほう(袖から下の脇部分が縫いあわされていない上衣)を着、石の飾りがついた革ベルト、巻纓(かんえい)という武官用の冠を乗せられて完成。



「よし、これなら……くっくっく……いまに見ておれ、水戸の腐れ外道どもめ!」


 束帯姿の俺を見、ひとりほくそ笑む大野。

 その殺気オーラに当てられ、居合わせた全員ガクブル状態。



「さぁ、みなさまお仕度がととのったようですので、出立いたしましょう!」


 やけにゴキゲンな公用人に急かされ、俺たちはしずしずと移動を開始した。

 




 供のものたちも、それぞれの身分に応じ布衣や素襖等に着替えて、屋敷を出発。



 履きなれない束帯用の革ブーツを踏みしめ、ゆっくりと四脚門をくぐる。



 往来に出たとたん、



「「「 ☆☆☆!!! ☆☆☆!!! 」」」


 

 湧きおこる大歓声。

  

 門外にひしめく大群衆と、そこから放たれる異様な熱気。


「「「なんという美しさ!!!」」」


「神か仏か、ありがたや、ありがたや」


「まるで光の君や!」


「いや、在原業平ありわらのなりひらや!」


「「「まこと眼福 ♡ 眼福 ♡」」」



 ひれ伏すじいさん、拝むばあさん、失神するネーチャン、目を見開いて呆けるオッサン……まさにカオスそのもの。



「こ、これはいったい……?」


 すさまじい圧に息も絶え絶えにつぶやくと、


「これこそが、水戸に抗する秘策にございまする」


 してやったりなドヤ顔般若。


「秘策?」


「はい。以前『都名所図会』を見た折、元日に参内する公家を都人らが見物しているさまが描かれておりました。ゆえに、江戸一の美男が近衛邸より参内すると知れば、見物人が多数集まると思い、あれから薩摩・加賀両京都留守居役の協力のもと、情報を流したのでございます」



 ―― ! ――



「つまり……世論操作か!?」


「さようにごさいます」


 なるほど。俺たち会津は上方に藩邸すら持たず、知己・縁者もいない。

 その会津が、朝廷に太いパイプを持つ水戸に対抗するとしたら、民衆を味方につけるしかない。


 そう、去年神奈川宿ではじめて以来、ずっとノウハウを積みあげてきた民心掌握術(アレ)を使って!



「京は美しきものを好む土地柄。殿と前田さま、美々しいおふたりの束帯姿は町衆の心につよく印象づけられます。また、殿が身分を超えて気さくにふるまわれれば、みな会津侯を好意的な目で見るようになるでしょう」


 そうか……アニキを近衛邸に誘ったのは、俺ひとりより、そっくりな美形ふたりのほうがインパクトがデカくなるからか!?


「さすが冬馬じゃっ!」


「なんの。これはまだ序の口」


「序の口!?」


 なに、対抗策はイケメンパレードだけじゃないのか!?


「殿に対する好感度が上がりましたら、つぎは紙媒体を使って攻勢に転じるのです」


「紙媒体、とな?」

 

「はい。まずは本日の束帯姿を錦絵にして売り出し、その後は草双紙(くさぞうし)にて水戸を悪役とした物語を流布させるのでございます」



「さよう! そのうえ、容保殿と御一の純愛物語なのじゃぞ!」


 突如、横あいから割りこんでくる義父オヤジ



 ちなみに、草双紙とは、庶民向けの娯楽小説誌のことで、大きさは縦18cm・横13cmくらい。五丁(10ページ)を最小単位とする挿絵入りの冊子。


 この草双紙の絵師には、近藤清春・奥村政信といった名のある浮世絵師がかかわったり、小説のほうでは恋川春町・山東京伝・十辺舎一九・式亭三馬・曲亭馬琴・柳亭種彦など、有名作家がストーリーを担当することもあるなかなか侮れない出版物…………って、ちょっと待ったー!!!


 

 俺とネーチャンの純愛物語!?


 俺たちは完全な政略結婚……てか、あんたに一方的に押しつけられた強制婚だろうが!



「しかし、容保殿はよき臣をお持ちじゃのう」


 ジト目の婿などなんのその。義理パパは信頼感のこもったまなざしで、傍らの能面武士を見やる。 


「この者は、長年御一が心ない中傷を浴びていることを憂い、この機にそれを解消する奇策を思いついたそうな」


「奇策?」


「むふふふ、つまりな、そなたと御一の恋愛譚を美しい挿絵入りの黄表紙にして大々的に発売するのじゃ。その話が浸透いたせば、今後『妖奇妃』などというふざけたウワサは、世人の口の端にのぼることはないであろう」


「はぁ!?」


 絶句する俺の前で、オッサンはひとりご満悦。


 ちなみに、黄表紙は草双紙の一種。

 今風にいえば挿絵がいっぱい入ったラノベ……いや、マンガもどきか?



「話の筋はな、悪しき疱瘡神・ミト爺に呪いをかけられた美姫をめぐって七人の貴公子が求愛するのじゃ。六人は与えられた課題を果たせずに命を落とし、ただひとり、薬師如来の加護をもつ葵中将――容保殿のことじゃぞ!――のみが難題をこなし、祝言を挙げる。真実の愛により解呪された姫は、葵中将とともに悪の権化ミト爺を成敗し、ふたりはいく久しく幸せに暮らすという恋あり冒険あり勧善懲悪ありのワクワクドキドキの物語だとか」


「……ミト爺……」


 いつかどこかで聞いたことがあるような……。 


 それに、なんなんだよ、そのかぐや姫風・逆水戸黄門物語はーっ!?


「さらに、これと関連して、奥方さまの姿絵を赤絵として売り出してはどうかと」



『赤絵』というのは、赤一色で刷られた版画のことで、またの名を『疱瘡絵』とも。


 疱瘡神は、なぜか犬や赤い色が苦手と信じられており、まだ種痘も一般化しておらず、有効な治療法もないこの時代には、『疱瘡神除け』として犬張り子や赤い布、赤絵を飾って疱瘡予防、または患者の近くに置いて、病平癒を祈ったりするのだ。



「ふむ、奥は疱瘡を克服した身ゆえ、ある意味説得力はあるな」


 本人もアバタ面を隠さずスッピンで通学しているくらいだから、かなり宣伝効果はあるだろう。


「なれば、奥を神功皇后じんぐうこうごう風コスプレで描き、三田の諏方社にて発売いたそう!」


 恋愛うんぬんの疑問は頭からふっ飛び、もうかりそうなネタにガッツリ食らいつくかわゆいボク。



 ところで、神功皇后とは、いま(安政二年)から千八百年ほど前にいたという女性。

 仲哀天皇の皇后だったジングーさんは、夫とともに熊襲征伐や、渡海して新羅・百済・高麗も服属させた(三韓征伐)とかで、女の身ながら勇ましい戦装束で描かれることが多い。

 悪い疫病神をやっつけるキャラとしては最適だ。


 

「神功皇后といえば鯛。鯛をかたどった菓子や鯛型の人形なども同時に売り出してはいかがでしょうか?」


「それはよい!」


 なんでもジングーさんが熊襲征伐に向かったとき、船上で食事をしていたら、やたら鯛が集まってきて豊漁だったというエピソードがあるらしい。


 鯛型の菓子か。

 そういえば、大坂で鯛型のアメちゃんを……。



「そうじゃ! 疱瘡と申せば、緒方の除痘館! 道修町界隈ならばニーズも多いはず。帰府前に大坂に赴き、赤絵と草双紙の委託販売について交渉いたせ!」


「はっ!」



 それにしても、大衆が好むざまぁテンプレ(勧善懲悪物)を利用して、会津を善玉、水戸を悪玉とし、民衆を味方につけて現状打破をくわだてるとは!


 今回の件では、水戸側は実名でウソの情報を流したが、こちらははじめからフィクション。

 あとあと問題になっても、「ただのお話ですが、それがなにか?」で、すっとぼけることもできる。


 なんという狡猾さ!


 しかも、それによって赤絵やラノベ、うまくすれば菓子・グッズでウッハウハでガッポガポつきの仕返し!


 そして、いつのまにかナリさんまで手なずけて……。


 さすが、会津一の智謀!


 大野冬馬、最高っ!




「ささ、殿、みなに笑顔を」


 その謀臣が俺をうながす。



「みな、息災か~? 体をいとえよ~ ♡」



 ニッコリ笑って手を振れば、千年の都に黄色い絶叫が響きわたった。



※ ミト爺……ナウ●カに出てくるアレではありません。あっちは忠臣、こっちは悪の権化でございます。

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