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170 笑破

インフルエンザになってしまって、投稿が予定より遅れてしまいました。

すいません。


そして、分割した残りの部分なので、ちょっと短いです。

またまたすいません。




「お待ちくだされ! それがしもその時その場に居合わせましたが、押込は老公が公方さまを侮辱したため! また、その仕置きはご嫡男の水戸中納言ご自身が決められたもの! この件に肥後守は一切関与しておりませぬ!」 


 生ける屍状態の俺に代わって、ナリさんが声をあげる。


「薩州さんがそう言わはるなら、うちは信じますが……」


 近衛はそう言ってくれたが、たとえこのあと近衛が訂正してまわっても、一度定着してしまったイメージを完全に払拭するのは容易ではないだろう。


「で、では、一條さまと九條さまは? 五摂家のうち三家が賛成してくだされば、入内は――」


「ムリですやろな」


 必死の形相で食い下がる薩摩守を、近衛はにべもなく一蹴。


「まず九條さんは、今上さんに姫さんを入内させてはる。もし姫さんに男児がお生まれになったら、その御子が日嗣(ひつぎ)の皇子にならはるのはまちがいあらへん。せやけど、現時点で兄宮さんに有力な後ろ盾ができてしもたら、すべてわや(台無し)や。九條さんとしては、賛成どころか妨害したいくらいでっしゃろ」


「な、ならば、一條さまは!?」


「一條さんとこには、資宮さんとちょうど御歳がつりあう姫さんがいてる。当然反対しますやろ」


 そういえば、明治天皇の皇后・昭憲しょうけん皇太后は一條家の出身!

 姫というのがその子だとすると、女御(正妃)最有力候補を擁する一條が、俺たちに協力するわけがない。



 鷹司・二條・九條・一條――近衛以外の四摂家が入内に反対!


 上洛の主目的だった会津救済プランは、京都滞在二日目にして早くも爆砕!!


 

「……義父上……」


「……容保殿……」



 近衛は、押し黙る俺たちをしばらく眺めていたが、ふいに、


「そんなことより、明日の心配をしたほうがええんとちがいますやろか? 主上との拝謁には、関白の鷹司さんも陪席なさいます。当然、主上の御前で会津さんをたたき潰そうと手ぐすね引いて待ちかまえてるはずや。なんや、えらいややこしいことになりそな気がするわ」


「「!!!」」



 その瞬間、かろうじて保っていた俺の心は、根元からボッキリ折れた。




「……君……こ君……婿君!」


 執拗に呼びかける人声にわれに返る。

 

「殿! どげんなさいもした!?」


 別の声が同じように誰かを呼ぶ。


 声のするほうに目をやれば、うつろな表情で馬にまたがるオッサンと、その轡を押さえ、懸命に声をかける家来らしき男が。


「「おふたい(二人)ともどげんなされたのじゃ!?」」


 しだいに大きくなる周囲の喧噪に、ボーっとしていた意識がだんだんクリアになってくる。



 よく見ると、そこは朝出発した薩摩屋敷の門前。



 

「殿!?」


 聞きなれた低音が耳朶を打つ。 


「……冬……馬?」


 つぶやくと同時に、全身からフッと力が抜け、そのまま体が大きく傾いた。


「殿っ!」

 

 間一髪で主君を抱きとめた男は、


「誰か手を貸せ! ほかの者は寝床の支度を!」


 その指令に、かつての部下たちが脊髄反射で行動しはじめる。


「浅田、いったいなにがあった!?」


「じつは、それがしにもよく……。近衛さまのご家来に呼ばれ、大書院のほうにお迎えにあがりましたら、おふたりともすでにこのような状態で……」


 俺をはさんだ両側で交わされる状況確認。


 すぐ横を脱力しきったナリさんが同じように支えられながら運ばれていく。


「殿、会津公用方、全員無事到着しております。みなで殿をお助けいたしますゆえ、どうかお心を安んじられませ」


 至近から聞こえるなつかしい声音に、涙腺が一気に決壊。


「(グスッ)冬馬! 押込というのは外部との通信が可能なのか? であるならば、ずいぶんと手ぬるい仕置きではないか!」


「「は?」」


 あてがわれた部屋に到着するまで、ボロ泣きしながら近衛から聞いた都の現況を訴える。



 部屋に着くと、手早く着衣を脱がされ、敷いてあった布団に強制的に寝かされる。 



「「……お話はわかりました」」


 褥の左右に座った新旧ふたりの小姓頭が大きくため息をつく。


「押込は、行状悪しき主君を重臣らが座敷牢等へ監禁いたすもの。当然、外部との文のやりとりなどできようはずもございませぬ。しかも、こたびは公方さまへの非礼に対しおこなわれた仕置き。もし、老公自ら通信をおこなっていたとすれば、水戸は公方さまを(あなど)り、形ばかりの処罰をしていることとなりましょう」


 大野の言葉に大きくうなずいた浅田は、


「このことは帰府しだい、公方さまに言上なさるべきかと」


 速攻チクれってことか?

 まかせろ!


 

「また、これが老公ご本人ではなく、ほかの者がやっていた場合でも、罪が減じるわけではございませぬ。

 問題なのは、いくら親戚筋とはいえ、関白・摂家・世襲親王家といった都の実力者に、偽りの情報を流していた事実。これは解釈のしようによっては、殿を重用なさっている公方さまを(おとし)め、水戸の正当性をじかに朝廷に働きかけたと断じられてもいたしかたなきふるまい。この儀、ただちに大目付および所司代に伝えるべきでしょう」



 た、たしかに!


 さっきは、知らないところで根も葉もない悪評をばらまかれたショックで思考停止してたけど、これってよくよく考えてみれば、相当ヤバい事態。


 なぜかといえば、会津侯()は幕府のナンバーツー。


 俺をディスるってことは、そんな人物を抜擢した家定を間接的に批判しているのも同然。

 それを朝廷内で拡散するなんて、水戸が朝廷の権威を背景にして、徳川本家を追い落とそうとしていると疑われかねない行為だ。



(近衛さん、すでにややこしいことになっちゃってるよー!)



「では、大野殿、大目付さまがたへの報告、よろしくお願いいたします」


 布団の横で俺の手をナデナデしていた浅田が軽く会釈。


「ああ、明日の参内で殿が不利にならぬよう、本日中にクギを刺しておかねばな」


 やはり反対の手をナデナデしながらうなずく大野。



 ……どうでもいいが、このナデナデにはどういう意味があるんだ?


 会津藩では、小姓頭はなにかあったら殿さまの手をナデナデしろという掟でもあるのか?



「ふむ、そういえば、大目付の筒井はどうした? ともに上洛したのであろう?」 

 と言いつつ、さりげなくニイチャンたちの剣ダコでゴツゴツした手から、俺の白いスベスベの手を抜き取る。


「筒井さまがたとは三条大橋で別れました。これから所司代に向かわれるとおおせでしたので、ちょうどよろしゅうございます」


 秀麗な顔にうかぶ真っ黒な笑み。


「ふん、水戸め、よくもわが殿に……いずれ地獄を…………ふっふっふ……はっはっはっは!」


「……冬馬……?」

「……大野殿……?」


 

 悪意にみちた風評と近衛の不吉な予言で粉々になっていた俺のメンタルは、忠臣のどす黒い笑罵とともに一気に浮上したのだった。




1/31 摂関家の姓表示につき、五反田猫さまから貴重なご助言をいただきました。

五反田猫さま、いつもありがとうございます。



ナデナデの謎……大野は容さんが五歳のときに、浅田は十歳のときに出仕しているので、何歳になっても容さんはかわゆい庇護対象で、主君がひどく弱っていると、ついついこのように手が出てしまうのです。


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