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169 右大臣 近衛忠熙

……岩槻は生まれてこの方、武蔵国以外で暮らしたことがありません。


なので、今回の話を読んで、「こんなん京言葉やおへん!」と思われたネイティブな読者さま!

ぜひ、添削指導をお願いいたします!!!



 近衛邸は御所の北。

 今出川御門をはさんだその東隣には、明日訪う桂宮邸――仮御所がある。


 安政二年五月現在、帝は臨時の御所である桂宮邸に仮住まい中だ。



 嘉永七年四月六日、仙洞御所内で発生した火災は、東南からの強風にあおられて燃え広がり、仙洞御所、禁裏御所、一條邸など京都の主要施設を焼きつくした。


 この大火は翌朝まで燃えつづけ、町数にして百九十、五千四百余の家屋が焼失した。


 昨年十一月末、元号が嘉永から安政に改められたのは、ペリー来航・数度の大地震という凶事によるものだが、最大の改元理由はこの御所炎上だったのだ。




 蛤御門から内郭に入った俺たちは、再建中の御所を右に見ながら北に進んだ。


 いわれてみれば、御所だけではなく、左側の屋敷街も軒並み建設ラッシュ。

 おそらく大火で類焼した公家たちの屋敷なのだろう。



 清新な木の香がただよう小路をしばらく行くと、前方に長い築地塀が見えてきた。


「あちらが右大臣さまのお屋敷でごわす」

 

 薩摩の供侍がその高い土塀を指し示す。


 どうやら、近衛さんの家は昨年の大火をまぬがれたらしい。

 


 小路は近衛邸の築地塀でさえぎられ、T字路となる。

 左は乾御門、右奥には屋敷の正門が。


 右折して東進。

 土塀が南に張りだしたところにもうけられている四脚門に向かう。


 四脚門は、門柱の前後に一本ずつ計四本の控柱をもつ格式の高い門で、寺院・屋敷の門としてよく用いられる。



 正門から入場すると、中にはまたひとつ小ぶりな門があり、それをくぐり車寄せの前まで進む。


 そこで下馬し、待機していた近衛の家来に乗馬を託す。



 殿上(侍所)横の木の階段を上り、邸内へ。

 同行した藩士たちは入ってすぐの使者の間で待機するよう指示され、俺とナリさんは奥に案内される。



 両サイドが吹きぬけの渡り廊下――透廊(すきろう)を通って、寝殿外周の広縁に。


 寝殿は、寝殿造り建築の中心部。

 ここは大饗の儀式や歌合わせ等宮廷文化を営む場として使われるらしい。


 飾り金具がついた漆塗りの蔀戸と低い欄干にはさまれた縁側の角を曲がると、パーッと視界が開け、右手に山水の庭があらわれた。



 ここの建物は、敷地の北と西に寄せて建てられている。


 近衛邸で大きな部分を占めるのは東の苑地。

 ここには池を中心としたみごとな池泉庭園が広がっている。

 

 はじめて足を踏み入れた公家屋敷は、江戸城本丸や藩邸などとはちがう独特の造りで、ついついキョロキョロ。


 寝殿をぐるっと半周し、ふたたび透廊を通って隣の建物へ。


 公家屋敷は建物と建物を渡り廊下でつなぐ構造になっているらしい。



「こちらへ」


 案内されたのは大書院とよばれる対面所。

 

 床はすべて板敷で、縁つきの薄い畳――薄縁(うすべり)が敷かれ、そこに座るよううながされる。 



 俺とナリさんが苑池をながめていると、先ぶれの声とともに直衣姿のオッサンがあらわれて、上座についた。


 俺は徳川幕府のナンバーツーだが、官位はオッサンのほうがはるかに上なので、客とはいえ俺とナリさんは下座なのだ。



「ようお越しくだされました」


 鷹揚な口ぶりで歓迎の言葉を述べた男は、黒い立烏帽子をかぶった頭をわずかに下げた。


 歳はナリさんと同じくらい。

 涼しげな薄藍の夏直衣に平絹の指貫を穿()き、手には中啓という扇を持った姿は、まさに公家のイメージそのものだ。



「右大臣さまにはごきげんうるわしゅう。ようやく御目文字がかない、恐悦至極に存じまする」


 横のオヤジが平伏したので、とりあえず俺もそれにならう。


 長年交流がある両家だが、大名はよほどのことがないかぎり都には入れない。

 こうして実際に会うのは、今日がはじめてなのだろう。


「近衛さまには御一のことでずいぶんお世話になりました。あらためて御礼申しあげます」


「なんの。縁組はととのったものの、結局どれひとつ成婚にいたらず、かえって申しわけないことを……(ヘタにうちの息子と縁組させずよかったわい。くわばらくわばら)……」


「…………」


 中啓の陰から漏れ出た微弱音に固まる俺に、


「じつは近衛さまには何度か御一の縁組を取り持ってもらったのだ。なれど、あいにくお相手がみな早世されて……よもや、三度も流れるとは思わなんだわ」と、義父(オヤジ)が説明。


「二度あることは三度あると申しますゆえ」


 近衛がわざとらしい笑顔でなぐさめる。


「いや、三度目の正直に期待していたのですが」


「「なかなか思うようにはいきませぬな、はっはっはっ」」


 盛りあがるオヤジどもの傍らで、どんどん青ざめていく俺。



 幕府の対朝廷政策で、公家は官位のわりにはビンボーだ。

 とはいえ、島津との縁談なら相手はおそらく摂家クラス。

 五摂家の家禄は一番低い鷹司家でも千五百石。

 それなりに裕福だから、栄養失調や医療費を捻出できないほど困窮してはいないはず。


 ……なのに、ネーチャンと婚約した若き公達が三人も立てつづけにポックリ?


 いままでは偶然だと思ってたけど、江戸だけじゃなく、遠く離れた京都にも犠牲者が!


 やっぱ、あいつ、マジでデス●ノート持ってるんじゃ……?





「これなるはわが婿、会津中将・松平肥後守にございます。以後お見知りおきを」


 恐怖心でひとりパニクる俺に、唐突に話をふるオヤジ。


「ひ、肥後にございまする。なにとぞよろしくお願い申しあげます」


 なんとかあいさつの言葉をひねりだし、深々と一礼。


「婿? では、すでに祝言を?」


 オッサンは心底驚いたようで、ググッと身を乗り出す。


「はい、十日ほど前に」


 近衛の問いかけに、ドヤ顔で答える斉彬公。


「なんと十日も前に? それでもまだ生きてはるとは!」


 不吉きわまりない驚嘆にムッとしてにらみ返すと、



(…………?)



 俺に注がれるオッサンのまなざしに違和感を覚える。


 眼前にあるのは、値踏みするような非友好的な視線。



(なぜに?)



 松平容保()が上洛するのは今回がはじめて。

 一方、将軍宣下の勅使・日光例幣使などで公家が関東にくる機会もあるが、摂家ほどの上位貴族が遣わされることはない。

 だから、こいつとは初対面のはずなのに、なぜこんな冷ややかな目を?

 


 静かににらみ合う俺たちのようすを知ってか知らずか、横のオヤジはのんびりした口調で、


「右大臣さま、肥後守は江戸にては、『飛脚よりも速く百里の道を走る韋駄天大名』との異名をもつ身体壮健な若人。これまでの不祝儀の連鎖もようやく断ち切れました」


「ほう、それは重畳」


 含みのあるその物言いに不快感が倍増。


「さらに肥後守は、この若さながら、公方さまじきじきのお声がかりにて大老格の要職につく当代一の英守にございまする」


「公方さまの覚えめでたき若き俊才、ですか」


 意味ありげな微苦笑に心がザワリと波だつ。


「そのうえ、それがしも婿殿の口添えにて、海防参与のお役目を拝命いたしまして」


「外様の薩州さんが参与に?」


 近衛は手にした中啓で口元を隠し、


「ほほほ、一の姫の縁談ではいささか難儀なされたが、最後は大魚を釣り上げましたか」

 

「はい、おかげさまをもちまして」


「しかし、またえらい別嬪さんをもらわれましたなぁ」


 品よく揶揄するおじゃる丸。



(……別嬪……)


 それって、女に対する誉め言葉だろ。



 ……なるほど。これが公家お得意のぶぶ漬け攻撃か。

 表面上はニコニコしながら、腹の中はディスりまくるというアレだな?


 だが、こんなことくらいでキレてたら、即決裂だ。

 今回の上洛の目的は、近衛を味方につけること。 

 ここは耐えがたきを耐え、忍びがたきを……。



「ははは、わたくしは母に瓜ふたつだそうで」


 極上の笑みでかるく流すと、


「さよう。婿殿の母君は、かつて天保三美人のひとりに数えられたほどの美姫。その美女の血筋ならば、きっと玉のように美しい女子が生まれるに相違ありませぬ」


 義父がなぞのフォロー。


「さて、こたびおうかがいしたのは、わが孫姫の縁組周旋についてのお願いにございまする」


 ムダにダベっていたかと思うと、いきなりの本題突入。


「孫姫? 十日前に祝言を挙げたばかりで、もう御子が?」


 強引な話題転換に目をシロクロさせる近衛。


「デキ婚ではございませぬぞ! 許婚として会ったのは、祝言の日がはじめてにございます!」


『ヤダ、不潔!』なジト目に耐えかねて、全力で否定。


 結婚式の前に一度会ったときだって、あいつが薩摩の姫だって知らなかったくらいだし!

 ボク、そんなふしだらな子じゃありません!

 


 懸命に身の潔白を訴える俺の横で、ナリさんは、


「さよう。孫姫はまだ生まれてはおりませぬが、公武一和のため肥後守の子を資宮さまの女御に! なぜならば~」と、例のうさんくさい公武合体論を展開。



 俺以上のムリムリ強弁を聞き終えた近衛は、しばらく考えこんだあと、


「お話はようわかりました。肥後守さんの姫さんをうちの養女にするのは可能ですが……」


 渋面で言いよどむ近衛。


「ですが……入内はかなりむずかしいんとちがいますやろか?」


「「えぇぇっ!?」」


 はからずもハモる義理の親子。


 愕然とする俺たちを、近衛は微妙な表情で見つめ、


「いま朝廷内を牛耳っているのは、関白の鷹司さんや。前帝の時代から三十年以上関白をつとめる鷹司さんに、主上は逆らえまへん。おそらく鷹司さんは、会津の姫さんの入内を認めませんやろ」


「「なにゆえにっ!?」」


 食ってかかる俺たちに、近衛はかなり逡巡したすえに、


「じつは……都では会津さんの評判は最悪でしてなぁ」


「「最悪!?」」



 なんで!?


 一度も来たことがない京都で、どうしてそんなことに!?



 俺の当惑を察したのか、近衛は俺とナリさんを交互に見やり、


「水戸の先代さんは、鷹司さんの義弟なんや」


「義弟?」


「ぐぬぬぬぬぬー!!!」


 唖然とする俺の横で、手負いの獣めいた咆哮が湧きあがる。


「鷹司さまの北の方は、水戸の姫であったか!」


「水戸の!?」


 思わぬところで仇敵の名が挙がり、頭が真っ白になる。



「それだけやおへん。二條さんとこはおたたさん(母親)が水戸の姫。つまり、二條さんは老公の甥や」


「二條さまも!?」


 フリーズする俺たちに、近衛は、


「それにな、有栖川さんのとこは、老公、現中納言(徳川慶篤)さん、二代つづけて有栖川の姫さんをもろうてはる。有栖川さんはじめ鷹司さん・二條さんは、ずっと前から水戸さんの文で江戸の情報を入手してはった。この三家が中心になって、会津さんの悪口をあちこちで触れまわってるのや」


 能面のような表情でトドメを刺す。



「わ……悪口……とは?」


 かろうじて絞りだした声はひどくかすれていた。


「去年、前の黄門(中納言)さんが押込になったんは肥後守にまんまとハメられたからや、会津さんはお歳のわりにはしたたかで、将軍さんもその色香の虜、会津中将のお腹の中は備長炭より真っ黒な『よろずにきわどき人』やて、ほうぼうで言われとります」


「色香……腹黒……きわどい……」



 ちなみに、『黄門』は時代劇のあのひとのニックネームではなく、『中納言』の中国風呼称。

 水戸徳川家では幕末までに七人の当主が中納言になったので、神セブンならぬ黄門セブンということになる。



「ぐぁぁーーー!!!」


 再度湧きあがる絶叫。


「そうだっ!」


「どうなさいました、義父上っ!?」


 ただならぬようすに思わず問いかけると、オヤジは血走った目を俺に向け、


「大坂城代の土屋も水戸の血筋! たしか老公とは従兄弟同士だったはず!」


「なんですと!」


 あいつも水戸からあることないこと吹きこまれていたから、あんなによそよそしい態度だったのか!



  ――!!!――


 

 去年ジジイとやり合ったとき、水戸は代々子だくさんで、あちこちに親戚がいそうだから、ペリーとの外交交渉が一段落したら、ジジイの勢力マップみたいなものを作って、今後の対策を考えようと思ってたのに……コロっと忘れてたー!



 実際、今回のコレは、まさに水戸の閨閥によるネガティブキャンペーン!!!



 あのときキッチリ相関関係を把握しておけば、こんなことには……。



 ――思い立ったが吉日――

 ――ころばぬ先の杖――

 ――後悔先に立たず――

 


 脳裏に去来するいくつもの格言。


 先人の言葉の正しさを、俺は悔悟の涙とともに噛みしめた。




1/18 五反田猫さまより、当時の公家の装束についてアドバイスをいただき、近衛の衣装の記述を修正しました。

五反田猫さま、ありがとうございました <(_ _)>



1/18 芳寛さまより、公家の妻の呼称等についてアドバイスをいただきました。

芳寛さま、ありがとうございました。<(_ _)>






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