166 道修町
大坂滞在三日目。
迎えが来たという報せを受けた俺は、あてがわれた部屋を出、家主に外出のあいさつをするため、屋敷の奥に向かった。
本音を言えば、こんなめんどうくさい儀礼はパスして、いますぐにでも出かけたいところだが、他家様に厄介になっている身としてはしかたがない。
とはいえ……、
「わしも行く~! 支度をするゆえ、しばし待て~!」
案の定、額に巻いた紫のハチマキをむしり取り、布団から起き上がる義父。
おとといよりはずいぶん顔色もよくなったものの、いまだに頬はゲッソリ、肌もガサガサ。以前のようなムッチンプリプリつやつやな完全形態にはほど遠い。
ちなみに、このハチマキは病鉢巻と呼ばれる闘病アイテムで、このころは紫根(抗炎症・解毒・解熱の薬効があるといわれる漢方薬)で染めた縮緬のハチマキを、額の左側に結び目を作って巻くと病気が治ると信じられていた。
余談だが、現代で酔っぱらったオッサンがネクタイを頭に巻くのは、この病鉢巻を右結びにして傾いてみせる助六(歌舞伎『助六由縁江戸桜』の登場人物)のマネだという説がある。
閑話休題
「昨日も今日も海防とは無縁の御用にございますれば、義父上がムリをしてまで同道なさる必要はございませぬ。それよりも、明朝は京に向けて出発せねばならぬのですから、本日は屋敷でしずかにお過ごしください」
つめたく拒否りつつ目くばせすると、暴れる斉彬をおさえている近習たちは心得たとばかりに、大きくうなずいてみせる。
「あ、こら、待て、容保殿~!」
オッサンの恨みがましい哀訴を無視して、座敷を抜け出す。
浅田ひとりをしたがえ、すでに勝手知ったる邸内を闊歩し正面玄関へ。
沓脱に置かれた草履を履いて外に出ると、他の近習どもは奉行所から差しまわされた数人の同心たちと打ち解けたようすで歓談中。
「……どうした?」
妙な空気を感じて、家来たちを見やる。
森粂之介ら会津藩士は、手に持ったなにかを凝視したまま固まっている。
「こちらの方に、これをいただきまして……」
よくよく観察してみると、粂ちゃんたちは同心どもに一方的に話しかけられているだけで、決して和気あいあいなムードではない。
シャイで口の重い東北人は、フレンドリーな大坂人の陽キャなノリに全然ついていけないのだろう。
そのフレンドリーなおサムライさんたちは、俺の姿をみとめるとワラワラと集まってきた。
こいつらは初日に会った大坂奉行所与力の部下たちだ。
「肥後守さまもおひとついかがですか?」
くったくのない笑顔で紙袋に入った鯛型のアメを差しだす。
会ってからまだ二日目だというのに、もうすっかりオトモダチあつかいだ。
「なるほど、そういうことか」
会津武士は『什の掟』で、子どものころから『戸外で物を食べてはなりませぬ』と刷りこまれている。
森たちは相手の好意を拒絶することができず、アメをもらったものの、どうしていいかわからず、フリーズしてしまったらしい。
「有平糖か。わたしはアスリートゆえ、甘味はひかえておるのだ。気持ちだけもらっておこう。みな、それをしまえ! 出発するぞ!」
俺がそう命じると、家来たちはアメをあわてて懐紙につつんで袂に収納した。
(大坂人はこのころからアメちゃんを常時携帯しているのか!? てか、大坂のおサムライさん、ユルすぎだろ!?)
心の中で毒づきながら、俺は門前に用意されていた馬に飛び乗った。
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ということで、本日も馬でポクポク。
向かっているのは薩摩屋敷からほど近い道修町。
薬種問屋が多く集まる薬の町として有名なところだ。
なんでも、二百数十年前、堺のある商人がここに薬種屋を開いたのがきっかけで、その後、薬種をあつかう店がつぎつぎにでき、薬種問屋街となったらしい。
その後、暴れん坊吉宗さんから『薬種中買仲間』(株仲間)を結成することをみとめられ、ここで輸入・国産あらゆる薬種の検査・評価をし、値段をつけて全国に流す特権があたえられたため、日本一の薬の町となったそうな。
薬種を積んだ荷車や荷馬がひっきりなしに行きかう往来を、注意ぶかくすすむ。
道の両側には『薬』という看板をかかげる大きな店が建ちならび、あたりにはさまざまな薬のニオイがブレンドされた独特なニオイが漂っている。
しばらく行ったところで、先行していたひとりの同心が左前方に立っているのが見えた。
「こちらが除痘館にございます」
同心が示す先には、『除痘館』という看板がかかる簡素な門がまえの家。
轡をおさえてもらって下馬すると、その門内には数人の男たちが待っていた。
「そなたが緒方か?」
最前列にいるおかっぱヘアのオッサンに声をかける。
俺の問いかけに、緒方洪庵――清水のウンチク集で見た『江戸時代後期の医師・蘭学者。適塾を主宰』という説明文とともに載っていた絵とソックリな中年男――は、
「わたくしが緒方にございます。こたびはわざわざのお運び、恐悦至極に存じまする」
そのまじめそうな風貌に似つかわしい丁寧な礼をする。
「堅苦しいあいさつは不要だ。さっそくだが、中を見せてくれ」
「はい」
おかっぱ先生の後について平屋の建物の中に入る。
中は逆エル字型の広い土間と四畳半ほどの小座敷で、座敷北側の板戸のむこうはすこし広めの板敷きの部屋。
緒方は畳敷きの小あがりを示し、
「こちらは待合にございます。順番を待つ間、こちらで弟子が問診をおこないます」
つぎに土間から上に上がり、薬棚と木製のテーブルがある奥の部屋に俺たちを導き入れると、
「発熱・発疹・衰弱等がない者は、ここで種を植えます」
その後は周囲の器具・薬瓶の中身・手順などについてひと通り説明を受ける。
「ふむ、なかなかに良い設備だな」
薬瓶が並ぶ棚を見まわしてもっともらしく相づちを打つが、医学を学んでいない俺には正直なにがなんだかさっぱりわからない。
「『除痘館』か。私財をなげうち、疱瘡撲滅に尽力するその姿勢、まことに見あげたものだ」
「恐れ入りまする」
高官からの誉め言葉に、オッサンはうれしそうに顔をほころばせて叩頭。
さて、『除痘館』とは、すなわち天然痘予防のため、牛痘を接種させる施設のこと。
このころ天然痘は致死率の高い病として恐れられており、今から六年ほど前、緒方は数人の仲間とともに大坂道修町で、佐賀藩が輸入した種痘をもとに、ジェンナーが発明した牛痘種痘法を施す事業をはじめた。
緒方は種痘普及のため、低料金ときにはタダで接種していたが、種痘の評判が上がるにしたがい、最近はモグリの医者があらわれるようになり、せっかく軌道に乗りつつあった事業が、いいかげんなインチキ業者のせいで行き詰っているらしい。
「ときに、緒方、大事な話があるのだが」と、意味ありげな視線を投げかけると、
「では、こちらに」
緒方はさっき入ってきたのとは別の板戸を開けて、俺たちを奥へと招じ入れた。
渡り廊下の先には別棟があり、俺たち一行は建物奥にある二間つづきの座敷に通された。
床を背にすわると、左手の濡れ縁の先にちいさな庭があり、ピンクのカワラナデシコが固まって咲いているのが見えた。
ほどなく、緒方の弟子らしき若者が、俺と近習たちに茶を供してくれた。
「じつはな、そなたに渡したいものがあるのだ」
取りだした二通の書状を浅田に渡し、次之間にすわるオッサンに取りつがせる。
「これは?」
ふたつの手紙をいぶかしそうにながめるオッサン。
「かつての塾生から、そなたへの文を託されてな」
というのは真っ赤なウソで、これは適塾出身の知人に、俺の紹介状もどきの手紙を書いてもらったのだ。
なにしろ緒方洪庵といえば、全国から入門希望者が殺到する超カリスマ蘭方医。
さすがに京都みたいな『一見さんお断り』はないと思うが、こっちの提案をスムーズに受け入れてもらうための下地づくりだ。
ところが、
「さようでございましたか。なになに……橋本左内と、村田良庵? はて?」
二通目の差出人に首をかしげる洪庵先生。
「ほれ、宇和島の村田だ。以前、適塾の塾頭をしていたそうだ」
「宇和島の村田???」
オッサンはますます困惑。
と、
「先生、長州の村田蔵六殿のことではありませんか?」
お茶を運んできた弟子がささやいた。
「おお、そうか! 蔵六のことか!」
「はい、四代目塾頭の村田殿は、いったんは国に帰り村医となられたものの、おととし宇和島に移られ、蘭学の講義と翻訳をなさっていると聞きました」
「……ちょ、ちょちょしゅ? 村……蔵!?」
―― 長州の村田蔵六 ――
それって…………大村益次郎のことじゃねーかーっ!
あ゛ーーー!
いわれてみれば、あの異様なデコ、ウンチク集にあった肖像画と同じじゃん!
なんで、いまのいままで気づかなかったんだーーーっ!?
「なるほど、そうであったか。良庵などと書いて寄こすゆえ、わからなんだわ」
「なにをおっしゃられます、塾頭の村田といえば、蔵六殿しかおられません」
盆を持ったまま、ちゃっかり座に交ざる弟子。
「言われてみれば、たしかにそうじゃな。で、村田はなんと……」
こっちが修羅場におちいっているとはつゆ知らず、洪庵先生はニコニコ笑いながら封を開き、
「ほう、いまは宇和島ではなく、ご公儀の学問所にて教授をしておるのか」
「さすが村田殿、大したご出世にございますな!」
「「わはははは」」
師弟はなごやかに談笑。
一方、俺は、心臓バクバク&大量発汗でそれどころではない。
「そうですか、村田は侯に西洋式調練を?」
村田の手紙を読んだ緒方は、おだやかに笑いかける。
「西洋……調練?」
手紙を預かったものの、俺は内容については知らされていない。
いきなり振られ、さらに動揺する俺。
「う……うむ」
まさか、あいつ、CRCの練習を西洋式調練とか言ってんのか!?
ミエっぱりめ!
「そうですか。めったに人をほめないあの男が、肥後守さまのことは手放しでほめたたえておりましてな、『侯は他の諸侯とはちがい、口先だけの開明派にはあらず。御自ら銃を手に、足軽雑兵とともに野を駆け、地に伏し、一兵卒になりきって鍛錬に明け暮れている。今後は西洋兵学も伝授いたし、いずれ藩の枠をこえた強力な陸軍を作っていただきたい。自分の知識がその一助となれば、これにまさるよろこびはない』と書いてあります。なにより合理性を重視するあの不愛想な男がこれほど惚れこむとは。まことにおどろきました」
「は……ははは……」
すっかり盛りあがっているオッサンに、
『いえいえ、あのデコ魔人が大ぼらこいてるだけです。ただの陸上練習どぇ~す』
とは言いづらい。
ここは、みんなが誤解しているように、幕府歩兵部隊の軍事調練で押し通し、話を合わせるしかないだろう。
いや、待てよ。
誤解……本当に誤解なのか?
そういえば前々から村田監督の練習メニューは軍隊ぽいとは思っていたが、じつは本当に軍事調練だったんじゃないのか?
だって、監督はのちの大村益次郎。
上野寛永寺に籠った千人の彰義隊をたった半日で壊滅させた軍事の天才だ。
だとすると……?
えぇーーーっ!!!
じゃあ、この一年、陸上練習だと思ってやってきたアレは、いったい……。
「……マジか……」
呆然とする俺の前で、洪庵は二通目の手紙を開く。
「おや、橋本は江戸詰になったのですね」
「う、うむ、よく訪ねてきてくれる」
仲良しアピールをして、さらなる心証アップをこころみる。
駒場野で知り合った橋本は、それ以来頻繁に会津屋敷に出没するようになった。
そのうち俺が午後練習を終えて帰宅したら、まっすぐ大野の役宅に入ると知ってからは、先回りしてそっちで待っているようになりやがった。
「さようですか。橋本も侯を褒めちぎっておりますな。『保守的な気風の奥州太守ながら、進取の気性に富んだまことの名君。連日、奥方さまと机をならべ、熱心にオランダ語を学んでいらっしゃる』 え? 奥方さまがオランダ語を?」
洪庵先生は、女が外国語を勉強していることにおどろいたようだ。
「なにを申す。奥はすでにオランダ語は習得済みだ。いまはわたしの侍読から西洋医学を学んでおる。そういえばここ数日、橋本からも教えを受けておったな」
祝言翌日に押しかけてきたネーチャンは、その日から大野の役宅にまで進出し、そこに入りびたる沢やオジャマ虫橋本(越前藩医)からいろいろ教わっているらしい。
「「女子が西洋医学を!?」」
緒方と弟子はお口アングリ。
「奥は疱瘡にかかったのを機に医学をこころざすようになってな。今秋開所する築地の医学伝習所に入る許可もいただいておる」
こうなってみると、あのときドサクサまぎれにサダっちに頼みこんでおいてよかった~。
じゃあ、トドメにいつものアレを。
「わたしのような門外漢が申すのもなんだが、女子には女子特有の病も多いゆえ、これからは女医を~(うんぬんかんぬん)~ということで、わたしは奥に医学を学ばせておるのだ」と、例の女医推進論をご披露。
「いやはや、肥後守さまのご聡明さ先進性には感服いたしました」
俺の大法螺を聞き終えたおかっぱ先生は、感に堪えぬという面もちでため息をついた。
「そして、医学への深い造詣……わたくしは長年その道に精進してきたつもりでしたが、まだまだ足らぬことばかりだと思い知らされました」
医学への造詣?
お、なんかいい流れ。
じゃあ、このへんで本題に入るとするか。
「なんの。わたしなど医学どころか、まだ満足にオランダ語も話せぬ未熟者だ。なれど、素人ながら気づいたことがあってな、ぜひそなたの力を借りたい」
「わたくしでできることならなんなりと!」
その後の話しあいはサクサクすすみ、緒方は俺の要請をこころよく受諾してくれた。
こうして俺の大坂における目的はすべて完遂したのだった。
次回はいよいよ京都編どすえ!




