162 初夜
R指定、つけなくていいですよね?
良い子のみんなは検索なんかしちゃダメだよ。
深更にいたり、いよいよ待望(?)の床入りの儀。
宴会場から連れ出された俺たちは、それぞれ別の部屋で盛装を解かれ、寝所に案内された。
先に支度を終えた俺が、枕元に置かれた犬張子をぼんやりながめていると、ほどなく侍女をともなったネーチャンが入ってきた。
その侍女の手には、妙にぶ厚い和紙の束が。
侍女は着座する新婦の横にそれを置くと、無言で頭を下げ、退出していった。
「なんじゃ、それは?」
場にそぐわない物体を見とがめる俺に、ネーチャンは、
「笑い絵にございます」
――笑い絵、すなわち春画。早い話が、エロいシーンを描いた浮世絵のこと。
「なぜ、さようなものを?」
しかも、なんでそんな大量に?
厚さが十センチ以上あるじゃねーか!
「むろん、新床をつつがなく完遂するためにございます」
ネーチャンは能面のまま、躊躇なく即答。
「聞くところによりますと、肥州殿には十歳年上の相愛の念者がおられるとか。ならば、男女の閨事については詳しゅうないのではと案じ、笑い絵を参考にしつつ、この場を乗り切ろうと存じまして」
新妻から投げつけられた衝撃の言葉に、表情筋がヒクヒク引きつる。
「そ、相愛の念者じゃと? どこからさような根も葉もないウワサを?」
十歳年上の念者……大野冬馬のことか!?
「父がさように。なんでも、昨年、当家の庭番が琉球まで同行した折、侯は毎夜近習らと同衾していたという報告があったそうで」
ワタワタする俺とは対照的に、ネーチャンはたんたんと答える。
琉球まで同行した薩摩の御庭番だと?
くそ、西郷吉之介ー!
自分がそうだからって、人に濡れ衣をー!
だいたい、添い寝なんて広東以降、一度もしてもらってねーしっ!
「なれど、衆道は薩摩にてもさかん。それについては、わらわとて否やはございませぬが、子づくりだけはしていただかなくてはなりませぬ。ゆえに、事態打開のため、笑い絵を用意したのです」
「なにか誤解があるようだが、わたしはいまだかつて衆道などたしなんだことはない! わたしとて、健全な男子。オトコよりはオネーサン。オバチャンよりは若いギャル。二次元よりは三次元じゃ!」
脱・非リアの記念すべき夜に、嫁からガチホモあつかいとは、なんたる屈辱っ!
「おや、そうなのですか? 十五年間かたときも傍を離さぬほどの寵愛ぶりとうかがっておりますが?」
無表情のままコテンとかたむける首の角度が斉彬そっくりで、すごくムカつく。
「十五年前といえば、わたしは数え年五歳。さようなころから衆道に目覚めておるとは、どんなヘンタイ小僧なのじゃ!? 言うておくが、大野冬馬はわたしにとっては乳母のごとき存在。けっして念友などではない!」
「さようにムキにならずとも。肥州殿は、わらわに希望をあたえてくださった大恩人。侯がいかなる性癖をもっておられようと、軽蔑したり、忌避したりはいたしませぬ。どうかわらわの前では、肩ひじをはらず、お楽になさいませ」
「……楽……?」
しばし見つめあう――否、色気もクソもないガンの飛ばしあいをする新婚カップル。
ややあって、
「まぁ、それはひとまずおいておいて。さっさとやるべきことをやってしまいましょう」
こら! こんな重大な問題を、未解決のまま放置するな!
ここでうやむやにされたら、またホモ疑惑がひとり歩きしちゃうだろうが!
それに「やるべきこと」ってなんだ?
そーゆー恥ずかしいことをサラッと言うな!
ところが、羞恥と怒りでプルプルふるえる新郎など意にも介さず、ネーチャンは春画をカルタの取り札のように床いっぱいに広げはじめ、
「肥州殿の好みがわかりませぬゆえ、とりあえず入手できるかぎりのものを集めてみました。ひと通りご覧いただき、お気にめした絵をマネていたしましょう」
薄暗い寝所は、あっという間に極彩色のエロ画で埋めつくされる。
「これなどはいかがでしょう?」
新婦が掲げる絵にイヤイヤ目をやると、それは葛飾北斎の代表作のひとつで――、
「タコと海女の濡れ場を、どう参考にせよと?」
「なるほど、言われてみれば」
ネーチャンは、二匹のタコと海女の秀逸エロ画を残念そうにもどし、
「では、こちらは?」
着衣のままの男女がからむその絵は、はじめて見るものだったが、おそらく名だたる浮世絵師によるものだろう。
美麗な線のタッチとあざやかな色彩は、エロい場面でありながら、いやらしさよりうつくしさを感じさせる逸品だが――、
「人体の構造上、関節はさような方向には曲がらぬはずじゃ」
そんなありえない体勢、中国雑技団だってできんわ!
「なれば、これは? わらわのお気に入りにございまするぞ」
と、つぎに差し出されたのは、不思議な数枚の絵。
「とくに、こちらの(渓斎)英泉の絵は解体新書になろうて写すとあり、何度見てもあきませぬ。また、(歌川)国貞の『飲食養生鑑』『房事養生鑑』もなかなかおもしろうございます」
「……というか、もはやこれは笑い絵ではないではないか」
なにがうれしゅうて、解体新書ばりの体内図を見て、ムラムラを強要されなきゃいけないんだ?
無表情ながらテンションあげあげのネーチャンを前にして、俺のモチベーションはダダ下がる一方。
「のう、御一殿、新床の儀は後日にいたし、今宵はこのまま休まぬか?」
あまりに急展開すぎる事態に心身ともにクタクタな俺は、ため息をつきつつ提案した。
「正直なところ、ひどく疲れておるのじゃ」
放課後に拉致られ、強制的に結婚させられ、あげくのはては春画を参考にして初体験とか……第一、春画と同じようにやろうとか言うけど、そもそもムリなシロモノばっか出してきやがって!
至極当然の発案に対し、ネーチャンは、
「なりませぬ!」
血相をかえて、キッパリ拒否。
「なぜじゃ? 今日はいろいろありすぎたゆえ、床入りはムリじゃ」
「それでは、わらわが父に叱られまする! とにかく一日でも早く姫を二人以上もうけねばならぬのです! そうしなければ、父は侯の室に妹を充てると。さようなことになったら、わらわの夢が……医学を極め、医者になる夢が断たれてしまいます! なにとぞご協力のほどを!」
白絹の寝衣姿のネーチャンが思いつめたような目で迫ってくる。
「姫? 男子ではなく女子とな?」
武家なら、ふつうは世継ぎの男子を望むものだろう?
「はい、父が申すには、『会津の世継ぎなど側室どもにまかせておけばよい。そなたは姫を数人もうけ、ひとりは御養君・慶福さまの御台所に、ひとりは今上の儲君・資宮さまの妃となせば、わしは陰から天下をあやつることができるのじゃ~、わ~っはっはっは』と」
「…………」
なにげにすんごい野望を聞かされたような……。
…………ん?
待て待て待て待て!
『儲君』って皇太子のことだよな?
今上はいまの帝って意味だから、孝明帝のことだろう?
ウンチク集によると、たしか、孝明帝の実子はただひとり――のちの明治天皇、祐宮睦仁親王だけだったはずだが?
「御一殿、いま御子の名をなんと申した?」
次期天皇位は、今後の政局における重大事。
もし、あっちとこっちで齟齬があるなら、ちゃんと確認しておかないと!
「資宮さまがなにか?」
「資宮? 儲君は、祐宮さまではないのか?」
困惑しまくる俺の前で、能面姫は何度か目をしばたき、
「祐宮さまは第二皇子にございます。儲君は、昨年、第一皇子の資宮さまに決まったと聞きおよんでおりまする。その際、親王宣下を受けた宮さまは、『理仁』さまという諱をたまわったよし」
「よ……資宮……理仁親王……?」
だれだよ、それーっ!?
幕末一のキーパーソン・孝明帝に皇子がふたり!?
しかも、この時点で、明治天皇になるはずの祐宮ではない、別の皇子が後継ぎに!?
ここへきて、またもやあっちの世界とはちがう展開に!
もう、どうなってるんだ、この世界はー!?
と、そこへ、急速に迫る荒々しい足音が。
「御一っ!!!」
寝所の襖がスパーンと全開し、ラフな着流しスタイルのオッサンがズカズカ侵入してきた。
「父上?」
「薩摩守?」
なぜかガラスのコップを持って仁王立ちするオヤジは憤怒の形相。
「なにをモタモタしておるのじゃ!? 夫婦の語らいなど後日にいたせ! しかも、よけいなことを婿殿の耳に入れおって! とにかく今宵は既成事実を作るが肝要! 四の五の言わず、さっさと押し倒せ!」
すごい剣幕でまくしたてるオヤジに、ネーチャンは瞠目したままフリーズ。
(押し倒せって……俺が倒される方なのか?)
いろいろ不満・疑問はあるものの、一方的に罵倒されているネーチャンがなんだかかわいそうになってきた。
「ときに、薩摩守、そのギヤマンはなんなのじゃ?」
俺が話を振ると、オッサンはあやしいふくみ笑いをうかべ、
「ふふふ、じつはのう、このギヤマンを壁に押し当てて耳をつけると、隣室の音がよう聞こえて……(ゲフンゲフン)……い、いや、たまたまじゃ、たまたま持っておって……」
一転、気まずそうにコップを後ろ手にかくして、ゴニョゴニョ。
「そ、それはそうと、夏の夜はみじかいのじゃ! そなたら、いい年をしてなにをしておる! 疾く契らぬか!」
逆ギレでカマされた身もフタも情緒もへったくれもない命令に、目が点になるボク。
と、そのとき、
「斉彬殿!」
今度は反対側の廊下からバアチャン降臨。
「男親が、娘の新床に押し入るとは、なんと無粋な! いますぐ寝所から出られよ!」
そして、その手には同じくコップが……。
「し、しかし、母上。このままでは、いつまでたってもラチが明きませぬゆえ」
「おだまりなさい! 新床には雰囲気がなにより大事。さようにやいのやいの言うたら、うまくいくものもうまくゆきませぬ!」
「……申しわけありませぬ」
賢侯として名をはせる島津斉彬がちっこいバアサンに言い負かされ、ションボリ肩を落とす。
「すぐに出ていきますゆえ……」
来たときの勢いはどこへやら。スゴスゴと撤退していく斉彬公。
だが、
「お待ちください、義父上!」
部屋から出かかっていたオヤジを呼び止め、その目をガッと見すえる。
「わが姫を入内させるというお話、ぜひ詳しゅうお聞きしたい!」
「なん……じゃと?」
ふり返ったオヤジの顔にうかぶ驚愕と不審の色。
「斉彬殿!!!」
鬼の形相で退出をうながす白塗り眉なしオババ。
「早う、子づくりを!」
無表情ながら、切羽つまったようすで言いつのる新婦。
ふいに、どこからともなく忍びこんできたすきま風に灯火がゆらぎ、寝所内の四つの影は、中夜の闇に飲みこまれて消えた。
いまさら言うまでもありませんが、資宮理仁親王という方は幕末にいらっしゃいません。
ただ、孝明帝に生後まもなく亡くなった第一皇子がいたことは史実で、この方が存命だという設定で、宮名や親王名については漢和辞典を見て、テキトーにつけました。
もし同時期(前後50年くらい)に同名の宮・親王がいらっしゃるようでしたら改名します。
ただ、100年以上離れた時代の場合はご容赦ください <(_ _)>
(作者は皇族等に知識がないんです! すいません!)




