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160 墓穴

今回、分割することができず、ちょっと字数が多くなってしまいました(約5500文字)


すいません (@_@)


「な、なれど、そなたは父君の薩摩守はじめフレデリック殿や重臣など、身内のものが多数参列いたすに、こちらは誰ひとりおらぬでは、あまりにも不公平! この儀、日をあらためて仕切りなおすべきであろう!」


 劣勢を挽回するため、俺は懸命に言葉をつむいだ。


 ――――が、


「くっくっく」


 そんなささやかな抵抗をあざ笑うむき卵ヤロー。


「案ずるにはおよばぬ」


 薩摩侯は冷笑とともにそううそぶくと、


「菊三郎、客人をお連れいたせ」


 三部屋ぶち抜きの大空間にオッサンの指令がひびきわたるやいなや、室内になだれこんでくる複数の人々。



「金之助!」


「「「殿!」」」



「喬士郎さま……それに、じい、横山、大野まで……?」


 あらわれたのは色白の貴公子と、江戸家老ズ&元小姓頭。



「喬士郎さま、なにゆえ、ここに?」


「それが……わたしにもようわからぬのだ」


 黒い打掛をはおった小柄な女に袖をつかまれた従兄は、蒼白な顔で不安そうに視線をさまよわせている。


「本日の御用が終わり、下部屋にて下城の支度をしていたところに、薩摩の留守居が来て、(いよ)姫さまからという文を渡されたのだ。それに『大事な話がある。渋谷屋敷に疾くまいれ』としたためられていたゆえ、御城から真っ直ぐこちらにうかがったのだが……」


 そういう従兄は、継裃に半袴という通勤着(ビジネススーツ)姿。

 俺同様、終業後そのまま直に来たようだ。



「……弥姫……?」


 それって、たしか…………、


「斉彬の母、周子かねこにございます」


 池田の袖をにぎるちっこい女(コテコテの白塗りのため年齢不詳)が、非友好的なまなざしを向けてくる。


「周子?」


「嫁がれてからはそう名乗られておられるが、わが鳥取池田家では、いまだに弥姫さまとお呼びしているのだ」



(いや、そうじゃなくて、俺が気になるのは、なんであんたがやすやすと捕獲されたかってことだよ!)


 

「ふっふっふ、因幡守は前田家からわが母の実家に入った婿養子。ゆえに、従兄殿をそなたの親族代表としてここに呼んだのじゃ。これなら文句はあるまい?」


 先ほどの疑問は、池田以外の男によって氷解された。



 ナリさんの生母・弥姫は、五代前の鳥取藩主・池田治道の正室(ちなみに、仙台藩伊達家出身)が生んだ姫君で、いまでも一族に対する影響力は相当なものらしい。


 婿養子の喬士郎は、バアサンの名で呼び出しをくらったため、スルーするわけにはいかなかったのだろう。



「っ、姑息な……」



 そして…………池田の後ろにつづく正装姿の会津の面々。


「そなたら、その(なり)はどうした!? なにゆえ具足をつけておらぬ!?」



 主君が拉致され、森たちは野村の指示で藩邸に救援部隊を要請しに行ったはず。


 なのに、なんで裃姿なの?

 主君を奪還しにきたのなら、完全武装してなきゃおかしいだろ?



「村岡たちが急を告げにもどる直前、薩摩の留守居役が藩邸にまいったのです」


 いつものサトリスキルを発揮する妖怪さん。


「まさか、わが藩邸にも!?」

 

 言葉をうしなう主君に、渋面でうなずいてみせる三人。


「薩摩守さまよりの書状が……」と、江戸家老の横山がつづける。


「それは、昨秋調(ととの)うた縁組における会津の不誠実な対応をなじる文言で埋めつくされており、『このままではラチがあかぬゆえ、本日、祝言を挙げる。参列したくば威儀をととのえて、渋谷の薩摩屋敷にまいれ。万が一、会津側から参列者が来ずとも、祝言は遅滞なくとりおこなう』と……」



 ――――っ!!!



 ようするに、正規ルートで恫喝してきやがったのか!



「狡猾なーっ!!!」




「さて、参列者もそろったゆえ、そろそろ祝言をはじめるとするか」


 オッサンは激怒する俺をガン無視し、


「菊三郎、そなたも席につけ」


 会津側一行を追いたててきたニーチャンに声をかけた。



(……菊三郎……?)



 急展開すぎて、これまで注意を払わなかったその男を見やった瞬間……、



「ひ、久光ーっ!?」



 薩摩島津家の大小アラレ紋の地に丸に十字マークの長裃を着た二十代半ばくらいのニーチャン。

 

 斉彬によく似たつるんとしたフォルム

 はれぼったいまぶたの下の、不機嫌そうな糸目

 鼻梁の太い鼻と、ぶ厚いくちびる

 

 ナリさんの横に着座した青年は、ウンチク集で見た島津久光にうりふたつだった。


(※ おさらい : 島津久光――斉彬の異母弟。その誕生をきっかけに『お由羅騒動』が起きて藩内が真っ二つに割れたり、斉彬の死後、その遺志を継いでがんばったら『寺田屋騒動』『生麦事件』という物騒なイベントを引き起こしたりと、本人はそんなつもりは全然ないのに、なぜか行く先々で嵐を呼んでしまう困った御方。いろいろあって、結局藩主にはなれなかったが、その血統は現在の皇室につながっている)



「「「ひさみつ?」」」


 

 記憶との相違にアワアワする俺を不審げに見つめるオッサンたち。



「どなたかと見まちごうておられるのか?」


 憮然とした表情でにらんでくる久光激似男。


「それがしは薩摩守が嫡男にて、松平豊後守慶弘(よしひろ)にございます。身内からは、幼名の『菊三郎』と呼ばれておりますので、肥後殿もどうぞそのように」

 

「よ、慶弘……さま…………これはとんだご無礼を……し、知りあいによう似ておりましたもので……」


 滝汗になりながら頭を下げると、


(((え? 知りあい? 誰のこと?)))


 池田の後ろのじいたち三人が、困惑顔でヒソヒソ。



「いえ、お気になさいますな」


 表面上は謝罪を受け入れつつも、冷ややかな目で答える久光もどき。 


 

(なんなんだ、いったいーっ!? どーなってるんだー、この世界はー???)



 さらに増すアウェー感の中、思考は錯綜。呆然とニーチャンをガン見していると、




「御一、本当にこれでよいのか?」


  

 薩摩サイドにすわるバアサンから突然の異議申し立て。



「かように女子のごときナヨナヨとした男、いまにもポックリ逝きそうではないか。こたびも祝言の途中であっさり身まかられたら、またおもしろおかしく取りざたされてしまうぞ。考えなおすなら、いまのうちじゃ」


「「「……ポックリ逝きそう……あっさり身まかる……」」」


 不吉ワードの連呼にフリーズする会津主従プラス鳥取藩主。



「は、母上、なにをおおせに!?」


 いきなり投下された爆弾発言にテンパる薩摩守。


「そうではないか? 御一は二度祝言を挙げたが、いずれも婿殿が祝言中にコロっと急死してくれたおかげで、心ないウワサが流れておるのじゃぞ? 二度あることは三度あるというではないか」


 

 二度もコロっと!?


 ネーチャン…………やっぱ、なんかヘンなパワー持ってるんじゃないか!?



 衝撃の暴露に浮足だつ会津側列席者。


 それをチラ見しながら、めずらしく取り乱すナリさん。 



「た、たしかに肥後殿は痩躯なれど、こう見えてじつは、八里の道を飛脚より速く駆け、『韋駄天大名』との異名をたてまつられる身体頑健な男。けっして、あっさりポックリコロっと逝く恐れはございませぬ!」


「いや、わらわにはわかる。あのものには死相がでておる!」


(……おい、やめろ……)


「母上! あれほどイヤがっていた御一も納得し、ようやくここまでこぎつけたのですぞ。これをのがしたら、かような機会は二度と――」


「わらわは前田がキライなのじゃ! わが鳥取池田家には分家筋に男子がおったにもかかわらず、ご公儀から前田の小せがれを押しつけられて……文恭院さま(家斉)の外孫? それがどうした! 当家の祖・池田恒興(つねおき)公は、織田信長公の乳兄弟であり、清須会議にも出た重臣ぞ? ポッと出の前田犬千代などとは格がちがうのじゃ! そんな成りあがりものの血が、わが実家(さと)ばかりか、この島津にまで……わらわは断じてみとめぬーっ!」


「母上!」


「「「…………」」」


 母子のやりとりを、微妙な表情で見まもる参列者一同。




 ――――こ、これは……




 鉄壁の包囲網に生じた微細なほころび。



 チャンス到来!!!



 おそらく、もともとこの結婚に反対していたバアサンは、御一姫がナリさんに丸めこまれたため、しぶしぶ承諾したものの、俺や池田……前田家ゆかりのヤローどもを前にしたことで怒りが再燃――って感じか?



 なにはともあれ、バアサンがナリさんを引きつけてくれているあいだに、なんとかここを脱出しなければ……。


 俺としては、ネーチャン自体には特に好悪の感情はないが、とにかく実家が悪すぎる。


 こいつと結婚したら、あのいまいま(島津)しいオッサン(斉彬)がもれなくついてくるうえに、会津と薩摩が親戚関係になるというワケのわからない事態におちいり、ますます未来予想がむずかしくなる。


 とりあえずこのカオスから穏便にバックれれば、あとは横山や大野がなんとかしてくれるだろう。 



(さて……どうしたものか?)



 ――!――



 この結婚に反対していたのは、バアサンと御一本人。


 ならば、御一の気持ちをふたたびひっくり返せば、この縁談はつぶれる!

 早い話が、ネーチャンに嫌われればいいんだ!



「のう、御一殿」


 父親と祖母の応酬をボンヤリながめるネーチャンにそっと声をかける。


「む?」


「そなた、まことに医師になるつもりか?」


「うむ。やはり、学んだことを人のために役立ててみたいからのう」


(てか、あんた、フレデリックじいさんの前にいたときと言葉づかい全然ちがくない? なんか俺の前だとぞんざいつーか、タメ口っぽいつーか……)


 モヤモヤする俺をよそに、ネーチャンは能面のまま。


「だがな、そなたは医術で人を救うと申すが、ただやみくもに人を生かすことがすなわち人助けになると思うか? だとしたら、ずいぶんと浅慮じゃの~」


「なに!?」


 ネーチャンは俺をまじまじと見つめ、絶句した。


(むふふ、つかみはまずまず)

 

 ネーチャンにしてみたら、女医推進派と思っていた俺が、突如、医術を否定する発言をしたんで愕然としたはず。


 そう、こいつに嫌われるには、結婚する気になった理由――医学分野に理解のある男という虚像を壊せばいい。

 こいつの大望・自負・意欲を全否定し、反論できないくらい叩きつぶせば、きっと向こうから破談を言い出してくれるにちがいない。



 てなことで、


「そうではないか。今後、医学がすすみ、医療技術が進歩した結果、いままでふたりのうちひとりの乳幼児が死んでいたのが、六人中五人が生きながらえたとして、そのものらの食い扶持はいかがいたすのだ? わが邦は現在、耕作可能な土地はもうほとんど使用しておる状態。それでも、ひとたび冷夏や旱魃が起きれば、多くの餓死者が出ている。そこへもってきて、医術によって生存率が飛躍的に上がってしまったら、助けた命も結局は飢餓により失われるのではないか?」


「……肥州殿……」


『信じられない』といった顔で俺をガン見する姫君。


 ほ~れ、ガッカリしたろう? 

 勝手に美化していた男の本性がわかったんだから、オヤジに頼んでさっさと婚約破棄しろ~。



 では、いつものように、あっちの世界で聞きかじったネタをベースにもっともらしい話をでっちあげてもうひと押し――


「それにな、あと三年ほどすると、西海道から江戸にいたる広範な土地で、コレラによるパンデミックが起きるはずだ。この病に有効な薬は現在のところない。いまできることは、衛生状態の改善と清潔な飲料水を提供し、病を予防するくらいだろう。とはいえ、江戸城下百万の民がみな石けんを使い手や体、食器などを洗うようになると、そうした生活排水が江戸湾に流れこみ、富栄養化の要因となる。富栄養化した水域ではプランクトンが激増し、赤潮・青潮などが発生したり、海底にヘドロが堆積したりして、水質が劣化する。こうなると魚介類が酸欠により大量死するため、漁師らの死活問題につながる。つまり、病にならぬよう衛生状態を改善すれば、こんどは環境問題が起こってしまうのだ。それでもそなたは医学のみが最優先されるべきだと?」


「…………」



 御一姫、完敗!


 よっしゃーぁ!!!


 

 と、


「……なるほどのう」


 不気味な重低音に、われに返るボク。


「見た目は軟弱そうながら、なかなかの識見」


 見ると、さっきまでナリさんとはげしい舌戦を繰りひろげていたバアサンが、なぜか俺を凝視していた。


「あ……いや……それほどのことは……」


 バアサンのハンパない目力に金縛り状態。


「そうか。その程度のこと、そなたにとっては大したことではないと?」


「ふっふっふ、どうです、母上?」


 つるんとした上品な顔に浮かぶあくどいほほえみ。


「それがしが見こみ、御一が気に入った三国一の婿殿にございます」


 やりあっていたはずのふたり――どころか、いまや座敷中の視線が俺にあつまっている。


「え? なんで? なんで? なんでみんな、こっち見てるの?」


「殿の先読みの才に、みな感服しておるのです!」


 場の空気に動揺する俺に、じいがうれしそうに解説。


「賢侯と名高い薩摩守さまと、当代一の才女とうたわれる弥姫さまにみとめていただき、わしも傅役として鼻が高うございまする!」


「は?」


「ふむ……前田の縁者というのは気にくわぬが、聡い若者は嫌いではない」


 値踏みするように俺をジロジロねめまわしていたバアサンは、なにやらブツブツつぶやいたあと、


「相わかった。肥後殿を御一の婿として迎えることを許そう」


 

 ――まさかの手のひら返し!――



「バ、バカな!」



 い、いや、おちつけ。

 なんでこうなったかはわからないが、とにかくネーチャンに嫌われれば一気に解決する。


 と、望みの綱のアバタ娘に目を転じれば、


「いまのお話、新床にてもう一度お聞かせくだされ!」


 すんごくキラキラした眸で懇願されてしまった。

 そして、なぜか言葉づかいまで変化している。


「そ、そなたはそれでよいのか? そなたが研鑚をつむ医学をコケにされたのだぞ?」


「いえ、肥州殿のおっしゃることは道理に(かの)うておりまする。なれば、これから互いに意見を交わしあい、問題を解決していけばよいかと」


「だから、なんでそうなるんだ!? 絶対おかしいだろ!?」

 


 俺の魂の絶叫に答えてくれるものは、ついにあらわれなかった。


 

 

久光くん、結構好きなんだ~ (*'ω'*)


真面目で一生懸命な人だったんじゃないかな。


それなのに、下士の分際で、「芋」とか「田舎者」とかこきおろした西郷丼の傲岸不遜さときたら!


ふつうなら切り捨てられても文句いえない無礼だよ!

 

久光っちの恩情に感謝しろーーー!

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