159 焦眉之急
すいません、すっかりご無沙汰してしまいまして……(突発性難聴になっちゃったんですぅ)(ノД`)・゜・。
でも、モタモタしていたおかげで、どこかのファンタジー大河では退場してしまった阿部ちゃんも斉彬さんもまだ生きてるよ~(*'ω'*)
「では、わたしはこれで!」
妙な胸さわぎをおぼえ、おざなりなあいさつとともに立ちあがる。
「肥後殿っ!」
伸ばされたジジイの手がむなしく空を切る。
「いましばらく!」
懸命に引きとめる声を背に、急いで部屋を出る。
――ヤバい……よくわからないが、絶対ヤバいっ!――
生存本能がなにかを察知し、脳内に緊急警報が鳴りつづける。
――とにかく、一秒でも早くこの屋敷から脱出せねばっ!――
「撤収!」
「「「おう!」」」
野村の号令に、次室の近習たちも大小をつかみ、俺につづく。
「お待ちくだされ! 肥後殿!」
悲壮感たっぷりな叫びをガン無視し、密集隊形で入側を進むと……、
「どこへ行かれる?」
低い誰何の声が聞こえた瞬間、視野いっぱいにゴツイ人垣が構築される。
「婿殿は、おとなしく『待て』もできぬのか?」
ぶ厚い肉の防壁の前に立つむき卵ヅラのオッサンが、真っ黒い笑みをうかべる。
「まぁ、いい。ちょうど迎えにきたところじゃ」
「「「む、迎え?」」」
不気味なダークオーラをまとうオッサンに、俺たち全員ガクブル状態。
「そろそろ婿殿にも支度をしてもらわねばならぬでな。いくら内々の婚儀とはいえ、さすがにさような形では体裁が悪い」
「「「婚儀!?」」」
「お連れしろ」
恐慌状態におちいった会津勢は、あっさり防衛ラインを突破され、俺は屈強なガチムチ軍団にかつぎ上げられた。
「なにをするー! 放せー!」
「「「殿ーっ!」」」
近習たちは鉄壁のモールにはばまれ、一歩も近づくことができない。
会津対薩摩の小競りあいが続く中、ニーチャンたちは俺の必死の抵抗などものともせずに薄暗い通路を進み、湿気の多い小部屋に入っていく。
「やめろー!」
制止するまもなく裸に剝かれ、引き戸の向こうのオッサンたちに引き渡される。
何杯も湯をぶっかけられたあと、ぬか袋で全身を洗われ、流し湯をかけられてから、また小部屋にもどされ、サクサク体を拭かれる。
新しい褌と白絹の襦袢を着せられたかと思うと、今度は向かいの部屋に引きずりこまれ、髷を結いなおされる。
つぎにニーチャンたちは、蒔絵のほどこされた衣桁から濃紺の小袖と長裃を取り、手際よく着つけていく。
「……む? これは?」
その見なれぬ長裃にはなぜか会津葵の家紋がついている。
「それは、会津が懇意にしておる呉服商に内密にあつらえさせたものじゃ」
「薩摩守!」
ふろ場とは反対側の襖からあらわれた悪の権化に、俺の堪忍袋の緒もブチ切れた。
「なにゆえかようなマネを? もはや戯言ではすまぬぞ!」
「なにゆえじゃと? ふん、もとはと言えば、そなたの落ち度。薩摩をないがしろにした酬いじゃ」
「たしかに、学問所のことではわたしにも落ち度があったかもしれぬが、ここまでのはずかしめを受けるほどのことか!?」
「学問所? なんのことじゃ?」
数え年アラフィフのオッサンがコテンと首をかしげるが、全然かわいくない。
(え、あんた、学問所のことで怒ってるんじゃないの?)
「では、落ち度とはいったい……?」
「申すまでもない! そなたは帰国後、一度たりとも当家にあいさつに来ぬばかりか、許婚となった御一に文ひとつ寄こさなんだではないか! うらむなら己の不実をうらむがいい!」
―― ! ――
落ち度って、そっちかい!?
「こちらは琉球を手放してまで結んだ縁組。なれど、待てど暮らせど、そちらからはまったく音さたなしじゃ。祝言の日取りも一向に決まらず、このままでは、ウヤムヤにされかねぬゆえ、多少手荒かとは思うたが、学問所帰りのそなたを攫い、当屋敷にて祝言を挙げることにしたのじゃ!」
「バカな!」
「バカでも戯言でもない……座敷にお連れせよ」
オッサンの命令に、ガチムチたちは無言でうなずき、
「なにを!?」
いきなりのお姫さま抱っこ。
長袴の裾が、畳敷きの廊下を掃きつつ高速で進んでいく。
「下せー! 無礼ものー! そなたら、いまに見ておれーっ!」
俺の叫びは、森閑とした屋敷の暗がりに溶けて消えていった。
* * * * * *
連れていかれたのは、さっきとは別の三間つづきの座敷。
その上座 ―― 金屏風が延べられた最奥の席にはすでに打掛姿の若い女が。
いや、おかしい!
どう考えてもおかしい!
ふつう大名家同士の婚姻では、縁組が調うと、男側から女側へ結納の金品を渡し、それに対し女側から合礼というお返しのプレゼントがあり、挙式前には女側から数日がかりで婚礼道具を搬入する。
で、輿入れの日取りが決まったら、家臣が輿入れルートの調査・コース設定など事細かに決定していき、挙式当日は数百人規模の大行列で相手の家に向かう。
祝言はだいたい暗くなってからおこなわれ、まずは合杯(いわゆる三々九度)。
つぎに御色直となり、このとき、着物だけでなく、式場の飾りつけなんかも変えて、お祝い気分を盛りあげる。
あたらしい衣装に着替えた新婦がもどると饗応(宴会)がはじまり、その間、夫側親族との顔あわせなんかもある。
宴もたけなわとなったあたりで、いよいよ部屋入りとなるのだが、部屋に入った新郎新婦に家臣たちからお祝い品を贈呈されたりしたあと、ようやく床入り。
そして翌日、上級家臣たちを引見し、いちおう婚儀は終了 ―――― って、ちょっと待て。
会津松平家、結納ってやったっけ?
この縁談が決まったとき、藩邸内は外遊準備でゴタゴタしてたし、俺は俺で亡命のことで頭がいっぱいだったから……。
げっ! ヘタしたら、結納忘れてた!?
そのうえ、帰国のあいさつにも行かず、四か月ちかくバックレてたもんだから、とうとう島津斉彬爆切れて強硬手段に出たってわけか!?
……うーん、考えてみたら、ちょっとひどい対応だったかも?
だけど……、
「のう、御一殿」
ニーチャンズに着席させられた俺は、横のスッピン花嫁に小声で話しかけた。
「そなたは、こたびの縁談を厭うておると聞いておったが……」
いくらムリヤリ強制された縁組とはいえ、婚約者をずっと放置しっぱなしだったのはまぎれもない事実。
そこを糾弾されても文句はいえないが、池田によるとこのネーチャンやバアサンだって、この結婚に反対していたはずだ。
だったら、ここは本人同士が協力して、ナリさんの暴走を止めるしかない!
俺がそう問いかけると、青味がかった白の小袖に白打掛、白い練帽子をかぶったネーチャンは、北川景●似のアバタ面を縦に振り、
「たしかに、最初は約束をたがえた父に憤慨し、意に添わぬ縁組を強要されるくらいなら、いっそ自害して果てようかと思いつめたこともあるが」
(じ、自害!?)
そんなにイヤだったのかよ!?
これでも松平容保は、結婚したい殿さまナンバーワンの超優良物件なんだけど……。
「で、であろう? ならば、ともに横暴な婚儀に抗おうではないか!」
「いや、いまはこの縁組に納得しておるゆえ、懸念にはおよばぬ」
「……は……?」
「その後、父に諭されたのじゃ」
そう言って能面ネーチャンはむき卵オヤジに目をやった。
「父は、『わしは医学を学ぶことは許すが、医師になることは断じてみとめぬ。なれど、女子は嫁してのちは夫の言に従うもの。もし、そなたの夫君が医師になることをみとめるならば、わしはもはや口出しはできぬ』と。あの日、肥州殿は医学を修めた女子が医師にならぬは大損失と言うてくださった。ゆえに、わらわは会津侯の室になろうと思うたのじゃ」
「……あ、あの野郎っ!」
―― 女三界に家なし、女三従の教え! ――
つまり、女は生まれてから嫁ぐまでは親に従い、嫁してのちは夫に従い、年をとってからは息子に従えというアレを使って言いくるめたのか!
(ちなみに『三界』とは、仏教用語で、欲界・色界・無色界――全世界の意で、女は生まれてから死ぬまでどこにも定まる安住の地はないということ)
「ということで、幾久しくよしなに願いあげる」
形のいいくちびるが、一縷の望みを粉砕する言葉をつむぎだした。
御一ちゃんは北川景●似の美人ですが、無表情&アバタつきです。




