表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/188

157 さまよえるオランダ人

「相わかった……ヘンドリック殿」


 突きぬけた自己紹介をされた俺は、とりあえずジジイに迎合することにした。


 だって、アブナイ人を刺激するなんて怖すぎる――とくに、多勢に無勢というこの状況下では。


「あいや、遠慮のう『フレデリック』とお呼びくだされ!」


 ぎらつく目で乞われ、不承不承イヤイヤながら


「で、では、フレデリック殿……」


「むふふ、すなおな御方じゃ。よき親類づきあいができそうじゃのう」


 じいさんは満足そうにニタニタ。



 くそー! 

 なんで俺のまわりには、こういうやつばっか集まるんだ?

 容さんから、ヤバい人を引きよせるフェロモンでも出てるのか?



 ……ん?……


 ちょっと待て。

 ジジイ、いまなにか妙なことを……。


「……親類づきあい?」


 この逝ってるジイサンと俺が?


 は? なんで? 

 


「まぁ、それは奥で茶でも飲みながら、おいおいと」


 ジイサンは岩石っぽい顔をほころばせつつ、俺の背後を取った。


「い、いや、わたしはここで……」


「さようにつれないことをおっしゃられるな。このままお帰ししては、わしが叱られてしまう。ここはひとつ、年よりの顔を立てると思うて、な?」


「しかし……でも……やはり……」


 必死に抵抗するも、ジジイは年のわりに強力で、容赦なくグイグイ押してくる。


 なんだかんだしているうちに、気づくと、いつのまにか式台の上に乗せられていた。



「これ、客人がお見えじゃぞ!」


 老人が声をかけたとたん、ひかえていた一団が俺たちを取り囲み、退路を断つ。


 団子状態のまま中に連れこまれた俺たち主従は、蠕動運動にも似た連携誘導によって屋敷の奥深くへと招じられ、入側(畳敷きの廊下)のドンづまりにあるニ間つづきの座敷に通された。


 床前の上座をゆずられ、しかたなく着座すると、間をおかず茶菓が供される。

 同様に、ニ之間に収容された近習たちの前にも、和菓子セットがさくさく置かれていく。


 ふと、開け放たれた戸外を見ると、入側・濡れ縁ごしにひろがるのは手入れの行き届いたうつくしい庭園。


 ゆるやかに傾斜する庭の端には、風情ある松の古木が一本、晴天の空をバックに、青々とした梢を初夏の風にゆらしている。



「なかなかよい庭でござろう?」


 ボケーっと見入っている俺に、なぞのジジイは得意げにほほえみかける。


「ふむ。とくにあの松の枝ぶりはみごとじゃな」


「あれは、千両の値がつくといわれる銘木『常磐松(ときわまつ)』にござる。さすが肥後殿、お目が高うごさるな」


「ほう、常磐松とな。眼福眼福」


 ズズッ。


「薫風の中で喫す茶は、ひときわうまいのう」



(((殿っ!)))


 二之間からのするどい視線を感じて見やると、


(なにをノンキに茶など召しあがっておられるのですかーっ!?)


 身ぶり手ぶりで叱咤してくる野村くん。


(ここは敵地ですぞ! さっさと逃げる算段をなさいませ!)


 おっと、いかんいかん。

 ボクったら誘拐されてきたのに、まったりくつろいじゃって。


「あー、フレデリック殿、せっかくの歓待ではあるが、じつはこのあと、予定があってな。そろそろ暇申しを……」


「予定?」


 ギロリという擬音語つきの眼光に、ビビりなボクはすくみあがる。


「ぅ、うむ、じつは屋敷で侍読が待っておるゆえ、急ぎ帰らねばならぬ」


「侍読? その御歳で?」


「ま、まことじゃ! かつての侍読に再度師事し、オランダ語を習うておるのじゃ!」


 ――なんで見ず知らずのジジイに責められなきゃいけないんだ?――


 割り切れない気持ちで、ひたすら抗弁をつづけると、


「オランダ語!?」


 シワに囲まれた鷹眼が異様な光を放つ。


「ふむ、その侍読の名をお聞きしたい」



 ――し、しまった!――



 自らオランダ名を名乗るヘンタイおやじに、俺はなんという地雷ワードを!


 まずい……逆鱗にふれて、ブチ切れられたら、俺たちの命はない!



「も、元三河田原藩家老・渡辺崋山、および、その知人にて沢三伯と申す蘭方医だが……」

 

「なに!? 渡辺に、高……ゲフンゲフン……沢じゃとーっ!」


 もしや、不俱戴天の仇同士だったのか!?


 いきなりアウトかーっ!?


「ギャー! ゆるせー! 知らなかったのじゃー!」


「「「ギャー! 殿がーっ!!!」」」


 接吻寸前まで接近するジジイに、隣室からも悲鳴があがる。


「なにやら盛大に思いちがいをしておられるようだが、崋山と長え……ゲフンゲフン……三伯はわしの知己じゃ」


「な、なんじゃ、存じておるのか?」


 思いっきりのけぞって距離を取り、四方に視線をはしらせ、逃走路をさがす。


「存じているもなにも、ふたりとは、はじめて長崎で会うて以来、三十年ちかいつきあいがある。そうであったか、崋山らが肥後殿に蘭語をのう……」


 なぜか、ひとり遠い目で感慨にふける自称オランダ人。


「やはり、こたびの儀は、宿縁ともいうべき紐帯であったか……なれば、全力で支援せねばのう」


 ジジイはワケのわからないことをつぶやきつつ、俺の羽織のたもとをギュッとにぎりしめた。


「……(のが)すまいぞ」


 え? いまなんて?



 と、そのとき、


「フレデリック大叔父さま」


 ジジイの名を呼ぶコントラルト。


「おお、御一」


 ジジイは、びっしり刺繍がほどこされた豪華な打掛を見あげて、ニッコリ。


 このまえ学問所で会ったネーチャンは、今日はマガレイト&海老茶式部の女学生ルックではなく、吹輪髷(ふきわまげ)+振袖・打掛という完璧なお姫さまスタイル。


 ちなみに、吹輪髷とは、髷の中にちいさい鼓を入れてふくらませ、前髪には何本もの鎖が下がるド派手なビラビラ(かんざし)や花簪、飾りつきの(こうがい)、櫛などを盛りに盛った武家の姫君の髪型だ。



「首尾はいかに?」


「まもなくこちらに」


「それは重畳。なれば、ささ、肥後殿のとなりに」


 満面の笑みで迎え入れたジイサンは、俺と自分の間をたたいてみせる。


「ときに……そなたらはどのような間柄なのじゃ?」


 仲良く並んですわるアバタ娘と猫背のジジイを見くらべながら、思わず質問。


「御一はわしの玄姪孫げんてっそんにあたる姫じゃ」


「げんてっそん!?」


 なんじゃ、それ!?

 はじめて聞いたわ!


「つまり、わしの兄が御一の曽祖父にあたるゆえ、わしは御一の曾祖叔父そうそしゅくふとなる」


 そうそしゅ……?


 瞳孔開きまくりの俺に、微動だにしない能面から視線ガンが飛んでくる。


「フレデリックさまはわが曾祖叔父なれど、いささかややこしゅうございますゆえ、当家では便宜上、父より年長の方々はみな『大叔父』と呼んでいるのです」


「さ、さようか」


 玄姪孫とか曾祖叔父とか、複雑すぎて関係性がまったくわからん。


「とは申せ、御一はわしにとっては、かわゆい一番弟子。のう、肥後殿、いく久しゅうかわいがってくだされよ?」


「……はぁ?」


「フレデリックさまは、わらわのオランダ語の師なのです」


 ニコリともせずに補足説明する能面姫に、ジイサンは、


「ところで御一、わざわざ背の君がお運びくだされたのじゃ。化粧くらいいたさぬか」


 すっぴんのアバタ顔を見ながら、あきれたように(さと)す。



 へ? 背中がどーしたって?



「よいのです。肥州殿は、白粉・眉なし・お鉄漿(おはぐろ)を好まれませぬゆえ」


「ほう、そうなのか?」

 

 ふたりは『?』まみれの俺をおいてきぼりにして、楽しそうに語りあう。


「はい、そのうえ侯は、『痘痕(あばた)をムリに隠そうとせぬ潔さは、まことにすがすがしい』とまで言うてくださいました」


「ははは、そなたら、いつのまにさように睦まじゅうなったのじゃ?」


 相好をくずすジジイに、ネーチャンは能面のまま、大きくうなずき、


「同じ学問所に通うておりますゆえ」


「おお、そうであったな」


 なに言ってんだ!

 一度しか話したことねーだろ!?



「いやいや、なにを申される。われらはけっしてそのような仲では……」



 意味不明(イミフ)な誤解を解こうとしかけたとき、


(((殿ーっ!)))


 目の端に、あわてふためく家臣たちの姿が飛びこんできた。


「なんじゃ?」


(((あ、あれを!)))


 二之間から送られる近習たちのジェスチャーは、ある一点を指ししめしていた。


「む?」


 それは、座敷の長押(なげし)に取りつけられたキンキラゴージャスな釘隠し。


「釘隠しがどうした?」


(よーくご覧ください!)


 野村の懸命のサジェスチョンにしたがって目をこらすと……、


「ぐぇっ!?」



 ど、どーゆーこと!?


 

 ぶっとい長押につけられた精巧な金細工の釘隠し。


 その中央に青金で象嵌されていたのは、丸に十字マーク――薩摩島津家の家紋だった。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ