152 第一回 奥羽越列藩合同防災訓練 ⑦
その後はじまった紅白戦は、わが紅軍の圧勝で終わった。
まぁ、ムリもない。
白軍はアップもしないで、いきなり本番だったうえ、紅軍側は、ジョグのときの会津隊の走りを見て、なにか思うところがあったのか、全員重い装束を脱ぎ捨て、小袖と野袴だけで走った結果、どのレースも紅軍が上位を独占。
つづいておこなわれた綱引きも、士気が高いわが陣営が三連勝して決着がついた。
「因幡守のおかげで、われらも面目をたもつことができた。あらためて礼を申す」
今回の勝利は、べつに内藤さんの采配がバツグンだったからではないのだが、細かいことを言ってはいけない。
大事なのは、つぎにつながるモチベーションなのである。
「「「因幡守さま、あっぱれにございます!」」」
惜しまずヨイショする俺をまね、会津藩一同も景気よく万歳三唱。
「い、いや、わたしはなにも」
気まずそうに首をふる内藤っち。
一方、白軍大将の本多は、訓練終了直後に体調不良で早退。
相当メンタルをやられたようだ。
てなことで、
「さあ、物産展開始じゃー!」
「「「おおーっ!」」」
いよいよ本日のメイン・奥羽越列藩合同物産展のはじまりはじまり~ ♡
さっきまで競技がおこなわれていた会場は、またたくまに幾十の出店が建ちならぶマーケットに大変身。
天下祭り級の大混雑の中、なんとなく流れで、奥羽越列藩同盟・盟主である伊達さんを先頭にゾロゾロ。
医大教授の総回診さながらだ。
と、
「肥後守さま」
三十歳くらいのオッサンが追いすがってきた。
「牧野備前守が名代▽▽▲▲にございます」
長岡藩重役に丁寧に頭を下げられた俺は、つい条件反射で、
「おお、備前守にはいつも世話になっておる。よろしく伝えてくれ」
「はっ、しかと」
老中の牧野備前守忠雅とは御用部屋でよく顔を合わせる間柄。
温厚で人当たりのいいジイサンだが、塩大福と仲がいいのが玉にキズだ。
「ん? そなたは?」
オッサンの後ろにひかえる、目つきのするどい男には、妙な既視感があった。
「はっ、それがしは長岡藩士・河井継之助と申します。現在、江戸遊学中にて、こたびの演習に動員されました」
「…………そうか、学問にはげむがよい」
「はっ」
なんか最近、フラグっぽい人に会いすぎたせいか、ちょっとやそっとじゃ、動じなくなってきたみたいだ。
「肥後守さま、肥後守さま」
またべつのオッサンがやってきた。
「それがしは上杉弾正大弼が家臣◇◇◎◎と申します。わが主より、くれぐれもよろしくと言づかっておりまする」
「おお、そういえば弾正大弼は、先日国許に下向したのであったな?」
「はっ、かの遠足大会のすぐあと、出立なさいました」
「あの折はずいぶんと世話になった。肥後が礼を申していたとお伝えくだされ」
青梅マラソンのときには、上杉さんに勇気もらったからな。
「もったいなきお言葉」
眼前でお辞儀をするオヤジは、さっきの先陣争いでかなりエキサイトしていたやつだ。
そういえば、上杉と越後高田藩は蝦夷分領メンバーじゃないせいか、クジ引きにはあまり納得してなさそうだったっけ。
「して、米沢はなにを出品しておる?」
「笹野一刀彫『御鷹ぽっぽ』にございます」
「ぽっぽ? むふふ、なにやらかわゆいのう。後ほどもとめよう」
「ありがたき幸せ!」
あとあとのために、多少はごきげん取っとかないとね。
それからは続々とやってくる御機嫌伺いのオヤジどもをテキトーにあしらいつつ、各藩のブースを視察。
半分ほど回ったところで、
「ん?」
扇の家紋がついた幟の下に、知り合いを発見。
「村田監督ではないか?」
「これは肥後守さま」
どんな人ごみでも見まちがえようのない例のデカ頭が、こちらをふり返る。
「こたびの催しは、たいそうな盛況ぶりですな」
「引札効果じゃ~」
引札とは宣伝チラシのこと。
「それにしても、みごとな演習でしたな」
不愛想な村田がめずらしく相好をくずした。
「とくにあの駆けくらべは、われら幕府陸軍がおこないし散兵戦術にも通じる画期的試みであります」
「サンペイ?」
はぁ? なに言ってんだよ、あんた?
このまえあんなこと言ってたから、サンペイ師匠の独演会、ずっと楽しみにしてたのに、いくら待ってもリサイタルもシロウト演芸大会も開かれないじゃないか!
ったく、エンドルフィンどばー! ☛ ランナーズハイ計画は、どうするつもりなんだよ!?
モヤモヤする俺のまえで、監督は連れの男となにやらヒソヒソ。
どうやら、連れが俺に紹介してもらいたいと頼んでいるらしい。
しばらくして、こちらに向きなおった監督は、おもむろに、
「肥後守さま、これなるは大坂適塾の同門、越前藩士・橋本左内と申すもの。本職は蘭医なれど、異国の技術・地政学などにも通じ、なかなかに優秀な男にございます」
「は、橋本……左内?」
なんかいま……フラグ慣れした俺の魂すら飛んでいくほどの、すさまじいフラグが……。
「はい。本日は所用にて、たまたま江戸にきておりましたが、はからずもいまを時めく会津侯にお目にかかれ、天にものぼる心地にございます」
二十歳ほどのニイチャンは、やけに熱苦しく俺を見つめる。
「そ、そうか、今日はぞんぶんに楽しんでいくがよい」
こっちは目の前がホワイトアウトしかかって、楽しむどころじゃなくなったけどな。
「はっ」
やっぱ、こいつってアレだよな?
越前藩主・松平春嶽のブレーンで、安政の大獄で斬首された、あの……。
よくわからないけど、とりあえず友好的に接しておいたほうがいいだろう。
「ときに、そなたらの持っているのはなんじゃ?」
ちょろっと世間話でもして、ほどほどに好感度をあげておこう。
「これは、この久保田(秋田)藩の出店で買った菓子にございます」
橋本は佐竹扇マークがついたブースを示し、袋から緑の物体を取りだして見せた。
「なんでも、異国風焼き菓子にて、『そうもうクッキー』という名だそうで」
「『そうもうクッキー』?」
なんか、どこかで聞いたことのあるようなフレーズ。
そう……草……もう……莽……クッキ……くっき……草莽……崛起。
あれ、なんか、またもや、ちょいヤバ的な香りが……。
「う、うまいのか?」
「ひとつ召しあがられますか?」
そういって、緑色の平べったい円形の固体を懐紙に乗せてくれる。
「緑……抹茶味か?」
もらった菓子をしげしげ観察。
「いえ、なんでも秋田に産する十六種の野草を練りこんでおるとか」
十六の野草? 十六茶?
「どれどれ」
「あいや、しばらく!」
アーンと口を開けた瞬間、ブツはかっさらわれた。
「殿! 毒見がすんでおらぬものを、かるがるしく口にしてはなりませぬ!」
阿修羅顔の小姑侍が、菓子を粉々に握りつぶす。
「あ゛ー! なにをする!?」
「ご自覚がたりませぬぞ!」
手についた菓子片をパンパン払いながら、ガンを飛ばす元小姓頭。
「市販の菓子に毒など入っているはずがないではないか! それにその言いよう、佐竹を刺激するぞ!」
たしかに久保田は勤皇藩だけど、わざわざ自藩ブランドに毒物混入はしないだろ?
藩肝いりで売った食品で不特定多数の死者が出たら、幕閣を仕留めるまえに大騒ぎになって、改易されるわ!
「万にひとつにそなえるが、真の武士とお心得ください!」
まだ言ってるし。
「いちいちうるさいやつじゃな! 菓子くらい好きに食わせい!」
そう怒鳴りつけたとき、
「ほほう、肥後殿は焼き菓子がお好きか?」
意外な方向から声がかかる。
「陸奥守?」
すると伊達さんは、ニコニコしながら、近習になにかサインを送った。
「じつはな、当家の蘭学者が蘭人より製法を伝授されし『びすけっと』なる異国の菓子を作らせてみたのじゃ」
「なんと!」
「こちらにございます」
小姓が差しだした白木の三方に鎮座まします茶色い物体。
「むふふ、毒など入っておりませぬぞ?」
伊達は、すごみのある笑顔をうかべ、中のひとつを半分に割って、上品に食べて見せた。
「ささ、ご遠慮なく」
コワイ笑顔で強制してくるオッサンに逆らえず、渡されたブツを口に入れる。
「いかがかな?」
「……美味にござる」
そんな目で威圧されたら、それ以外言えねーだろ!?
だが……正直なところ、イマイチだわ。
だって、バターの風味が全然しないんだもん!
外国ではクッキーとビスケットは、それほど厳密に区別されていないが、砂糖・バター多めで比較的やわらかいのがクッキー、油脂少なめで堅いのがビスケットとカテゴライズされるらしい。
にしても、仙台藩がビスケットを!?
やばい! 完全に出遅れた!
「じ、じつは、会津も洋風焼き菓子を開発中だったのだが……どうやら先を越されたようで……」
くそ、開発中の『べこコボサブレ』がこの物産展にまにあっていれば!
これじゃ、うちが秋田や仙台のマネをしたって思われるじゃないか!
なにやってたんだよ、うちの開発チームはー!
ったく、あつらときたら、なにかといえば、大野といっしょになって、
「あー、せっかく完成目前だったのに、またやり直しですか!?」だの、
「殿がつまらぬことにこだわって、何度もダメ出しするからー!」だの、
「『べこは赤ないしは桃色にせよ』? んなことどーでもよいではありませぬかー!」だの、
「『コボの顔がかわいくない』ですと? だれもそんなところ見ちゃいないつーの!」だの、
まるで、俺が原因で商品化が遅れたみたいに言いやがってー!
人のせいにすんな!
言いわけしないで、仕事しろー!
ひとり心の中で呪詛をつづけていると、
「やはり肥後殿も、焼き菓子は糧食として有望とお考えだったのじゃな?」
伊達さんから信頼感にあふれたまなざしをむけられ、正気に返る。
「は? 糧食?」
なんじゃ、それ?
「はっはっは、いまさら隠さずともよいではござらぬか。
焼き菓子は日持ちするうえ、食すときに煮炊きもいらぬ。兵糧として最適じゃからのう。
肥後殿ほどの御方が、それに目をつけぬわけがないと思うておった」
「む、むろん。りょ、糧食として、こ、これほどのものは……」
「うむ、肥後殿のことゆえ、当然さような考えじゃと思うたが、さすが御家門一の尚武の家。異国のものを取り入れるときにも、武人の視点で見ておられる。
開発中というからには、会津はよほど創意工夫をこらしているのであろう。できあがるのが楽しみじゃのう」
「は、ははは、た、楽しみにしていてくだされ~」
なんで、競合他社から後れを取ったうえ、めちゃくちゃハードル上げられてんの、俺?




