151 第一回 奥羽越列藩合同防災訓練 ⑥
「摂津殿、かたじけない」
背後のストーカーから目をそらせつつ、アシストの礼を述べれば、
「なんのこれしき」
全部吐きだしてスッキリしたのか、カマない応答が返ってきた。
思えば、いままでカタバミくんが挙動不審だったのは、父親から理不尽な命令を出されていたせいで、本来は弁舌さわやかな貴公子なのだろう。
しかも、その命令というのが、俺が容さんに憑依した余波とは……ホント申しわけない。
「お家騒動か……」
たしかに、ヤバい藩主にこんな優秀な世継ぎがいたら、「一刻も早く世代交代を!」と願う家臣は少なくないだろう。
本人はそんなことまったく望んではいないのに、いつのまにか騒動の渦中に巻きこまれたあげく、父親には逆恨みされて……。
「哀れじゃのう」
まだ若いのに、苦労するねぇ、きみも。
「殿、なにを他人事のように。当家の西郷さまも同じことを考えていたのですぞ?」
俺の心を読んだらしいサトリ妖怪が、おどろくべき事実を暴露。
「なに、あの西郷が!?」
西郷とはもちろん『おいどん』の吉之介さぁではなく、藩主押込を謀って左遷された元会津藩家老西郷頼母一派のことだ。
「かの版籍奉還さわぎで、首尾よく蝦夷地送りにしなければ、おそらく当家でも……」
「なんと!」
そんなヤバい状況だったんかい!?
大野が西郷の言葉尻をつかまえて飛ばさなきゃ、いまごろは会津も御家騒動真っただ中だったかもしれないのか?
「……ということは」
俺は排除されそうになった側=あのストーカーと同じポジション。
だとしても、あいつに親近感はわかないが。
むしろ、あんな親父をもった息子のカタバミくんに同情する。
できれば、あの陰険おやじから守ってあげたい。
なんかいい方法、ないかな?
ん……そうだ!
カタバミくんの背後にイヤイヤながら目をむけ、
「左衛門尉」
「なんだ?」
俺の呼びかけに、憮然とした口調で答えるストーカー。
「そなた、それほどまでに溜詰になりたいか?」
「譜代大名なら、当然であろう」
噛みつくように答えるオッサンに、カタバミくんがビクリと肩をふるわせる。
「ならば、公方さまにお願いいたし、さよう取りはかろう」
「なに!?」
突然の提案に、呆然自失。
溜詰は、全譜代大名あこがれの譜代席最高殿席溜間をゆるされた家=VIPの証。
この時代の日本は、ある意味連邦国家であり、よほどのことがないかぎり幕府といえども各大名家には介入できない。
だったら、まずは相手がほしがるようなエサを……譜代大名ならだれでも飛びつく最高の条件を提示して、交渉するしかない。
「とはいえ、なんの功績もない家が、溜詰に昇格するのも不自然。
そうだな……庄内には、蝦夷六藩の取りまとめ役『北部方面隊総監』の任についてもらおう。
北の守りを掌管する重職ならば、公方さまの諮問にこたえる溜詰にふさわしいであろう」
「北部……総監?」
「ああ、そうだ。開闢に尽力した徳川四天王の筆頭・酒井忠次の末裔ならば、北の脅威からわが国を守る防衛戦の陣頭に立てるはず。公方さまにはそう進言しよう。だが……」
そこで言葉を切り、渾身の目力でキッとにらみつける。
「摂津殿に害をくわえようとするならば、即座に逐うてやる!
常溜として代々公方さまのお傍にある当家。しかも、わたしは大政参与の大任をまかされておる。
もし、そなたが約束を違えたら、この肥後が、永久に酒井を溜間に入れぬよう手をまわす!」
「肥後守さま……」
カタバミくんの眼にみるみる涙がたまる。
「どうだ、左衛門尉、この条件、呑むか? 呑まぬか?」
「……相わかった」
「ならば、つぎに登城した折にでも言上いたそう」
「よしな……に」
苦々しげに頭を下げるオッサン。
「さて、摂津殿。これでそなたとは登城するたびに会えるのう」
大名が式日登城するとき、御目見をすませた嗣子がいる家はいっしょに伺候することが多い。
サダっちのゆるしが出れば、カタバミくんは俺と同じ殿席になる。
そうしたら、学問所に行かない日も、俺がちかくで見守ってやれる。
そして、溜詰に重度のコンプレックスをいだく親父には、今後、息子をいじめたら、VIP席から永久追放してやると宣言してやった。
こいつには、最も効き目がある脅しだろう。
それに、さりげなく蝦夷地警備責任者を酒井に押しつけたのに、だれひとりそこに気づいていない……しめしめ。
「あっ……あのっ……」
ヨロヨロと歩みよってくるカタバミくん。
「な、なぜ、わたしに、かような情けを……? わたしは、ずっとあなたさまを……隠密のごとく探っていたのに……」
「なぜじゃと? よいか、わが桜田学問所はな、身分・歳・学歴を超え、平等に就学できる場なのじゃ。
ここでは、世俗のしがらみを捨てたもの同士がたがいに認めあい、友誼をむすび、人脈をつくることも大事な学びのひとつ。
ならば、同じ学問所に通うものとして、困っている級友を助けてもよいであろう?」
「肥後守……容保さまー!」
大泣きする少年を抱き寄せ、やさしくナデナデ。
「よしよし、いままでようがんばったな」
「……(うぐうぐ)……辛う……ございました……(うぐうぐ)……」
「うんうん、えらかった、えらかった」
「うわーん」
人目もはばからず抱きあう美形ふたりに、周囲からなまあたたかい視線がそそがれる。
そんな中、
「ほんに殿は変わりませぬなぁ」
となりの般若が、やわらかい表情でちいさくため息をつく。
「ご幼少のころから、いつもこのような……」
「まことに」
どうしたことか、苦笑をうかべて同意するストーカーおやじ。
「なにゆえ卿は、いつも他人のことにそれほどムキになる?」
いつも?
はて?
「それにしても、いまいましい。また負けたわ」
負けた?
――オッサンの勝敗の基準がよくわかりましぇん。




